第千六十一話 新星乱舞(十七)
「隊長の十八番、取られちゃいましたね」
「取られるもなにも。超高等技術とはいえ、古くからある魔法技術の一つに過ぎないだろ」
「説明ありがと」
「……あのなあ」
布津吉行は、村雨紗耶との雑談のついでのようにして、飛びかかってきたガルムを一刀の元に切り捨てて見せた。
火属性魔法・緋剣。
ガルムは火属性の幻魔だが、火属性魔法が一切通用しないというわけではない。
妖級以上にもなれば同属性の魔法が全く通用しなくなる場合もあるのだが、獣級以下ならば、その可能性は限りなく低くなる。
魔法の威力、強度、精度――そして、魔素質量こそが全てだ。
そして、吉行の緋剣は、ガルムの魔素質量を大きく上回っていた。
ただ、それだけのことだ。
そして、それは真の七支宝刀にもいえることだ。真の得意属性は、火。七支宝刀も火属性の擬似召喚魔法であり、七支刀から乱射され続けている熱光線も全て、火属性だ。
大量のガルムが七支宝刀の熱光線に撃ち抜かれ、絶命していく光景は、属性とは、魔法力学とはなにかを考えさせるかのようだが、しかし、その結果こそが魔法力学だと納得するしかない。
魔法力学においてもっとも重要なのは、魔素質量なのだ。
属性相性以上に魔素質量の大小こそが、勝敗を分かつ。
故に、七支宝刀から放たれる大量の熱光線が、数多の幻魔を打ちのめし、死骸の山を築き上げていくのであり、そのおかげで草薙小隊が得点争いで独走状態だったのだが。
真は、遥か遠方から戦場の中心へと爆走中の氷の巨人を見つめていた。
宇佐崎レオンが擬似召喚魔法の使い手だということは有名な事実だ。レオンの擬似召喚魔法・雪山王は、見た目通りの氷属性だ。その性質も、威力も、精度も、全て把握している。
そして、このような状況になれば、使わざるを得ないということも承知していた。
だから、動じることもなければ、なにも感じなかった。
得点差は揺るがない。
どれだけ追い上げようとしても、獣級を撃破するだけでは、七支宝刀の撃破数を超えることなどできるわけがない。
(だったら、そうするしかないな)
真は、宇佐崎小隊が、フルカラーズが大立ち回りを演じる戦場中心部へと邁進するのを確信すると、自身はその場に降り立った。飛行魔法を解除し、七支宝刀も解除する。
「隊長!?」
「いったいどういうつもりなんです?」
「村雨さん、護りを固めてください。布津さんと羽張さんは、時間稼ぎを」
「はい?」
きょとんとする部下たちに対し、真は、穏やかに告げる。
「さすがに獣狩りでは、予選を通過できそうにありませんから」
そして、真の周囲に浮かび上がった律像が急速に複雑化するのを目の当たりにした瞬間、紗耶たちは隊長がなにをしようとしているのか、理解した。
雪山王の驀進は、続く。
霊級の大軍勢を踏破し、獣級の大軍団を乗り越え、ついには妖級の群れが待ち受ける戦場中心部へと至ったのだ。
『フルカラーズ、妖級幻魔オーガを撃破し、さらに千点を獲得! これで五千点を突破しました!』
『得点争いで二位に躍り出ましたね。さすがは新星たち。妖級幻魔を相手によくやっています』
『しかし、フルカラーズ、オーガとの戦闘中に白井導士を失っております! 一方、草薙、宇佐崎小隊が全員無事! この戦力差がどう響くか!』
会場全体に響き渡る実況と解説は、当然ながら、戦闘中の導士たちには聞こえていない。実況解説によって戦術が露見するなど、あってはならないからだ。
しかし、レオンには、二屋一郎と朱雀院火留多がどのような発言をしているのか、なんとなく想像がついた。戦闘部の部長と副部長である。若手導士たちのことを尊重こそすれ、否定するような発言はするまい。
「ただまあ、もうどうしようもないってことは確かだ」
レオンは、雪山王の中から見える景色に目を見開いた。眼前に妖級幻魔が群れを成しており、それらはフルカラーズだけを攻撃していた。
それはそうだろう。
フルカラーズは、得点差に焦りを覚え、戦況を覆すべく、まだだれも手を付けていない妖級幻魔の棲処に踏み込んだのだ。
幻魔の特性上、魔力を発散し続ける魔法士たちが近寄ってくれば、そこに集中するのは当然の話だ。道理といっていい。
フルカラーズが隊員を一人失っているのは、集中攻撃を受けた結果だ。
「フルカラーズの防手は、緑山だったか」
「あの猛攻の中であれだけ持ち堪えてるんだから、落ち度はないと思うけど」
「落ち度があるとすれば、青島のほうだな」
レオンは、鷹匠璃々《たかじょうりり》の意見を肯定するように告げると、雪山王の巨腕でもってイフリートの横っ面を殴りつけた。冷気が爆発し、巨躯が吹き飛んでいく。
巨大な魔素質量の出現に、複数の妖級幻魔がこちらに意識を向けた。
オーガを踏みつけ、ヴィーヴルを弾き飛ばし、フィーンドを氷漬けにする雪山王は、まさに戦況を一変させる大活躍だ。
フルカラーズが妖級の猛攻から逃れられたのも、そのためだ。
「フルカラーズの手助けになっちゃったけど?」
「関係ないさ。妖級を一番多く撃破すればいいだけのことだろ」
「簡単にいう」
「だが、それができるのが我らが隊長だ」
「そうですよっ!」
「まあ、そうだけど」
璃々は、菅生秀二と玉手光那のレオンへの信頼の強さにはただただ同意するしかなかった。
レオンの魔法技量の高さは、だれよりも宇佐崎小隊の隊員たちが知っている。長い時間ともに戦ってきたのだ。任務に明け暮れながら、寝る間も惜しんで訓練してきた日々は、嘘をつかない。
事実、擬似召喚魔法・雪山王は、妖級幻魔を相手に正面からぶつかり合っても負ける気配がなかった。イフリートの巨体を転倒させるほどの拳の一撃は、強力無比としか言い様がなかったし、周囲に吹き荒れる冷気の渦が、さながら魔法壁の如く幻魔たちの攻撃を寄せ付けない。殺到する魔力体の数々を氷結させ、無力化しているのだ。
雪山王は、破壊力抜群の移動要塞なのだ。
さらに璃々たちが攻撃に防御にと魔法を駆使すれば、妖級幻魔を一体、また一体と、打ち倒していくのである。
「七千点突破! 新星乱舞予選の新記録も見えてきたかも! さっすが隊長!」
「気分があがるねえ」
璃々の声がレオンの耳朶に響き、心を高ぶらせる。
こうまで持ち上げられると、悪い気はしない。それどころか乗りに乗って、雪山王の性能も向上していくようだった。
魔法とは、想像だ。
想像力は、精神状態に左右される。
そして、昂揚感が魔法の威力を向上させる事実は、数々の実験によって明らかになっているのだ。
雪山王の拳がイフリートの腹を撃ち抜き、魔晶核を粉砕すれば、さらに千点が宇佐崎小隊に加点された。
「凄いっ!」
「さすがすぎる」
「本当、なんでもできちゃうんだから!」
隊員たちが褒め称えてくれる。
それだけで、レオンは、どこまでも行ける気がした。
「この勢いで優勝までかっさらうか――」
レオンの視界が暗転したのは、どういうわけなのか。
全身が灼き尽くされたような感覚が、いまさらのように襲いかかってきて、けれどもそれは残像のようなものであって、つぎの瞬間には消え失せていた。
直後、視界に飛び込んできたのは、天井照明の青白い光だった。
「えっ……!?」
愕然と上体を起こしたレオンは、前方に浮かぶ幻板に映し出された予選第二試合の様子に絶句するほかなかった。
『宇佐崎小隊、壊滅! こ、これは一体なにが起こったのでしょうか!?』
『草薙導士の攻型魔法が、宇佐崎導士の擬似召喚魔法・雪山王ごと宇佐崎小隊を全滅させたようですね』
慌てふためくような実況の二屋一郎とは打って変わって、解説の朱雀院火留多の声は、いつも通り穏やかで、柔らかく、全てを包み込むようだった。
だから、だろうか。
レオンは、状況を理解するのに時間を要したものの、そこまで落胆することはなかった。
元よりわかりきっていたことではあったのだ。
草薙真は、天才中の天才だ。
「使いやがったんだな、草薙の野郎」
レオンの目は、草薙真が真紅の長剣を振り下ろした映像を見ていた。刀身から放たれた斬撃が直線上の全てを両断していく光景は、なにもかもを圧倒していくかのようだった。
天叢雲剣。
草薙真が体得した星象現界だ。




