第千六十五話 新星乱舞(二十一)
『新星乱舞予選第三試合、開始!』
天空地明日花の合図が戦場全体に響き渡ったのは、三小隊十二人の幻想空間上への転移が終わって、しばらくの時間が経過してからのことだ。
幻想空間上に構築された戦場は、第一、第二試合とも全く異なる地形をしていた。
やはり空白地帯を模しているようなのだが、そこがどこなのか、想像もつかない。
「見たことない地形ね」
「戦団が過去に記録した地形のひとつだよ、きっと。空白地帯は無限に形を変えるから」
秋葉の言葉通りなのだろう、と、春花は納得した。
頭上は、滲んだような真っ青な空が膨大な広がりを見せつけていて、雲一つ見当たらなかった。太陽すらもだ。それなのに明るいのは、空そのものが青い光を発しているからに違いない。
風は冷たく、時折、猛烈な勢いで吹き抜けていく。そんな風に煽られ、砂埃が舞っていた。
地上を見渡せば、長大な河が流れているのがわかるだろう。
式守小隊の開始地点から見て、遥か左前方から右後方へと緩やかに蛇行して流れているのだ。大河。まさに大河だ。葦原市の未来河と比較するのも馬鹿馬鹿しくなるくらいの大河は、町一つ軽々と飲み込んでしまうほどに巨大で、長大だ。
その川面が空の光を乱反射し、きらきらと輝いていた。
そして、幻魔の大軍勢である。
大河の中心部には孤島のような中州があり、そこに妖級幻魔たちが陣取り、その周囲に獣級、霊級が展開していた。
やはりもっとも多いのは霊級であり、それら霊体の化け物たちは、既に動き出していた。
大河を中心とする戦場、その三方向に配置された三小隊へ。
当然、三小隊も反応する。
既に攻型魔法が霊級の群れを薙ぎ払っており、加納小隊に得点が加算された。
岩岡小隊にもだ。
式守小隊は、といえば、三人が法機を取り出し、飛び乗ったところだった。
「出遅れちゃったね?」
「問題ないわよ」
秋葉の法機に相乗りになった冬芽に対し、春花は静かに断言すると、小隊の先陣るように指示した。
式守小隊の防手は、冬芽だ。四人の中でもっとも防型魔法を得意とする彼女が、攻手の秋葉とともに先陣を切るのが式守小隊の基本戦術である。
「女王の黒衣」
冬芽の真言が、秋葉の駆る法機の前方に暗紅色の魔法壁を具現する。直後、火球や稲光が飛来し、魔法壁に直撃した。爆発が連鎖的に起こる中であっても、秋葉は速度を落とさない。
霊級幻魔を射程に捉えると、高度を上げた。既に律像は組み上げている。
「雷皇万渦砲!」
遥か眼下、大量の霊級幻魔が津波の如く押し寄せる中へ、無数の稲妻を降り注がせれば、大量得点となる。だが、秋葉は渋い顔だ。
「百点も貰えなかった……」
「万なのにね!」
「うっさい」
「ぶー!」
秋葉の法機がわずかに揺れたのは、冬芽が暴れたからにほかならない。その直後、
「紅蓮灼火!」
夏樹の手の先から放出された熱光線が霊級幻魔の群れを薙ぎ払い、さらに獣級幻魔の群れを巨大な爆炎に飲み込んだ。
「夏ちゃん、さすが!」
「ぼくも獣級を狙うべきかな」
「でもでも、霊級も鬱陶しいよお?」
「それもそっか」
「霊級程度なら、わたしがやるわ」
秋葉と冬芽が顔を見合わせたのは、春花の自信に満ちた声を久々に聞いた気がしたからだ。そして、そうなったときの春花の頼もしさたるや、軍団長にも匹敵するのではないか、というのが、弟妹たちの共通認識だった。
地上に突風が吹いたと思えば、霊級幻魔が大量死し、式守小隊に得点が加算されていった。
春花が、春風の如く吹き抜けたのだ。
この広大な大河のような戦場は、第一、第二試合とも大きく異なる地形だ。遮蔽物は一切なく、故に幻魔の大群が丸々視界に収まるのは、気味悪いことこの上ない。
そして、まず目につくのは、もっとも数が多く、敵陣の外周部に展開する霊級である。実体を持たざる幽霊の如き幻魔たち。オニビ、スプライト、ニンフ、イナダマ、サラマンダー、ウンディーネ――下位上位関係なく入り乱れ、大軍勢特有の物量で押し寄せてくるのは、確かに厄介ではある。
だが、霊級など、端から敵ではない。
倒すべきは、獣級以上であり、できれば妖級を一体でも多く仕留めたいというのが、三小隊の共通認識であろう。
加納小隊も、そうだ。
加納陸は、第一、第二試合の結果を鑑み、当初想定していた作戦を大幅に変更するという決断を下していた。
当初は、霊級、獣級をとにかく大量に撃破することで、予選を通過するつもりだったのだ。
しかし、第一、第二試合ともに妖級の撃破数が勝敗を分かつ決定打となっており、そんな結果を見せつけられれば、他小隊が妖級に狙いを集中する可能性が大いにあった。
となれば、加納小隊も妖級相手に全力をぶち込む以外にはない。
「まったく、厄介なことだよ」
加納が悪態を吐けば、磯部海司が苦笑した。
「それはまあ、お祭りですし」
「みんな、本部祭の熱気に浮かれてるんだな」
「うむ」
垂水空也の言葉に多聞天が頷く。
本部祭という年に一度のお祭り騒ぎの中で行われる、この新星乱舞は、出場者にとってこの上ない名誉なのだ。双界全土が注目し、導士たちの全身全霊の戦いぶりをこそ期待している。
となれば、導士たちも気合いが入るというものだし、昂揚感に包まれ、熱量も上がらざるを得ない。
加納小隊自体が、そうだ。
出場権を与えられたとき、一夜を明かして喜び合ったものだ。
だれもが出場できるものではないし、一度出場すれば二度目はない。
このたった一度の機会に全力をぶつけなければ、悔いが残るだろう。
故にだれもが全身全霊の力を込めて、戦うのだ。
「とにかく、邪魔な雑魚は一掃する!」
そう告げて、加納陸は、攻型魔法を発動した。
開戦とほとんど同時に動いたのは、加納小隊だ。攻型魔法の輝きと爆発、得点が加算されたことではっきりとわかる。
つぎに、岩岡小隊が動いている。
沈黙の小隊とも呼ばれる彼らは、隠密行動を得意としたが、しかし、幻魔を撃破すれば得点が加算される以上、敵に悟られないように動くという得意の戦法は使えない。
仕方なしに目の前の敵へと集中攻撃していたところ、式守小隊が動き出した。
「遅いな」
岩岡勇治がつぶやけば、日暮シュウがこくりと頷く。
眼前、大量の霊級が押し寄せてきている。怒濤のような霊体の大軍勢は、しかし、容易く撃破可能だ。
なんといっても霊級なのだ。
実体を得ることもできない、儚い存在。
幻魔としての失敗作。
一般市民にとっては脅威以外のなにものでもなく、場合によっては導士も命を奪われかねない存在だが、戦闘状態に移行した導士の相手ではない。
少なくとも万全の準備を整えた岩岡小隊にとっては、ただの的だった。
「地撃轟波」
岩岡勇治が大地を波立たせ、土砂の津波を引き起こして霊級の群れを飲み込めば、
「風乱刃!」
鳴子奈留が無数の風の刃を放ち、土砂津波の範囲外の幻魔を切り刻んでみせる。
「地霊大護法」
道場良三の防型魔法は、無数の土塊を前方広範囲に撒き散らすというようなものだが、敵陣から飛来してきた火球や稲妻がその隙間を擦り抜けようとしても、弾き飛ばした。
そして、日暮シュウが補型魔法を発動させるべく、地面に降り立った。残り三人も次々と着地し、彼の律像が組み上がるのを待ちながら、霊級や獣級を攻撃する。そうして、時間と得点を稼ぐのだ。やがて、
「影呼静遂」
日暮が真言を唱えると、彼の影が大きく膨れ上がったかと思えば、あっという間に岩岡小隊を飲み込んでしまった。
影が、幻魔の群れの足元を擦り抜けていく。
沈黙の小隊、その真価を発揮しようというのだ。