第千六十六話 新星乱舞(二十二)
戦場に混沌が訪れたのは、試合開始から四分が経過した頃合いだった。
加納小隊は、霊級幻魔を手当たり次第に撃破し、獣級幻魔の殲滅戦へと移行しようとしていた。そしてその勢いに乗って妖級幻魔を討伐、得点を荒稼ぎしようというのが加納小隊の作戦であり、そのための準備も入念に行っていたのだが。
極大の雷撃があらぬ方向から飛来し、磯部海司が構築していた水の防壁を撃ち抜いたことで、状況は一変する。
磯部は、危うく魔法の直撃を受けるところだったが、魔法壁を突破したことでその威力は大きく減衰、彼の頭上で霧散したことで事なきを得ている。
「おいおい、どういうこったよ!? なんで!?」
真っ先に声を上げたのは、加納陸だ。雷撃の軌道を辿れば、その魔法がだれが放ったものなのか、考えるまでもない。
それになによりその威力だ。
磯部の防型魔法・水天守壁を一撃で破壊するなど、獣級では不可能だ。妖級ならば可能だろうが、しかし、妖級たちは遥か前方、中洲の中心部に屯していて、動き出している気配はない。
そもそも、雷撃は、左方向から飛んできていた。その方角に妖級は存在しないのだ。
そして、加納小隊から見て左方向、その彼方には式守小隊の開始地点があるはずだった。
「どうして式守の奴らがこっちを攻撃してくるんだ!?」
加納が声を上擦らせつつもケットシーの群れを岩石の雨で押し潰し、周囲に岩壁を築き上げたのは、磯部の防型魔法を手助けするためだ。事実、磯部は速やかに魔法壁を編み上げ、水と岩の要塞を構築して見せた。
すると、またしても左方向から攻型魔法が飛来し、水と岩の防壁に直撃した。今度は、極大の火球だった。
式守夏樹が得意とする火属性攻型魔法。その破壊力足るや、さすがは神木神流の弟子というべきか。
防壁に直撃した瞬間に大爆発が起き、防壁の表面に巨大な波紋が生じた。岩石群が吹き飛ばされるも、防壁を保つことはできた。
「まさか、これが式守小隊の作戦だとか?」
「そんなこと、ある?」
「ないだろ、さすがに」
「うむ。ありえん」
磯部の考えは、残りの三人によって即座に否定された。
新星乱舞予選のルール上、考えにくいことだ。
確かに、自分の小隊だけが生き残ることでも勝利となり、決勝戦に進出できるのだが、その場合、自小隊以外の二小隊と戦闘しなければならなくなる。
圧倒的な力量差があるのであればともかく、そうではない。
少なくとも、予選第三試合に出場している三小隊には、実力差はほとんどないはずだった。式守小隊がもっとも優秀であり、実力を持っているとされるが、他の二小隊を敵に回して勝利をもぎ取れるほどの戦力差があるとは、到底思えない。
故に、他小隊を撃滅するという戦術を取るというのは、考えにくい。あまりにも無謀で、愚策とさえいえる。
一小隊ずつ各個撃破できるのであれば話は別だが、しかし、そう上手くいくわけがない。
式守小隊が加納小隊に攻撃していることが岩岡小隊に知れれば、その背後を突かれるのは目に見えている。それこそ、岩岡小隊にとっての好機だ。
式守小隊と加納小隊が消耗したところを横から攻撃し、両小隊を撃破、まさに漁夫の利を得ることができるというわけである。
そうなる可能性を想像できない式守小隊ではあるまい。
少なくとも、小隊長・式守春花は、慎重すぎるほど慎重であり、あらゆる行動が合理的であると評判だった。だからこそ、式守小隊が実績を積み重ねてきたのだ、とも。
そんな式守小隊が攻撃を仕掛けてきたとあれば、加納小隊も対応せざるを得ない。
「間違って大出力の魔法を使ってしまった……とか」
「それもありえん」
多聞が磯部の考えを否定しつつ、破壊的な律像を構築していく。多聞は、加納小隊の撃墜王とでもいうべき戦績の持ち主だ。
小隊の中でもっとも若い十六歳は、今年星央魔導院を卒業したばかりであり、その不遜さを気に入った可能が小隊の一員に引き入れた。十六歳とは思えない言葉遣いや態度だが、外見は、それに相応しいくらいに威厳に満ちている。
つまり、十六歳には見えないような威容の持ち主だということだが。
そして、多聞は、遥か前方に式守小隊を視界に捉えると、真言を発した。
「天威光明」
律像が発散し、魔法が発動する。
多聞の遥か頭上に生じた複雑にして絢爛《》けんらんたる紋様が、強烈な光を発したかと思えば、六条の光芒となって式守小隊へと降り注いだ。式守小隊は、即座に三方に飛び散ったが、六本の光線はその回避速度をも超える早さで殺到し、つぎつぎと直撃、炸裂した。
もちろん、それだけでは終わらない。
「金剛大砲!」
「蒼流波!」
加納の地属性攻型魔法、垂水の水属性攻型魔法が連続的に発動し、爆発の渦の中へと飛び込んでいく。さらなる破壊が巻き起こり、周囲に蠢く幻魔たちをも巻き込んだ。
大量得点が、加納小隊に加算されるも、式守小隊が脱落したわけではない。
爆煙渦巻く視界の彼方に火花が閃いたかと思えば、凄まじい爆発の連鎖が加納小隊を震撼させた。爆発に次ぐ爆発の連鎖。怒濤の如く加点されるのは、式守小隊。
「ちっ、しぶとい奴らめ!」
加納が毒づいたのは、戦術を台無しにされたからにほかならない。
せっかく意気揚々《いきようよう》と霊級、獣級を撃破し続け、点数を稼いでいたというのに、式守小隊の横槍が入ったことで全部台無しになってしまった。
まずは、式守小隊をどうにかしなければ、状況は悪化する一方だ。
このままでは岩岡小隊に出し抜かれない。
「ん?」
ふと、加納は、違和感を覚えた。
岩岡小隊の点数が変動していないのだ。
本来ならば開始地点前方へと進軍し、幻魔と激戦を繰り広げているはずであり、当然、それなりの得点を稼ぎ続けているはずだ。
だのに、今現在、岩岡小隊の得点が動いていない。
ということは、つまり、どういうことなのか。
「岩岡の野郎……!」
加納は、式守小隊の爆撃によって磯部の構築した魔法壁が崩壊する瞬間を目の当たりにした。即座にその場から飛び離れると、雷の槍が地面に突き刺さり、周囲に電撃を飛び散らせた。
式守秋葉の攻型魔法だ。
「さっすが夏兄。破壊力だけなら杖長級」
「だけとかいうな、だけとか」
「そうだよ、秋くん。夏ちゃんの自尊心を尊重してあげなよー」
「むう……それもそうか」
「兄に対してその言い草はなんなんだ、本当に」
「はあ……この期に及んで私語を慎めとかいわなきゃならないわたしの身にもなって欲しいわ」
「同情するよ、春姉」
「ほんと、かわいそうだね、春ちゃん」
「ふう……」
大きくため息をつきながら加納小隊の前方に降り立った式守春花からは、無数の花弁が舞っていた。それが彼女の得意とする強力な補型魔法であり、それによって式守小隊の戦闘能力が上がっていることは加納小隊にははっきりと理解できる。
その上で冬芽の生み出した闇魔法の盾が四人の周囲に展開しており、戦闘準備は万端といわんばかりだった。
四人が加納小隊の目前に展開すれば、周囲の幻魔が吠え立てた。無数の魔法が殺到し、爆撃が乱舞する。だが、獣級幻魔の魔法攻撃など、式守小隊はどこ吹く風だ。
倒すべきは、加納小隊だと告げているかのようであり、事実、夏樹と秋葉が紡ぐ律像は、殺意に満ちていた。
「式守姉弟、仲良しこよしなのは悪いことじゃあないが、状況を理解しているのか!」
「冬芽を攻撃しておいて、よくいうわね!」
春花は、多少の苛立ちと怒りを込めて、加納陸を睨んだ。
春花は、式守小隊の頭脳だ。作戦を立案するのも、戦闘中に指示を飛ばすのも、隊長であり、補手でもある彼女の役割だった。
そして、予選第三試合に関する作戦も当然、彼女が組み上げ、弟妹たちに徹底させた。
ところが、加納小隊から猛烈な攻撃を受けたのだ。
危うく冬芽が撃墜されかけたくらいだ。
となれば、戦術を組み直すしかない。
まずは、加納小隊を撃破し、式守小隊の安全を確保する。
そして、その後は、点数差次第だ。