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第千六十三話 新星乱舞(十九)

 青島蓮あおしまれんは、深く静かに息をいた。

 訓練室兼小隊控え室内。

 天井照明の青白くも穏やかな光が、幻想空間から舞い戻った直後の意識を戦闘状態から通常状態へとすみやかに戻していく。

 鋭く研ぎ澄まされていた五感が鈍くなり、燃えたぎっていた闘争心が急激に落ち着いていくのだ。

 試合は、終わった。

 結果は絶対的なものであり、もはや覆す方法はない。

「ふう……」

 寝台に仰向けになったまま、天井を見ている。天井照明の光は、どれだけ見つめていても決して眩しさを感じることはない。むしろ、まっすぐ見つめているほうが効能を実感できるというものらしい。

 天井照明の鎮静ちんせい効果は、科学的に証明されている。

 だから、戦団関連施設全般に用いられているのだ。

 平時には、精神状態を落ち着かせておくべきだ。

 でなければ、戦団の一員として、導士として、連日連夜戦い続けることなどできない。

「負けちゃいましたね」

「あー、負けた。負けたな-!」

 緑山涼みどりやまりょうがつぶやけば、黒木隼くろきしゅんが大声で返事をする。悔しさが伝わってくるが、それは全員同じだ。フルカラーズだけではない。予選に敗れた全小隊が同じような感想を抱くはずだ。

「すみません。最初に落ちてしまって」

 突如、白井廻しろいかいの顔が視界に入り込んできたものだから、蓮は、手で制した。体を起こし、寝台を椅子代わりに座り直す。そして、廻に手近にあった椅子に座るように促して、口を開く。

「いや、廻のせいじゃない。元はといえば、おれの指示のせいだ。が、そうでもしなければ、草薙小隊に追いつけなかったからな」

「どこかでけにでないといけなかったわけで、隊長の指示が悪かったわけでもないっすよ」

「それもわかってる。おれの判断が間違っていたなんて、思ってもいないよ」

「うっす」

「廻が落とされたのは、想定外だったが……」

「すみません」

「だから、謝るな」

 蓮は、落胆らくたんのあまり項垂うなだれている廻に笑顔を向けた。

「おれが最初に落とされてた可能性だってあるし、なによりだな、全員無事だったとして、草薙小隊の勝利は揺るぎなかったんだ」

 その事実は、認めざるを得ない。

 こればかりは、フルカラーズが総力を結集したところで、死力を尽くしたところで、どうなるものでもなかった。

 草薙小隊は、大量得点によって新星乱舞の記録を塗り替えた。

 圧倒的大差。

 だが、敗北感は、そこまででもない。

「なんつーか、組み合わせが悪かったんだよな。あんなの、どうしろっつーの」

「本当ですよ。星象現界せいしょうげんかいなんて、卑怯です」

「卑怯もなにもないだろ。同世代の導士が星象現界を使えるようになった。それは、素直に喜ぶべきことだ。戦団の将来が明るいということなんだからな」

 蓮は、隊員たちの顔を見回し、いった。

 戦闘部の導士ならば、星象現界の体得を目指すべきだ。星象現界は、鬼級幻魔に対する唯一の対抗手段といってもいい。

 故に、星象現界の使い手が増えることは、戦団のみならず、人類全体にとっても喜ばしいことであり、希望の光そのものといって良かった。

「隊長……」

「そりゃあそうだ」

「おれたちも追い着け追い越せで星象現界の体得に励んで見るか」

 とはいったものの、蓮は、それが一朝一夕いっちょういっせきにできるものではないことくらい理解していたし、だからこそ、草薙真が星象現界を体得したという事実に感じ入るのだ。

 どれだけ修練しゅうれんを積めば、星象現界へと至ることができるのか。 

 星神力せいしんりょくの境地へ、到達できるというのか。

 星象現界の使い手ではない蓮には、想像もつかない。


「結局、草薙真の独壇場だったな」

 宇佐崎うさざきレオンは、予選第二試合の結果を振り返りながら、いった。

 第二試合における宇佐崎小隊は、それこそ、大活躍といっていいくらいの戦果を上げることはできたはずだ。

 少なくとも、大量の霊級、獣級を撃破し、妖級幻魔とも取っ組み合って撃滅げきめつせしめたのだ。得点が、それを示している。

「でもでも、隊長の雪山王ロード・フロストだって大活躍だったよ!」

 レオンの隣に座った玉手光那たまてみなが、誇らしげにいう。

「ああ。隊長も、おれたちも、やれる限りのことはやったはずだ」

「そうね。ただ、相手が規格外だった、それだけの話よね!」

「まあ……それはそうなんだが、それで終わるのはどうなんだっていう話さ」

 レオンは、菅生秀二すごうしゅうじ、鷹匠璃々《たかじょうりり》の意見も踏まえた上で、脳裏のうりに焼き付いた草薙真のことを考えていた。草薙小隊の戦いぶりを。

「草薙小隊は、なにも草薙真頼りの小隊じゃない。おれたちだってそうだろ。小隊は、一致団結いっちだんけつしてこそその本領を発揮できる。そしておれたちもそうしてきた。今回だって、そうだ。全身全霊の力を込めて、力を合わせて、戦った」

 レオンは、隊員たちが自分の戦い方に合わせてくれていることを実感していた。

 レオンは、防手ぼうしゅだ。防型ぼうけい魔法を得手えてとする以上、彼が立てる戦術は、基本的に防御寄りにならざるを得ない。

 その思考法を逆手に取ったのが擬似召喚魔法・雪山王だ。防型魔法を極限まで高めた攻防一体の必殺魔法は、確かにその力を存分に発揮した。

 幻魔を蹂躙じゅうりんし、戦場を圧倒した。

 だが、敗れ去った。

 それは、なぜか。

 草薙真一人が原因なのか、否か。

「相手が星象現界を使ったから負けた。それも事実だ。けどな、そこで思考停止しちゃあ駄目なんだよ。星象現界もまた、魔法の一種に過ぎない。どこかに勝てる可能性があったかもしれないんだ」

 可能性の問題に過ぎない。

 だが、草薙真が星象現界を体得したのは、つい最近のことだ。

 使いこなせているとは思えない。

 ならばどこかに欠点や弱点があり、そこを見抜き、突くことができれば、勝てたかもしれない。

「つまり、だ。おれたちは、まだまだ伸びる。強くなれる。これから先、いくらでもな」

 レオンが言い切れば、隊員たちは、顔を見合わせた。そして、隊長の心意気、心遣いに、胸を打たれるのだった。

 

 草薙小隊の控え室は、いつものように穏やかな空気に包まれていた。

 新星乱舞史上に残る大量得点による大勝利の余韻など、どこにもなかった。

 いつもと変わらない空気感。

 それは、頭上から降り注ぐ天井照明のおかげなどではない。

「星象現界を使わなければならなくなったのは、戦術的失敗というべきですね」

 真は、部屋の中心に隊員たちを集めると、すぐさま先程の試合内容に関する意見を求めたのだ。

 だれもが大勝利に浮かれそうな空気感を急激に冷やしたのは、ほかならぬこの歴史的大勝利の立役者本人である。

 いつものことだ。

 任務にしろ、訓練にしろ、小隊での活動が終われば、即座に会議を開くのが真のやり方だった。

 布津吉行ふつよしゆき羽張四郎はばりしろう村雨紗耶むらさめさやも、そんな隊長だからこそ、全幅ぜんぷくの信頼を寄せられるのだし、彼の意見に耳を傾け、進言するのである。

「本心をいえば、決勝戦まで隠しておきたかった」

「前々からそういってたよね」

「決勝戦に出るのは確定だった、と」

「それはそうでしょう。新星乱舞に選出して頂いた以上、予選くらい突破しなければ、師匠に申し訳が立ちません」

「……そりゃそうだわな」

 吉行は、真のそういう実直さが好きだった。

 真は、とにかく真っ直ぐな人物だった。言動の全てが直線的すぎて、ときには危なっかしくも感じるのだが、しかし、その鋭すぎるほどの真っ直ぐさは、吉行には心地良い。

 他意もなければ裏もなく、全てをさらけ出してくれているからかもしれない。

「無論、決勝戦で勝利するのが一番の恩返しかと思いますが、こればかりは確信が持てませんから」

「まあそうだよな。なんといっても、皆代みなしろ小隊は絶対に決勝戦に出てくるだろうからな」

「だからこそ、隠しておきたかったんですよね?」

「はい」

 紗耶の言葉に同意し、真は続けた。

「皆代小隊の副隊長・上庄かみしょう導士の情報処理能力は、新星乱舞出場者の中でも飛び抜けていますから。星象現界を見せれば、決勝戦までに欠点を見抜かれる危険性がありました」

 しかし、もはや切り札を切ってしまった以上、そのことを悔いても仕方がないという気持ちも、真の中にある。

 それに、だ。

「まあ……上庄導士ならば、おれの星象現界に関する記録を調べ、既に欠点を見抜いていたとしてもおかしくはないんですが」

「だったら、気にする必要もないのでは?」

「そうですよ。決勝戦に進出できたわけだし、細かいことを気にするよりも、皆代小隊対策を考えるほうがいい気がするなあ」

「うむ。その通りだ。隊長」

「……そうですね。では、この件は後回しにするとして……」

 真は、隊員たちの熱量に押されるまま、幻板を操作し、作戦会議を進めた。

 草薙小隊は、決勝戦までの時間を会議に費やしていく。



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