第千六十九話 新星乱舞(二十五)
『おおっと、ここで加納小隊、岩岡小隊、式守小隊がかち合ってしまったああっ!』
『岩岡小隊の作戦通りとは行きませんでしたが、これもまた、相手が人間であるが故の事態ですね。もっとも、幻魔相手にあのような戦術を取る理由もありませんが』
『対人戦でのみ機能する戦術ですが、対人戦故に見破られた、と』
『挙げ句、望まぬ乱戦を展開する羽目になってしまいましたから、岩岡導士には奮戦を期待したいところですね』
「なんつーか、自爆したって感じか」
「自爆といっても、まだ小隊の誰一人も欠けていないし、この三小隊は拮抗しているっていう話だから、どうなるかわからないよ」
「そりゃそうだが、目論見通りに行かなかった場合の心理的な影響も馬鹿にならないんじゃねえの」
「確かに……」
圭悟の言にも一理ある、と、蘭も頷くほかない。
確かに彼のいう通りかもしれない。
岩岡小隊は、加納小隊と式守小隊を戦い合わせ、高みの見物を決め込もうとしていたのだ。そしてどちらかが敗れるか、あるいは両者が消耗しきったところを攻撃しようと考えていたのではないか――というのが、解説・朱雀院火留多の見立てだった。
その目論見が崩れ去ったいま、戦術を立て直す暇はない。
もちろん、このような状況に備えて、第二、第三の戦術を練っていてもおかしくはないが。
「対抗戦の最終戦を思い出すぜ」
「幻闘か」
法子は、圭悟の横顔を見た。
「あの試合は、きみの機転で勝利できたようなものだったな、米田圭吾」
「幸多が草薙の野郎を倒してくれたからっすよ」
「そうだが、しかし、きみが生き残っていなければ、逆転することはできなかった。それも事実だ」
「まあ、そうですけど」
「盾にされた奴らのおかげですよ、先輩」
「そうですよ、おれたちがしぶとくもこいつを護ったからです」
「ああ、それも間違いない」
法子は、亨梧と怜治の言い分に笑顔を見せた。確かに、あの試合で圭悟が最後まで生き残ることができたのは、二人を生け贄として差し出したからだ。そのわずかな時間で圭悟は地中に潜り、草薙真の擬似召喚魔法から逃れることに成功した。
半年も前のことだが、鮮明に覚えている。
皆代幸多が世間に強烈な印象を植え付けた出来事だったし、法子にとっても青春の日々だったからだ。
その残光は、いまもまだ、法子たちの瞼の裏に輝いている。
「練りに練った作戦が台無しになれば、慌てふためくのは当然……まあ、そうだね」
「そういうものなんです?」
「そういうものだよ」
義流は、一二三のきょとんとした表情を見て、微笑んだ。赤子のように無垢な表情は、一二三の美点といってもいいのではないか。
だから、彼の周囲には、彼をどうにかしてやりたいと思う人間が集まるのかもしれない。
伊佐那家の兄弟たちなど、その最たるものだ。
皆、一二三の人間的な成長のために尽力を惜しまなかった。
新星乱舞の観覧も、その一環といっていい。
「逃がさないわよ、加納陸!」
「あのなあ、春花。この状況を見て、まだおれを攻撃するつもりなのか?」
「当たり前でしょ」
春花は、決然と言い放つと、加納陸の目を見据えた。
秋葉と夏樹による加納小隊への牽制攻撃が功を奏し、彼らを足止めすることに成功した。そして、式守小隊が全速力で飛んできた結果、この幻魔に包囲された戦場に辿り着いたのである。
すると、岩岡小隊ともかち合ったものだから、多少気後れしたものの、それはもはや数秒の過去のことだ。
立ち止まってなど、いられない。
春花は、弟妹たちとともに戦場に飛び込み、布陣した。冬芽が防型魔法を再度張り巡らせれば、夏樹と秋葉が律像を形成していく。
戦場には、律像は、無数に展開していた。
加納小隊も、岩岡小隊も、臨戦態勢だ。いつ攻型魔法が飛び交っても不思議ではない。一触即発といった状況。
なのに、だれも動かない。
緊張が、戦場を支配していた。
「冬芽ちゃんを攻撃したのは、おれらじゃないんだよ」
「うっそだー! だって冬芽、見たもん! そっちから魔法が飛んできたんだもん!」
「そうだな、冬ちゃんのいうとおりだ。あいつは嘘つきだ。昔からそういう奴だ」
そういって冬芽に援護射撃をしてきたのは、岩岡勇治である。岩岡小隊の面々が一瞬呆気に取られたような顔をしたのは、まさか隊長がこうまでも野放図に、そして大胆な行動に出るとは思ってもいなかったからだ。
「おれたちに罪をなすりつけようとしてるのを見れば、一目瞭然だろう?」
「うんうん! そのとーり! 悪いのは、あいつだよ、春ちゃん!」
冬芽が岩岡の同意を得て、俄然勢いを増していくが、それを受けて、むしろ冷静さを取り戻したのは春花だった。
攻撃しようとする夏樹たちを手で制し、岩岡に視線を定める。
そこで吼えたのは、加納陸だ。
「なすりつけてんのはどっちだってんだよ!」
「そっちだろ」
加納と岩岡が言い合えば、両者の間で攻型魔法が飛び交った。地中から鋭利な岩塊が無数に飛び出し、岩岡小隊を襲いかかれば、土砂が津波となって加納小隊を飲み込んでいく。二人が得意とする地属性魔法の応酬は、苛烈極まりない。
式守小隊は、上空からその光景を見ていたが、それも数秒の間に過ぎなかった。両小隊の攻撃が、春花たちにも飛んできたからだ。
鋭い風の刃が春花の眼前で弾け飛び、強烈な光芒が小隊の間を貫いた。四人は四方に飛び散るようにして地上に降り立ち、周囲から殺到する幻魔の群れを目の当たりにする。
三小隊と、幻魔の大群、その間に築かれていた奇妙な均衡が崩れたのだ。
幻魔が、小隊同士の戦闘を見守ってくれる理由もなければ、攻撃してこない理屈もない。
ガルムやケルベロス、フェンリルやケットシーといった獣級幻魔が、天地を震撼させるように咆哮した。それこそが幻魔にとっての真言。直後、大量の魔法が雨霰と降り注いでくる。
吹き荒ぶ魔法の嵐の中、春花は、弟妹たちの無事を確認すると自分の元に集まるように命じた。
加納小隊と岩岡小隊の戦闘は、急速に苛烈なものになっており、時折、こちらにも攻撃してくるものの、それらは本命ではなく、牽制でしかなかった。
式守小隊がどちらかを攻撃すれば、その時点で趨勢が決まってしまうからだ。
だから、式守小隊を幻魔相手に釘付けにしようというのかもしれず、そのためにこそ、式守小隊ではなく、幻魔たちを巻き込むように攻型魔法を放っているようだった。
夏樹は、攻型魔法の律像を構築しながら、考え込んだ。
戦況は、まさに混沌としている。
「この状況……どうする? 姉さん」
「両方が消耗するのを待つのもありだと思うけどなー」
とは、秋葉。彼もまた、いつでも攻撃できるように、強力な攻型魔法を練り上げていた。
殺到する幻魔の攻撃に対しては、冬芽の防型魔法が効果的に機能しており、傷ひとつ付けられていない。獣級程度では、冬芽の魔法壁を破ることは不可能に近いのだ。
その冬芽は、引き下がらない。
「でもでも、冬芽、攻撃されたんだよ! どっちかに!」
「……冬を攻撃したのはどちらかわからないし、どちらかを攻撃するにしても、消耗は避けられない。漁夫の利……それも悪くはないけれど」
春花は、考える。
加納小隊と岩岡小隊の間で繰り広げられる魔法戦は、周囲の幻魔をも巻き込み始め、両方に得点が加算されていく。
現時点での獲得点数は、式守小隊が千五百十五点、加納小隊が千七百三十二点、岩岡小隊が六百二十一点。点数差でいえば微々《びび》たるものだったし、岩岡小隊ですら一位に躍り出られる可能性は十分にあった。
そして、この点数を考慮した場合、冬芽を攻撃したのは岩岡小隊と見るべきなのだろう。
加納小隊は、得点を稼ぐために幻魔と戦い続けていたのであり、式守小隊を攻撃する暇はなかった。
得点の少ない岩岡小隊は、なにをしていたのか。
加納小隊方面から式守小隊を攻撃した後、どこかに隠れ続けていたのではないか。
だとすれば、合点が行く。
冬芽を攻撃すれば、春花が怒り狂い、後先考えずに加納小隊を襲いかかるだろう――春花の性格を知っている岩岡ならば、考えつきそうな戦術だ。
そして、まんまと岩岡の策に嵌まった春花は、加納の機転に助けられたといっていい。
「――って感じかしらね」
降り注ぐ魔法の雨の中、春花が己の考えを述べれば、弟妹たちは姉の頭脳に感動すら覚えた。
「だったら、岩岡小隊を攻撃するしかないか」
「冬の仇討ちだ!」
「冬芽、まだ倒されてないよー!」
冬芽が秋葉に噛みつくのはいつものことだとして、春花は、岩岡小隊と加納小隊の戦いがさらに加熱していく様を見ていた。
もはや、式守小隊に構っている暇はないといわんばかりの魔法戦である。
破壊の嵐が、吹き荒れていた。