第千六十四話 新星乱舞(二十)
予選第二試合の結果を受けて、第三試合の開始を待つ岩岡小隊、加納小隊、式守小隊は、様々な反応を見せていた。
岩岡小隊は、第五軍団に所属する小隊である。
第五軍団といえば、未だ軍団長の座が空席のままであり、副長・美乃利美織が団長代理を務めている状態が続いている。
五年前に行われた戦団の大再編に伴い、戦闘部が軍団制へと移行すると、各軍団の指揮官として軍団長が配置された。立場としては部隊制の頃の部隊長と同じだが、権限がより強くなり、責任もまた、重くなった。
そのため、軍団長が戦死したからといって、副長が繰り上がり、軍団長の席に着くということは考えられるものではないのだ。
一刻も早く空席を埋め、戦闘部十二軍団を完璧に機能させるべきだということは戦団上層部も理解しているのだが、そのための調整に手間取っているというのが実情なのだ。
軍団長に相応しい導士の選出となれば、慎重にならざるを得ない。
その軍団の副長だからといって軍団長が務まるわけではない。
それは、美乃利美織自身がいっていることであり、彼女が軍団長に昇格する可能性は限りなく低いと考えられている。
そんな美乃利美織軍団長代理が新星乱舞に選出したのが、岩岡小隊であり、彼らへの期待は大きかった。
『第五軍団は、日流子様亡き後、より結束を強め、連帯を深めてきました。それもこれも、日流子様が軍団長としてあられた五年という月日の為せることに違いありません。そして、わたしがあなたたちを新星乱舞に選出したのは、予てより日流子様が注目され、話題にされることが多かったということも大きいのです』
団長代理の言葉が、岩岡勇治の脳裏を過る。
第三試合開始直前の作戦会議中、皆、第二試合を勝利した草薙小隊について話し合っていた。第三試合を突破した暁には、決勝戦で草薙小隊と戦うことになるからだ。
星象現界の使い手が増えたのだ。
おそらく、第四試合の勝者は、皆代小隊だ。余程のことでもない限り、銀星小隊や竜胆小隊が皆代小隊を出し抜くことは難しい。
故に、決勝戦には、草薙真と皆代統魔、本荘ルナという星象現界の使い手が勢揃いするという最悪の状況を想定しなければならないのだ。
皆代小隊を打倒するだけでも困難を極めるというのに、そこに草薙小隊が加わるのだから、厄介というほかあるまい。
とはいえ。
『日流子様は、あなたたちの活躍を見守っておられましたよ』
だから、その愛に応えて欲しい、などと、野暮なことはいってこなかった。
ただ、城ノ宮日流子が選出したも同然だと、軍団長代理は伝えてくれたのだ。
その事実が岩岡小隊を奮い立たせていたし、四人の表情は、決戦を目前に控えた戦士のそれだった。
「まずは、目の前の試合に集中しよう。作戦通り、な」
岩岡がいえば、日暮シュウ、鳴子奈留、道場良三の三人は静かに頷いた。
岩岡小隊は、沈黙の部隊と呼ばれる。
音もなく行動することに長けていて、平時ですら静寂とともにあった。
加納小隊は、第十二軍団に所属する小隊である。
第十二軍団長・竜ヶ丘照彦に直接呼び出されたとき、隊長の加納陸は、新星乱舞に選ばれたのだと確信し、舞い上がっていたものだった。
『きみは、本当にわかりやすくていいですね』
竜ヶ丘照彦は、そんな加納陸の内心を読み切ったかのように微笑んだものだ。
『この時期に軍団長から直接呼び出されれば、確かにそうとしか考えられませんからね。特に加納小隊のような問題もなければ欠点もなにひとつない小隊ならば、なおさら』
そして、だからこそ、新星乱舞への出場権を与えることにしたのだ、と、軍団長はいった。
竜ヶ丘照彦は、いつだって穏やかで物腰の柔らかい人物であり、部下に対しても常に丁寧な対応をすることで知られていた。
だから、だろう。
第十二軍団全体の気質として、穏和だった。
軍団の気風は、軍団長の性格や在り様によって大きく変化する。
果断にして性急な第十軍団、氷のように冷厳なる第七軍団、吹きすさぶ嵐の如き第八軍団――そうした軍団の色は、軍団長の気質がそのまま反映されているといっても過言ではなかった。
加納陸は、そういう意味でも、第十二軍団が好きだった。竜ヶ丘軍団長の穏やかさに包まれているからこそ、導士としての職務に全力を尽くすことができる。
たとえ道半ばに斃れるのだとしても、軍団長の元でならばなんの悔いもない。
そう、断言できる。
故にこそ、結果を残したい。
「わかっていると思うが、厳しい戦いになる」
加納陸は、隊員たちの顔を見回し、告げた。
「特に式守小隊はこの三隊の中では頭一つ抜けている実力者だ。正面からぶつかり合うようなことになれば、おれたちは負ける」
加納陸の断言に、磯部海司や垂水空也、多聞天らは顔を見合わせた。いくらなんでも評価が高すぎるのではないか。そして、加納小隊の評価を低く見積もりすぎではないのか。
「だが、そもそも予選は、他小隊と直接戦う必要はない。幻魔を撃滅し、得点を稼ぎさえすればいいんだ」
そんなわかりきったことを告げた加納の頭の中には、第三試合を有利に運ぶための戦術が組み上がっていた。
式守小隊は、第二軍団に所属している。
そしてもちろん、第二軍団長・神木神流によって選出され、新星乱舞への出場権を与えられた。
式守小隊を構成するのは、式守家の四人姉弟であり、家族小隊とも姉弟小隊とも呼ばれることがあった。家族であるが故に互いに遠慮することもなければ、より深く思いやれるという点が式守小隊の強みだと自負しているため、そうした周囲の呼び方も褒め言葉と受け止めていた。
夏樹は、だが。
式守家の長男であり、第二子である夏樹は、小隊の精神的支柱といっていい。
なにかと心配性な長女にして隊長の春花、いつだって自由奔放な次男の秋葉とわがまま放題の次女の冬芽、この三人が纏まっていられるのは、彼が泰然自若として在り続けているからなのだ。
「不安かい?」
夏樹が春花に尋ねれば、姉は、渋い顔をする。
「不安にならない理由がないわ」
「どうして?」
夏樹には、姉のそんな反応は想定済みだから、務めて気楽な表情をしてみせる。秋葉と冬芽が第二試合を振り返っている様を一瞥し、再び姉に視線を定める。
「おれたちは、師匠――神木軍団長から選ばれたんだ。新星乱舞に相応しい実力者としてね。だから、全力でぶつかればいい。それで敗れたのだとしても、なんの問題もないんだからさ」
「それは……そうかもしれないけれど」
春花には、夏樹の楽観的な意見も理解できるのだが、しかし、と思わざるを得ない。
「期待には、答えたいじゃない」
神木神流から新星乱舞への出場を言い渡されたとき、春花は、確かに軍団長からの期待を感じたのだ。
式守小隊が今後、第二軍団を引っ張っていく存在になると信じてくれているのだ、と。
「だったら、おれたちを信用しろよ」
夏樹は、右手を秋葉の頭に、左手を冬芽の頭に乗せて、告げた。
「おれたちは、姉さんを心底信頼しているんだからな。なあ?」
「え? なになに?」
「なんの話?」
話を聞いていなかったのだろう秋葉、冬芽がきょとんとするのも織り込み済みであり、そんな弟妹の反応を見れば、春花も笑うしかなかった。
確かに、そうだ。
式守小隊は、いつだって四人で一丸となってやってきたのだ。
自分一人だけで心配や不安を抱え込み、膨れ上がって自縄自縛に陥るのは、馬鹿げている。
なにより、これまでこの四人でやってこられたからこそ、ここに立っているのだ。
新星乱舞という大舞台に。
ならば、なにを臆することがあるというのか。
春花は、腹を括った。
そして、予選第三試合の幕が開く。