第千七十三話 新星乱舞(二十九)
新星乱舞予選第四試合が、目前に迫っている。
第三試合の結果は、第四試合に出場する銀星小隊の気を引き締めることとなった。
「策士策に溺れるとは、まさにこのことだろうね」
銀星小隊の隊長・白銀流星が、相変わらずの穏和さで断じれば、出石黎利が静かに頷く。
「わたしたちも、策に溺れないようにしなければなりませんね」
「そこは、きみたちがいるからなんの心配もしていないよ」
流星がいうきみたちとは、無論、黎利を含む三人の隊員のことである。
金田朝子と金田友美は、はっと隊長に顔を向けた。新星乱舞予選を目前に控え、二人の緊張は極限に達しようとしていた。金田姉妹は、お互いのことを完璧に理解し合えるからこそ、余計に緊張しているのではないかと思っていたし、その緊張を解きほぐすべく、手を繋ぎ、呼吸を整えている最中だったのだ。
「わ、わたたたたしたち、ですか!?」
「し、しししし心配、いいいいりままませんかかあ!?」
「……少し、心配だね?」
「まさかあのふたりがここまで緊張するだなんて……」
流星と黎利は、顔を見合わせ、思わず笑みを零した。
銀星小隊は、金田姉妹を戦術の要とする。
今年の六月に入ってきたばかりの新人でありながら、飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進してきた金田姉妹は、並外れた魔法技量の持ち主なのだ。そして、彼女たちは、この数ヶ月でとてつもなく成長しており、めきめきと頭角を現していた。
比較対象の同期が皆代幸多、草薙真というのが可哀想なくらいだ。
もし、皆代幸多と草薙真が同期でなければ、彼女たちこそが主役を張れたに違いないと、流星などは思うのである。
そして、流星は考えるのだ。
金田姉妹が主役に躍り出ることのできる場所があるとすれば、それこそ、この新星乱舞なのではないか、と。
金田姉妹は、これまで目立った活躍というものは、ない。
日常的に行われる様々な任務で、堅実に戦果を積み重ねてきているだけだ。それもこれも、大きな戦いとは縁がないからにほかならないし、それはそれで悪いことではない。
むしろ、ある程度成長するまでは、大規模戦闘とは縁がないほうがいいのではないか、と、流星は考えている。
まだまだ新人、まだまだ若手、発展途上の金田姉妹を龍宮戦役のような戦いに参加させた挙げ句、戦死するようなことがあっては、戦団にとっての損失ではないか。
それをいえば、数多の将来有望な導士たちが命を落としているのだが。
いや、だからこそ、と、流星は思うのだ。
黎利に諭され、ようやく緊張から解放されつつある金田姉妹は、それこそ、戦団の将来を担う人材だ。大切に育て上げなければならないし、それが自分の役割なのだろう、と、流星は感じている。
(ぼくには、彼女たちほどの才能はない)
ならば、礎となるべきだ。
才能あるものをみちびくための道標と。
そして、そのためにこそ、この予選を突破したいと思うのである。
菖蒲坂隆司は、寝台の上で座禅を組み、精神を集中、意識を研ぎ澄ませていた。
新星乱舞予選第一試合が真星小隊の勝利で終わり、第二試合は草薙小隊の勝利で終わった。
第三試合は式守小隊が勝ったが、それはどうでもいい。
重要なのは、皆代幸多と草薙真が勝ち残っているという事実だ。
前評判通りの結果ではあるのだ。
真星小隊は、龍宮戦役、西方境界防壁防衛戦で英雄的な活躍をした小隊であり、予選くらい突破して当然という雰囲気すらあった。もちろん、幸多がそんな風に考えているはずもなく、全力で挑んだに違いないが。
草薙小隊も、そうだ。前評判通り、順当に勝ち進んでいる。
第三試合だけは、どこが勝ち抜くのか、新星乱舞の話題を扱うネットサイトのどこもかしこも割れていた。式守小隊が勝ち抜くという声もあれば、加納小隊を推す声もあったし、岩岡小隊こそが決勝に進むという声も少なくなかった。
それくらい拮抗していたのが第三試合だ。
では、第四試合は、どうか。
隆司は、目を開いた。青白い天井照明の光が、視界に飛び込んでくる。想像の中で昂ぶり始めた意識が、急速に沈静化していくのがわかる。
「対戦相手の銀星小隊にも、おまえの同期がいるんだったな」
竜胆小隊率いる竜胆龍哉が、隆司の顔を見て、いった。
「はい。金田朝子と友美の姉妹です」
「対抗戦でやり合い、優秀選手に選ばれた姉妹か。その上、夏合宿にも選ばれてたな」
そして、金田姉妹は、魔法士としての才能に満ち溢れた人材だ。
隆司とは、違う。
隆司には、彼女たちほどの才能はなかったし、努力だけでどうにかしてきたという意識があった。もちろん、金田姉妹が才能に胡座をかいているというのではない。才能があり、その上で努力をしているから、追い抜けないし、追いつけないのだ。
才能を持つものが努力をすれば、最強だ。
非才の凡人には、どう足掻いたところで辿り着けない領域にいる。
そんな隆司の苦悩は、龍哉も理解している。理解しているからこそ、発破をかけるのだ。
「皆代幸多も、そうだったな」
「はい。あいつ、凄いっすよ」
「ああ。凄いな。本当に、凄い」
「凄すぎでしょ、彼」
「あんな新人、聞いたこともない」
桜井雅人と椿章助が、まったく同じような態度でいった。
ただの魔法不能者ではなく、完全無能者の皆代幸多は、話題の中心になりがちだ。なんといっても戦闘部初の魔法不能者なのだ。それだけでも注目を集めるというのに、彼は、若き英雄と謳われるほどの活躍を見せている。
目覚ましいどころの騒ぎではない。
故に、同期入団の隆司もまた、注目を集めやすい。
なにかと比較されるのは、彼自身が一番理解していることだろうし、そのことで肩身の狭い想いをしているのは、隊員のだれもがわかっている。
同期の中で一番階級が低いというのは、それだけで悪い意味での注目の的になりがちだ。
「が、なにも心配する必要はない」
龍哉は、隆司の目を見つめた。
「おまえが、超新星を倒せばいい。それだけのことさ」
超新星とは、皆代統魔のことだ。
若手と呼ばれる世代最高峰の魔法士にして、導士。
それが皆代統魔なのだ。
そして、皆代統魔率いる皆代小隊こそ、予選第四試合の勝利者予想の第一位であることは、いうまでもない。
皆代小隊の控え室は、ほかの小隊同様に四人小隊用の小部屋が割り当てられていた。
新星乱舞の出場する小隊に人数制限はない。当然だろう。小隊編制の人数規定が最低四人から最大八人までなのだから、五人以上の小隊には出場資格を与えられない――ということはできない。
ただし、だ。
試合には、四人までしか出られないという新星乱舞自体の規定には、従う必要がある。
「六人で皆代小隊なのに、全員で試合に出られないってなんだか不公平じゃない?」
本荘ルナが頬を膨らませるのは、これで何度目なのか。
新星乱舞への出場が決まって以来、何度となく規定に関する説明をしてきたものの、そのたびに彼女は不服そうな顔をした。
六人揃ってこその皆代小隊なのだ、と、彼女はいう。
その意見ももっともだ、と、新野辺香織が強く同意するものだから、ルナも益々強情になる。
「どうなの? どう?」
「どうもこうも、規定だからな」
「不公平なのは、六人がかりで襲いかかるほうだと思いますが」
「でもでも、四人だといつもの連携が出せないわけじゃない? 相手はいつも四人なんでしょ? 四人で全力を発揮する小隊に対して、こっちは全力を出せないのよ? それってとっても不公平!」
「そーだそーだ! ルナっちのいうとおりだー!」
そんないつものやり取りを他人事のように眺めているのが、隊長の統魔だ。
「言い訳は済んだか?」
「言い訳?」
「四人だと全力を発揮できないから負けても仕方がないよな?」
「はあっ!?」
想定外のところから飛んできた一撃に、ルナは目を丸くした。
「統魔って、わたしのこと、そんな風に見てたの!? 信じらんないわっ!」
「信じてるさ」
統魔は、憤然と詰め寄ってきたルナにいった。
「おまえなら、勝ってくれるだろ」
「当ったり前じゃない!」
ルナは、統魔に向かって、力強く宣言した。