第千七十話 新星乱舞(二十六)
「なんかもう、勝手にやってろって感じだな?」
「岩岡くんの策は、悪くはなかったんだけどね」
「冬、死に損じゃん!」
「だから冬芽、倒されてないってばー!」
冬芽が秋葉を背後から羽交い締めにしながら噛みつくのはいつものことだが、それはそれとして、春花は、夏樹の考えに同意した。
岩岡小隊と加納小隊の戦いは、激化する一方だ。
試合時間が、刻々と過ぎていく。
両隊の魔法が乱舞する傍らで、その流れ弾に当たった幻魔や、魔素質量自体に反応する幻魔たちが怒濤の如く押し寄せてきているのだ。まさに幻魔の大津波という有り様である。
それらがこの場に到達すれば、ここは地獄の様相を呈するだろう。
「……そうね。この状況で間に入る意味はないし、わたしたちはわたしたちにやれることをしましょう」
「つまり」
夏樹は、幻魔の群れに目を向けた。組み上げていた律像を完成させる。
「紅蓮火砲!」
夏樹が軽く掲げた右手の先に生じたのは巨大な火球であり、爆音とともに発射され、幻魔の大群、その先陣を切るガルムの鼻先に直撃した。閃光、そして大爆発が起き、周囲および後続の獣級幻魔が大打撃を受ける。完全に消滅したものもいれば、瀕死の重傷を負ったものもいる。素晴らしい威力だが、こんなものは夏樹の本気ではない。
夏樹の魔法を見て、秋葉がにやりとした。未だ絡みついてくる冬芽の腕を解きつつ、右手を頭上に掲げ、真言を唱える。
「雷皇一文字!」
秋葉がそのまま右手を真っ直ぐに振り下ろすと、雷光を帯びた指先がまばゆいばかりの光の軌跡を虚空に刻んだ。その直線上に雷の刃が流れていき、幻魔の体を真っ二つにした。直線上の複数の幻魔を、両断して見せたのだ。
冬芽は、不服そうな顔をしつつも、得意の防型魔法に力を注ぐ。防手としての役割を忘れるようでは、導士にはなりえない。
そして、春花である。
補手である春花は、攻防補、三型式の魔法を状況によって使い分けなければならない。戦闘開始直後ならば小隊全体の戦闘力を向上させるべく補型魔法に専念し、防御が足りないのであれば防型魔法を駆使、火力が必要ならば攻型魔法を使う――それこそが補手の役割であり、故にこそ、春花が相応しいのである。
春花は、左前方に両腕を掲げた。唱える。
「天津風・円舞!」
左前方から怒濤の如く迫り来るのは、ケットシーやカーシーといった獣級幻魔であり、それらがこちらに向かって攻撃魔法を発動しているのを目の当たりにしてもいた。だからこそ、春花は、それらを討ち斃すことに専念するべきだと判断したのだ。
春花の視線の先では、上空から降りてきた巨大な竜巻が二重螺旋を描き、大量の獣級を切り刻み、打ち上げ、飲み込み、粉砕していく。
「春ちゃん、攻手になる?」
「じゃあだれが補手になるのさ?」
「秋葉」
「はあ!? 冗談じゃない!」
「秋葉は器用なんだし、できるできる!」
「できるわけないだろ! 春姉だからできるんだよ!」
「夏樹にも、できるわよね?」
「え?」
まさかそこで自分に話が振られるとは思いもよらず、夏樹は、はっとなった。無意識のうちに完成させた律像を魔法とするため真言を紡ぐ。
「紅蓮砕波!」
夏樹の前方に生まれた猛火の津波が、迫り来る幻魔の大群を飲み込み、怒号やら悲鳴やらが耳に飛び込んでくる。幻想空間上に再現された幻魔は、その反応も全て、完璧に近く再現される。
故に怒り狂い、憎悪の叫びを上げるのだ。そして、苛烈なまでの魔法攻撃を行ってくるのだが、なんの問題もない。
冬芽の生み出した黒い円盾が自動的に魔力体を受け止めてくれるし、広範囲に及ぶ攻撃魔法に対しては、円盾間に巡らせた魔力が魔法壁を形成するため、不安要素の一つも生じ得なかった。
故に、春花も攻撃に専念できるというわけだ。
が、春花は、すぐさま練り上げていた魔法を霧散させ、別の律像を構築した。
「天津風・飛翔」
自分を含めた式守小隊の四人を同時にその場から強制的に飛び立たせ、急激に上昇することによって、巻き起こった大爆発から難を逃れる。
「な、なに?」
「岩岡? 加納?」
「さて、どっちかな」
夏樹は、春花の機転と反応速度に舌を巻きつつ、だからこそ姉に全てを託すことができるのだと再確認するのだ。
眼下、いまや幻魔の大群が四方八方から押し寄せていて、赤黒い大地がどす黒く塗り潰されつつあったのだが、いままさに巻き起こった大爆発によって大量の幻魔が消滅していた。それによって、戦場の真っ只中に空白地帯が誕生している。
もっとも、そんなものは一瞬にして黒く塗り潰されるのだが。
直後、大量得点が加算されたのは、岩岡小隊。
これまで影に隠れ、戦闘にほとんど参加していなかったがために得点を稼げなかった岩岡小隊にしてみれば、加納小隊との戦闘に拘っている場合ではなかったのだ。
このまま加納小隊と戦い続け、相手を撃破できたとしても、それでは勝利には繋がらない。
競走相手が一人減っただけでは、もう一人の競走相手との得点差を埋め合わせようがないのだ。
ならば、加納小隊との戦闘も、得点稼ぎに利用するしかない。
それこそ、押し寄せる大量の幻魔の存在である。
それらを超広範囲攻型魔法に巻き込めば、一挙大量得点を狙うことも不可能ではない。
しかもだ。
加納小隊、式守小隊の戦力を削ぐこともできるのではないか。
岩岡勇治の策は、鳴子奈留との共同作業であり、風と地、相反する属性の合性魔法によって成立した。
『これは……! なんという威力っ! なんという攻撃範囲っ! なんという撃破数っ! 岩岡小隊、得点数で首位に躍り出ました!」
『双極属性の反発作用を利用した合性魔法のようですね。火と水、風と地、氷と雷、光と闇――相反する属性は、魔法学上、双極属性と呼ばれていますが、それらは本来、合性魔法に用いることはしません。なぜならば、反発し合うからです』
観客たちが圧倒され、言葉すら失った中、実況の二屋一郎と解説の朱雀院火留多の声が響き渡る。
岩岡小隊と加納小隊が式守小隊をそっちのけで激闘を始めたことで興奮していた観客たちだったが、その最中に巻き起こった大爆発は、想像しようもないほどに強力無比だったのだ。
得点争いの最下位を走っていた岩岡小隊が一瞬にして一位に駆け上がるほどの、超広範囲攻型魔法。
大量の獣級幻魔が消滅したのである。
『合性魔法とは、通常、同属性、同性質の魔法を複数人で構築、発動することによってその魔法の威力、精度、範囲等を飛躍的に高めるための高等魔法技術です。そこに双極属性を組み込むことは、自殺行為に等しいのです。なんといっても、双極属性とは反発し合うものなのですから、制御は極端に困難となり、暴発する可能性も高くなります』
『実戦においては、そのような合性魔法の使用は禁止されています!』
『はい。ですが、これは新星乱舞。実戦ではありません。故に、岩岡小隊は、双極属性の反発を利用し、合性魔法を用いたのでしょう。制御不能の暴走状態となった合性魔法は、通常よりも遥かに高威力となり、その範囲も飛躍的に広くなりますから』
その分、精度は大幅に低下するだろうが、範囲攻撃するのであれば、関係はない。
事実、周囲から押し寄せてきた幻魔を撃滅するだけであれば、魔法の精度など一切関係なかったし、威力と範囲が約束された反属性合性魔法は、まさに合理的な戦術といえた。
ただし、その代償は、小さくはないはずだ。
『いまこの瞬間、五千二百十二点で首位に躍り出た岩岡小隊ですが、必ずしも優位に立っているとは言い難そうですね』
『反属性合性魔法は、制御不能の暴走魔法。破壊力と攻撃範囲だけは他を圧倒しますが、そのために失うものの大きさを考えれば、見合っているのか、どうか』
「見合っては……いなさそうだな」
圭悟は、岩岡小隊がもはや小隊としての形を成していない様を見て、つぶやいた。
合性魔法を発動させた二人、岩岡勇治と鳴子奈留だけが生き残り、日暮シュウと道場良三が落ちたのだ。
合性魔法に巻き込まれて、だ。