第千六十七話 新星乱舞(二十三)
「隊長考案のたなぼた作戦、上手く行きそうですね!」
鳴子奈留の無邪気というほかない言い方には、岩岡勇治も顔をしかめるだけに留めた。
日暮シュウが独自に編み出した補型魔法・影呼静遂の中で、だ。
影呼静遂は、膨張させた己の影に対象を包み込み、姿を隠す闇属性の魔法にして、空間魔法である。影で包みこんだ対象がどこに姿を隠すのかといえば、地表と地中の狭間、まさに亜空間と呼ぶべき領域であり、それを魔法で生み出しているのだ。
空間魔法は、疑似召喚魔法以上の高等魔法とされることも少なくない。そんな空間魔法を行使できるという時点で、日暮の価値は高い。
とはいえ、影呼静遂は万能ではない。姿を隠している間、一切攻撃も防御もできず、無防備なのだ。もし影に潜んでいることが露見すれば、一方的に攻撃され、致命的な結果になりかねない。
影の中にいる限り、魔法を使うこともできないからだ。
攻撃もできなければ、防衛手段もない。
だが、だからこそ、有用だ。
岩岡は、日々の訓練の中でこの魔法の対人戦での有用性を認識しており、新星乱舞に選出されてからというもの、影呼静遂を軸とする戦術を考え続けていた。
そして、今回の岩岡小隊の作戦は、こうだ。
試合開始後、各小隊がある程度点数を稼いだ段階で影呼静遂を発動、小隊全員で影に隠れて移動し、加納小隊方面へと向かう。そして、攻手の二人が影から飛び出し、式守小隊に向かって大威力の魔法を放ち、また即座に影に戻り、その場を離れる。
こうすることにより、式守小隊は、加納小隊からの攻撃と誤認し、反撃しなければならなくなる。放っておけば、危険に曝され続けるのだ、放置するわけにはいくまい。
特に式守小隊を率いる式守春花は、弟妹想いで知られる。その愛の深さたるや、家族を小隊に纏めたことからもわかるだろう。
そんな春花が、弟妹への攻撃を行ってきた加納小隊を無視できるわけがない。
事実、式守小隊は、岩岡の目論見通りに動いた。
加納小隊方面へと進路を変え、攻撃を始めたのである。
「後は、どちらかが倒れるのを待つばかりですな」
「そして、残ったほうは、消耗しきっていますから、倒すのはそこまで難しくはない……はず」
「まあ、簡単でもないだろうが」
そうはいったものの、小隊同士が正面からぶつかり合えば、激戦となるのは目に見えている。勝敗が決した暁に消耗しているのは間違いないし、そこが付け入る隙になる。
だからこそ、この戦術を取った。
予選を通過する方法は、二つ。
予選で最多得点を獲得した状態で制限時間を迎えるか、唯一生き残った小隊となるか。
岩岡は、予選第三試合に出場する三小隊の実力差は、極めて拮抗していると見ていたし、それが妥当で現実的な評価だ。
最近、式守小隊の評価が高まりつつあるものの、しかし、これまでの戦績を見比べた場合、大差はない。
特に加納小隊と岩岡小隊の差は、皆無に等しい。
故に、泥仕合になる可能性が限りなく高かった。
点数が横並びになった場合、妖級幻魔の撃破数を競い合うことになる。
それは、あまり喜ばしい状況ではない。
なぜならば、妖級との戦闘は熾烈を極めるからであり、小隊が壊滅する可能性が大いにあるからだ。
ならば、策を用いるべきだ。
「良い感じだ。良い感じに潰し合ってくれている」
岩岡は、影の中から、加納小隊と式守小隊の激突を見て、ほくそ笑んだ。
すべて、なにもかもが順調だ。
加納小隊は、第十二軍団の小隊だ。
小隊長・加納陸は、今年の新星乱舞出場者の中で最年長の二十一歳だ。そろそろ若手と呼ばれるのも厳しくなってきた年齢であり、今年が新星乱舞に出場できる可能性がある最後の年だったかもしれない。
つまり、もし今年出場できなければ、来年以降どれだけ活躍し、戦果を上げようとも、新星乱舞の出場権は与えられないということだ。
二十二歳ともなれば、さすがに新星とは呼べないだろう――と、だれもが思うところだ。
新星に関する規定などはないのだが、そういう風潮があり、風潮こそが全てだったりするのが戦団だ。
かくいう春花も二十歳であり、加納とは一歳しか違わない。
式守小隊が今年出場できなければ、来年出場できるかといえば、そういう理屈はなかったし、となれば、一度も出場できないまま導士人生を終えた可能性も大いにあり得た。
新星乱舞に出場できるのは、若手導士だけであり、人生で一度きりだ。
若手の枠を外れた導士たちの中には、一度の出場経験も持たないもののほうが遙かに多い。
出場できただけで素晴らしいことだと考えるべきであり、そのことで重圧を感じる必要はないのだ、と、神木神流の言葉が身に染みるようだ。
いまや、重圧は感じない。
むしろ、怒りがある。
加納小隊からの冬芽への攻撃が、春花の激情を呼び起こした。
『加納小隊を殲滅するわよ!』
春花が告げれば、夏樹たちに否やはなかった。春花の指示に従ってきたからこそのいまがある。いま、こうして、このような大舞台に立っていられるのは、春花という素晴らしい隊長の下についているからにほかならない。
そのことは、弟妹たちは十二分に理解し、承知しているし、だからこそ、全身全霊を尽くすのだ。
自分のために、ではなく、春花のために。
春花が弟妹たちを想うのと同じだけの深さで、弟妹たちもまた、春花を想っている。
『殲滅とはまた、穏やかじゃないな』
『穏やかでいられますか! 冬芽が落とされかけたのよ!』
『春ちゃん……!』
『春姉のやる気、すげえや』
春花の言葉がそのまま激励となり、式守小隊は、一丸となって加納小隊へと接近した。そして眼前に捉えれば、一斉に攻撃を開始している。
春花は、弟妹たちの支援に力を尽くした。
魔法士同士の戦いが、遠距離戦から中距離、近距離へと移っていくのは、魔法力学上、当然の結果といえる。
魔法は、通常兵器の活躍の場を奪うほどに超長距離射程攻撃を容易く実現できる。その威力も、申し分ない。
だが、相手が魔法士の場合は、その限りではない。
魔法士は、魔法戦を得意とする。当然、遠距離攻撃魔法に対する防衛策も用意されていて、それが防型魔法だ。
破壊力抜群の攻型魔法を防ぎきる防型魔法を突破するには、威力の減衰しない至近距離から攻型魔法を叩き込むべきだったし、魔法壁の内側に潜り込むというのも常套手段だ。
小隊での戦闘行動中、広範囲に魔法壁を展開することが多い。防型魔法を考慮して行動範囲が狭まれば、それだけ窮屈な戦いが強いられ、結果、窮地に陥りかねないからだ。
であれば、最初から広域に魔法壁を張り巡らせることで、中・遠距離からの攻撃を防ぐことに専念するのである。
その場合、魔法壁内に入り込んできた敵への対処は、別の魔法を用いるしかない。
防手が二重、三重に魔法壁を展開するのはそのためだったし、もっとも負担がかかる役割だといわれる理由だ。
そして、式守小隊の防手は、冬芽である。今現在、冬芽の防型魔法・女王の指輪が、春花たちの周囲に浮かんでいる。紫黒の小さな円盾であり、それが一人につき四つずつ、その周囲を浮遊し旋回しているのだ。そしてそれらは、周囲から殺到してくる幻魔の魔法攻撃に対して自動的に反応すると、受け止め、相殺していた。
炸裂する魔法の嵐の中で、夏樹と秋葉が破壊的な律像を構築していけば、当然のように加納小隊も反応している。
それまで広範囲に渡って展開していた魔法壁の範囲を狭め、強度を上げており、こちらの攻撃への対策はばっちりだといわんばかりだ。
「落とし前、つけさせてもらうわよ!」
春花が告げれば、加納陸が冷ややかに笑った。。
「はっ、馬鹿も休み休みにいえっての。こんな茶番、付き合ってられるかよ」
吐き捨てるような加納の言葉は、当然、春花の神経を逆撫でにするものだったし、夏樹と秋葉の魔法が完成したのも同時だった。
「紅蓮劫火!」
「雷皇十文字!」
夏樹が右腕を振り翳して爆炎を渦巻かせれば、秋葉が両手を交差させ、前方広範囲に渡って十字状に稲妻の雨を降り注がさせる。
まるで地獄絵図だ。
だが、全てが終わったときには、加納小隊は姿を消していた。