第千六十話 新星乱舞(十六)
『首位を独走中の草薙小隊に対し、宇佐崎小隊が猛追しています!』
『宇佐崎導士が使ったのは、得意とする防型魔法に独自の構成を加えることで完成した擬似召喚魔法です。宇佐崎導士もまた、草薙導士と同じく擬似召喚魔法の使い手だということは、わたくしたちの間ではよく知られている話ですが、今回はじめて知った方もおられることでしょう』
『ここで擬似召喚魔法同士がぶつかり合うのは、熱い! ですよねっ!』
『そうですね……若き新星たちの才能が激突する様は、ただただ美しく、まばゆいものです』
「ぼくは知ってたけどね」
「そりゃそうだろ、戦団オタク」
「なにがそうなの?」
「それくらい、知っていないと戦団オタクは名乗れないだろーが」
「だれも名乗ってないけど」
「おまえの存在そのものがそう名乗ってんだよ」
「そうかなあ」
圭悟の断言には蘭は首を傾げるしかなかったが、しかし、戦場から目を離すような真似はしない。戦団オタクの名が廃るからだ。
新星乱舞予選第二試合は、豪華実況解説陣のいうとおり、草薙小隊が得点数で首位を独走していたのだが、それが他の小隊に火を点けたようだった。
第一試合で真星小隊が独走した結果、白馬隊、ラッキークローバーが必死になって追いかけたように、だ。
草薙小隊は、草薙真の擬似召喚魔法・七支宝刀を戦場のど真ん中に発動することで、霊級、獣級幻魔の撃破を積み重ねている。
範囲内の高密度魔素質量を自動的に攻撃する七支刀は、やはりそれ自体が高濃度の魔素の塊であり、故に幻魔を誘引するのだ。数多の幻魔の死骸を踏み越えるようにして、ガルムやフェンリル、ケットシーやカーシーといった獣級が殺到し、そのためにつぎつぎと灼き尽くされていく。
無論、その間、他の隊員たちがなにもしない理屈もない。
村雨紗耶が防型魔法で堅牢なる結界を構築しており、そこを拠点として布津吉行や羽張四郎が幻魔を攻撃、撃破数を積み上げている。
草薙真もだ。
擬似召喚魔法のみに頼るのではなく、自分自身も魔法を駆使することで、草薙小隊の点数を爆発的な勢いで増加させている。
「やはり、草薙真は頭ひとつどころか二つ三つ抜けているな」
法子が、真の戦いぶりに正直な感想を述べると、圭悟が食いついた。
「でもあいつ、対抗戦のときは幸多に負けましたよ」
「そうだな。だな、あのときよりも何倍、いや、何十倍も強くなっているようだぞ」
「そりゃあ幸多だって一緒ですよ!」
「……そうだな。きみのいうとおりだ」
法子は、圭悟と言い争いになるのを避けるようにして、微笑した。
圭吾が幸多のことを誰よりも強く評価するのはどう考えても親友が故の贔屓なのだが、彼の言も一理ある。
皆代幸多も、この半年で、あの頃とは比較にならないほどの成長を遂げている。だからこそ、若き英雄と呼ばれるほどの活躍を重ねているのであり、先の試合で最後まで生き残れたのだ。
そんなことは、わかっている。
重要なのは、草薙真が、宇佐崎小隊の猛追に対し、涼しい顔をしているということだ。
宇佐崎レオンが発動した擬似召喚魔法は、氷の城が巨人化したとでもいうべき代物であり、小隊全員を内側に取り込んだ状態で戦場を爆走していた。幻魔を踏みつけ、あるいは蹴飛ばし、または冷気の渦に巻き込んで粉砕していく様は、強烈な印象を与える。
さらに氷の巨人の内部からも隊員たちが攻型魔法を唱え、つぎつぎと幻魔を撃破し、得点を重ねている。
圧倒的大差が急速に埋まっていくのは、それだけ氷の巨人の攻撃範囲が広く、破壊力があるからだ。
『おおっと、ここでフルカラーズが千点を獲得! 妖級幻魔ヴィーヴルを撃破したようですっ!』
『妖級は、獣級とは比較にならない力を持った幻魔です。いくら新星たちとはいえ、撃破するのは簡単なことではありません』
『ですから、獣級の百倍もの撃破点が得られるんですな!』
見れば、確かにフルカラーズの四人が戦場のど真ん中へと飛び込んでおり、妖級幻魔たちを相手に大立ち回りを演じていた。
第二試合が、動く。
「ざっと、こんなものさ」
青島蓮は、妖級幻魔ヴィーヴルの死骸が遥か地面へと落下していく様を見遣り、すぐさまその場から飛び離れた。イフリートの剛腕が唸り、獰猛な火気が渦を巻く。
ともすれば皮膚が焼け焦げるのではないかというほどの熱波だが、問題はない。
蓮の得意属性は、水。
火属性の幻魔との相性は悪くはない。
むしろ、弱点を突くことができるのだから、好相性というべきだろう。
もっとも、魔法力学においては、水の弱点は火であり、故に蓮にとっても強敵ではあるのだが。
そして、ヴィーヴルの属性も火である。超高水圧の奔流でもってヴィーヴルの魔晶核を撃ち抜くことができたのは、まさに弱点属性だからだった。
幻魔は、それぞれに属性を持つ。純魔法生命体とも呼ばれるように、生まれながらにして魔法を制御し、行使する能力を持った怪物たちは、同時に、魔法力学に縛られてもいた。
つまり、属性こそ全て、ということだ。
イフリートが猛然と振り上げてきた右腕を軽々と躱すと、そこに鋭利な氷塊が突っ込んできて、巨人の脇腹に突き刺さった。
白井廻の攻型魔法・飛氷槍だ。
さらに黒木隼が補型魔法・縛雷を放てば、巨人の全身に雷光の帯が絡みつき、その動きを鈍化させた。イフリートが、怒気を増大させる。
イフリートの真っ赤な顔が、より赤く、燃え盛ったように見えた。
「大金剛壁!」
緑山涼が、蓮たちが集合した地点の前方に巨大な岩壁を構築すると、そこにイフリートの咆哮が直撃した。凶悪無比な爆発が起こり、大金剛壁の半分が削り取られた。が、小隊は無事だ。連携が完璧だからだ。
「さすがに妖級との連戦は厳しいか!」
「でも、これくらいはやれないと!」
「ああ、まったく……その通りだ」
隊員たちの奮起の声に突き動かされるようにして、蓮は、岩壁の上に乗った。イフリートが縛雷の拘束を強引に抜け出し、飛びかかってくる瞬間、彼の魔法は完成する。
「超水波斬」
真言とともに蓮の頭上に出現した水球から、さながらレーザー光線のような超高水圧の奔流が噴き出し、炎魔人の胴体を貫通する。頑強な魔晶体をだ。そのまま切り裂いていけば、さすがのイフリートも距離を取ろうとした。蓮は、逃さない。イフリートの胴体を切り裂き続け、魔晶核をも切断して見せたのだ。
巨人が、断末魔の咆哮を上げた。
「隊長!」
「さっすがっす!」
「これで二千点ですよ!」
隊員たちの喜びの声に笑顔を浮かべた蓮だったが、しかし、状況が好転しているわけではないという事実も認める。
草薙小隊は、既に六千点を超えていて、宇佐崎小隊も四千点を突破しているのだ。
二体の妖級を撃破したことで、フルカラーズも三千点に到達したのだが、しかし、だ。
(やはり、堪えるな)
超水波斬は、妖級幻魔にすらも通用する攻型魔法だが、その分、消耗も激しく、負荷も大きい。発動するために必要な時間も、ほかの魔法よりも長くなる。
魔法が強力であればあるほど、律像は複雑なものにならざるを得ない。
魔力の消耗も、威力や精度に比例する。
擬似召喚魔法など、その最たるものであるはずで、草薙真も宇佐崎レオンもそれなり以上に消耗しているはずなのだが。
二人は、戦場の真っ只中で戦い続けている。
(冗談きついな)
蓮は、同世代の中でも飛び抜けた才能の持ち主たちと予選でぶつかる羽目になった運のなさを呪いたくなったが、とはいえ、そんなことをいっている場合でもない。
まずは、目の前の敵を斃すことに集中しなければならない。
主戦場は、この妖級幻魔蠢く中心部へと移行しようとしているのだ。
「擬似召喚魔法は、おまえだけのものじゃあないんだよ!」
宇佐崎レオンが力強く叫べば、宇佐崎小隊の士気は否応なく上がった。
なんといっても、雪山王の中にいる限り、護りは万全であり、身の安全は完璧に保証されているといっても過言ではないのだ。
その上で、この破壊力だ。
氷の巨人が爆走するだけで、その足元には幻魔の死骸が山のように築き上げられていた。
宇佐崎小隊の得点が爆発的に増加しているのは、レオンの擬似召喚魔法・雪山王のおかげだ。