第千六十二話 新星乱舞(十八)
真の一閃によって、戦況は一変した。
星象現界・天叢雲剣を発動した真は、具現した真紅の直剣を握り締めると、おもむろに振り下ろした。
それによって起きたのは、数多の幻魔の死であり、宇佐崎レオンの擬似召喚魔法・雪山王の大破だ。
超高熱の一閃は、ただの火属性を帯びた斬撃ではない。紅蓮の剣閃が虚空に奔れば、真の目に映る直線上の存在全てを切り裂くのだ。
故に、真が天叢雲剣を発動したが最後、この戦場において彼に敵うものはいないのである。
なんといっても星象現界だ。
ただの攻型魔法や擬似召喚魔法とはわけが違う。
魔素の密度も質量も、なにもかもが段違いであり、比較する気にもならない。
雪山王は、真っ二つに断ち切られ、乗り込んでいた宇佐崎小隊四人ともども爆散した。
その前後に充ち満ちていた幻魔も、だ。
霊級、獣級が大量に死に、妖級が何体も倒れた。
それにより草薙小隊の得点は、宇佐崎小隊、フルカラーズを大きく突き放し、五桁の大台に乗った。
「さっすが」
「凄すぎ……」
「やはり、破壊力抜群だな」
草薙小隊の隊員たちは、隊長の戦いぶりに惚れ惚れするほかなかった。
直前、草薙小隊の元へと殺到していた幻魔の群れが一瞬動きを止めたのは、圧倒的な力量差を認識したからだろう。
幻魔は、魔素質量の高い人間に引き寄せられるという習性がある。
この戦場においてもっとも魔素質量の高い人間とは、星象現界を発動した真なのだが、しかし、魔力をより高密度、高濃度に圧縮し、昇華することによって具現する星神力を目の当たりにすれば、度肝を抜かれるものなのかもしれない。
そして、大量の幻魔が、天叢雲剣の一閃で蒸発するようにして消滅していったのだ。
振り下ろされた直剣、その直線上の大地に刻まれた溶断の跡から膨大な熱気が立ち上っている。その断裂の中へ、イフリートやオーガの死骸が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
さらに一閃、真は天叢雲剣を別方向に向かって振り抜き、前方の幻魔を薙ぎ払った。直線上、広範囲の幻魔が瞬時に両断され、蒸発していく。
『草薙小隊、草薙導士の大魔法によって大量得点を獲得! 脱落した宇佐崎小隊はもちろん、フルカラーズを突き放していくっ!』
『草薙導士がごくごく最近になって体得したという攻型魔法ですね。魔法局への登録名は、天叢雲剣。魔法の形状、威力に相応しい命名といっておきましょうか。実に素晴らしい魔法技量です』
興奮のあまり声が裏返る実況と、温厚さは変わらないもののどこか喜びが感じられる解説の声が、会場に響き渡る。
そんなことはつゆ知らず、真は渋い顔だ。
「……決勝戦まで取っておきたかったな」
真が星象現界を体得したのは、ほんの少し前のことだ。未だ完璧に制御できているわけではないし、能力も完全に把握できているわけではない。
星象現界は、多くの魔法同様、使えば使うだけ馴染んでいくといわれている。体得以来、毎日のように使い込んできたのだが、しかし、それだけではまだ足りないようだった。
そして、だからこそ、決勝戦で戦うことになるであろう他小隊に見せたくなかったのだ。
弱点や欠点が露呈する可能性がある。
とはいえ、必殺技を隠し持ったまま、予選落ちに終わるなど馬鹿げているとなれば、使わざるを得ない。
そして、一度発動してしまった以上は、戦場を蹂躙し尽くすべきだろう。
もはや、隠しようがないのだから。
予選第二試合の勝敗は、決した。
フルカラーズが妖級幻魔を撃破することで積み重ねた得点は、宇佐崎小隊が雪山王の爆走によって突破され、さらに草薙小隊・草薙真の天叢雲剣が戦いに決着を付ける運びとなった
天叢雲剣が大量得点を重ねた結果、草薙小隊は、新星乱舞史上最多となる二万三千三百十五点を獲得、大勝利を飾った。
『第一試合の真星小隊の記録を塗り替える、大会新記録ですね!』
『はい。記録もさることながら、内容も実に素晴らしいものです。草薙小隊の戦いぶりは、一見、隊長の力量に頼り切ったもののように見えますが、実はそうではなく――』
実況と解説が第二試合を振り返る中、幸多は、幻板に流される映像に見入っていた。
「凄いな……真くん」
真が星象現界を発動する瞬間の映像だ。複雑にして精緻な律像が急激かつ無限に変化していく光景には、ただただ圧巻されるものだ。そして、彼の全身から噴き出した星神力が、掲げた両手の先に収斂し、真紅の直剣が具現したことによって、戦いは終わりを告げた。
真が剣を振り下ろす。
ただそれだけのことで全てが決したのだ。
斬撃は、目の前の敵を切り伏せるだけでなく、直線上に居並ぶ幻魔を切り裂き、灼き尽くしていった。雪山王も、乗組員たちもだ。
「星象現界を体得していたって話、本当だったんだな」
「魔法局に登録されている以上、本当も嘘もないんだけどね」
「一々魔法局の情報なんて調べねえって」
「調べるよ。定期的にね」
「暇人め」
真白が睨むも、義一は涼しい顔だ。
「副隊長として当然のことだよ」
「いつから副隊長になったんだよ、おい」
「最初からだけど」
「そうだったか!?」
「ぼくは、そのつもりだったよ」
「おれはそんなの聞いてねえ!」
「ぼくの心構えの話だからね」
「おいっ!」
かっと目を見開いてこちらを睨んできた真白に対し、幸多は、なんともいえない顔をした。
義一が真星小隊の副隊長なのは、自他ともに認める事実だ。能力、実績、全てにおいて彼以上に相応しい人材はいない。
四人小隊である。
副隊長を置く必要があるわけではないのだが、しかし、副隊長を置いておくとなにかと便利なのは間違いなかったし、任務後の雑務などを義一に頼むことも少なくないこともあって、彼を副隊長に任命したのだ。
「いったはずだけどな。義一を副隊長にするって」
「そうだっけ?」
「うん。ぼくも聞いたよ。兄さん、忘れてる?」
「ええ……? 義一が副隊長……ええ……」
「なんでそんな顔をするんだよ。ぼく以外にだれが真星小隊の副隊長を務めるっていうんだい?」
「黒乃に決まってんだろ!」
「そこは自分じゃないんだ」
「それが兄さんのいいところ……かな」
自信なさげに微苦笑を漏らす黒乃に幸多は笑い返し、幻板に視線を戻した。
真の大活躍ぶりは、何度繰り返し見ても良かった。
「あれが……本当に真なのか」
「はい。あれが、あの姿こそが、いまの兄さんなんですよ」
真人が戦くようにして言葉を漏らす気持ちは、実にもまさに実感として理解できた。
戦場に直接入り込む形で観戦する今回の新星乱舞は、臨場感がまるで違った。まさに目の前で激戦が繰り広げられていて、魔法が生み出す熱気や冷気、衝撃や爆発が身近で感じられるのだ。
五感が強く刺激され、総毛立つほどだった。
そして、真が天叢雲剣なる魔法を発動すれば、その破壊的なまでの熱気が観客席にまで押し寄せてくるかのようであり、思わず仰け反ってしまったくらいだ。
一閃が戦場を真っ二つに切り裂いていく光景が、網膜に焼き付いている。
故に、真人は、戦慄さえ覚えるのだ。これほどの才能の持ち主をどうして草薙家に押し止めておこうとしたのか。真の素養を見抜くことができなかったのは、紛れもない真人の落ち度であり、猛省しなければならない点である。
真が対抗戦決勝大会で最優秀選手に選ばれたからこそ、その才能を発揮できる立場になれたものの、もし対抗戦に敗れ、草薙家の当主の座につかせていた場合のことを想像すれば、絶句するしかない。
真ほどの魔法技量の持ち主が戦団にいるといないとでは、なにもかもが大きく違うはずだ。
人類にとっての損失になっていた可能性が高い。
それほどまでに真人は、真の大活躍に興奮していたのであり、身を乗り出していた。
実はといえば、真人がそのように喜んでくれていることをこそ、嬉しく想っていた。