第千六十八話 新星乱舞(二十四)
「ああっ!? 逃げたーっ!?」
「幻魔だけを押しつけてねっ!」
冬芽が呆れるあまり声を裏返らせる中、遥かは、周囲から殺到する魔力体の雨霰に対して苦い顔をした。
加納小隊への反撃に意識を集中する余り、状況確認を怠ってしまった結果だ。
見れば、加納小隊と戦闘中だった幻魔が全て、式守小隊に目標を変えている。
春花の言葉通り、敵を押し付けられたというわけだ。
加納小隊を追い掛けるには、まず、この苦境を脱しなければならなくなってしまったのだ。
「ふざけやがって!」
「まったくだな」
秋葉と夏樹は、既に遠く離れてしまった加納小隊に向かって攻型魔法を放ったものの、それが空振りに終わるのを確認するまでもなく、眼前の敵に意識を向けた。
ケットシーの群れが数多の水球を投げつけてきていたし、カーシーたちが突風を巻き起こしていた。
それらは冬芽の魔法盾が弾いてくれるためどうとでもなるのだが、数が数だ。
黙殺することはできない。
「冗談じゃない」
加納陸が呻くようにいったのは、上空でのことだ。式守小隊からの追撃を躱し、隊列を整えている。
式守小隊からの突然の攻撃は、予想だにしないものだったし、意味がわからなかった。
式守小隊の戦術なのだとすれば、式守春花はなにを考えているのかと思ったほどだ。他小隊を攻撃すれば、自小隊が大打撃を受ける可能性は極めて高い。余程実力差がない限り、小隊同士の戦闘は、一方的になりようがないからだ。
互いに隊員を失い合った挙げ句、最終的には第三者に美味しいところを持って行かれる可能性もある。
今回などは、そうなる可能性が限りなく高かった。
「春花の奴、良いように乗せられやがって」
「岩岡小隊の策、ですね?」
「ああ。間違いない。春花は、冬芽ちゃんがおれたちに攻撃されたといっていたからな。妹想いの春花のことだ。そのことで激怒して脇目も振らずに攻め込んできたんだろう」
「まあ、他小隊に攻撃されたというのであれば、放って置くわけにはいきませんしね」
「ああ。だが、やったのはおれたちじゃない。おれたちは、他小隊を構ってやれるほどの余裕はないからな」
「無念」
多聞の余計な一言は聞き流しつつ、加納は、眼下に蠢く幻魔の群れを見渡した。目を見開き、視線を巡らせる。
「勇治の部下にいるだろ、日暮シュウ」
「ああ、影使い」
「日暮の闇魔法は、影を制御する精度が極めて高いからな。小隊全員を影に隠すなんざ、造作もないって話だ」
「それ、だれから聞いたんです?」
「勇治が自慢してきやがったんだよ。おれは、多聞を自慢し返したがな」
「歓喜」
「要するにだな、岩岡小隊は、影に隠れてやがるんだ。そして、春花たちにおれたちが攻撃したと見せかけたのさ。おれらと式守小隊が激突すれば、決着はつかずとも互いに消耗し、疲弊するからな」
「対消滅してくれれば儲けもの、そうでなくとも両方の戦力が激減すれば、漁夫の利を得られる……と」
「そういうことだろうな」
加納は、部下たちと話し合いながら、顔をしかめた。戦術としては、この上なく真っ当だろう。
得点を競い合うだけが、新星乱舞の予選ではない。
他小隊を如何にして出し抜くか。
それもまた、予選の戦い方だ。
そして、岩岡小隊は、式守小隊を利用した。式守小隊と加納小隊が激突してくれれば、その間、黙って見守っているだけでいい。
小賢しいが、理に適っている。
「いまもどこかに隠れているはずだ。そしてその場所は、おれたちと式守小隊の様子を見ることのできる場所……!」
つまり、先程まで戦闘していた場所からそれほど遠くまで離れていないということだ。
(いや、おれたちの動きを見て、逃げたか?)
だとすれば、影が動くはずだ。
加納は目を凝らし、幻魔の大群でごった返す地上を睨みつけた。赤黒い大地には無数の影が揺れている。獣級幻魔の巨躯が織り成す数多の影たちの踊り。その狭間を超高速で移動している影が、いた。
「見つけた!」
加納は、その言葉を真言とした。
影の進行方向の地面が激しく隆起し、岩塊が列を成して立ちはだかった。しかし、影は止まらない。岩肌を滑るように移動するその様子は、こちらを嘲笑うかの如くだ。
結果、加納の魔法は、獣級幻魔ケルベロスの巨体を上空に打ち上げただけで終わる。ケルベロスが吼え、猛火が加納小隊に襲い来るも、四方に飛んで回避する。ケルベロスには、多聞の放った光弾が突き刺さり、吹き飛ばした。
地上では、影が加速した。
「逃げ足の速い奴らめ」
「影の中にいる限り無敵とか、ないですよね」
「それはないな。そして闇は光に弱い」
「ならば、我の出番というわけか」
「そういうこった」
加納は、多聞を一瞥し、急速に組み上がる律像を見て、にやりとした。多聞天の魔法技量は、並外れたものがある。今年入団した新人導士の中でも一二を争うのではないかというほどだ。
彼の階級が低いのは、実績が伴っていないというだけのことに過ぎない。
なんの心配もいらない。
多聞天は、将来、戦団を代表する導士になれる逸材なのだ。
加納たちは、それほどまでに多聞を評価していたし、多聞もまた、そんな先輩たちの期待に応えなければならないと思っていた。厳かに、唱える。
「光輝遍照」
多聞が頭上に掲げた右手人差し指の先に、閃光が生じた。それは一瞬にして超高域に行き渡る光の波動であり、威力は限りなく低いものの、範囲だけならば彼の持つ魔法の中で最大を誇った。そして、その光が奪うのは、生命力ではない。
幻魔たちの動きが鈍ったのは、その特異なる視覚に異常を来したからだ。
そして、同時に、大地を滑っていた影が弾け飛び、中から四人の導士が飛び出してきていた。
岩岡小隊である。
閃光に照らし出された四人は、即座に体勢を整え、着地と同時に魔法壁を張り巡らせて布陣する。影の中で組み上げていたのか、簡易魔法か。
そこへ、岩石の雨が降り注ぐ。
加納の攻型魔法・岩弾乱撃である。
対する岩岡小隊は、道場良三の防型魔法・地霊大護法の鉄壁の防御に護られている。降り注ぐ岩塊は、同じ地属性の防型魔法を突破できずに砕け散っていく。だが、加納の目的は、岩石の雨で押し潰すことではない。
「勇治ぃっ!」
加納は、岩石の雨と一緒になって地上に降下し、眼前に岩岡小隊を捉えた。攻型魔法を最大威力で叩き込むのであれば、接近する以外にない。
加納が律像を複雑化させる中、岩岡は、冷ややかに笑った。
「陸、後ろには気をつけた方がいいよ」
「はっ」
加納は鼻で笑い、透かさず飛び退いた。雷光の奔流が極至近距離を駆け抜け、肌が熱を感じた。
見るまでもない。
式守秋葉の攻型魔法だ。
「隊長!」
「強引すぎる!」
「だが、悪くない」
「なにがだよ」
磯部、垂水、多聞の三人が加納の周囲に降り立ち、巨大な水の壁がせり上がって四人を取り囲んだ。磯部の防型魔法・水天大壁である。
小隊戦闘の基本は、防手を中心とする。
防手の防型魔法がなければ、それぞれが防型魔法を使わなければならず、戦闘の難度が限りなく高くなる。
さすがに杖長や星将ともなれば攻防補、三種の型を自在に使いこなすというが、加納たちには全く関係のない次元の話だ。
今度は、紅蓮の大火球が飛来して、水の壁に激突した。大爆発が起こる。火と水が相反する属性だからであり、反発し合った結果だ。
見れば、式守小隊が凄まじい速度で迫ってきていた。
「まったく、最悪だな」
岩岡が肩を竦めたのは、もはや影に隠れて逃げ回ることが不可能だと理解したからだ。
日暮の影魔法は、多聞の光魔法によって相殺され、暴かれた。
ならば、逃げも隠れもせずに戦うしかないのだが、だとしてもこの状況は笑えない。
せめて、加納小隊、式守小隊どちらかが消耗してくれていれば、話は別なのだが。
「どっちも元気すぎない?」
鳴子奈留がもらした不満には、岩岡も大いに同意したかった。
大混戦が始まる。