第千五十八話 新星乱舞(十四)
『第一試合の結果を見てわかるとおり、勝敗を決めるのは、妖級の撃破数だ』
真星小隊が新星乱舞予選史上最多得点を叩き出したのも、それが最大の要因である、と、青島蓮は告げた。
試合開始より少し前、作戦会議の場で、だ。
第二試合に出場することが決まっていたから、第一試合の途中経過を見守りながら、対策を練っていたというわけだ。
そして、導き出した結論が、それだ。
『でもそれって、かなり大変なことですよね?』
『白馬隊とラッキークローバーが無茶をした結果のようにも見えます』
『そうだ。真星小隊が雑魚狩りで大差をつけた結果だ。そしてそれは、第二試合でも起こり得る――』
幻想体と同化した意識の中で、蓮は、戦場を見ている。
戦場は、第一試合とは打って変わって巨大な盆地だ。すり鉢状に大きく陥没した地形、その外周部に三小隊が配置されており、中心部に幻魔の大軍勢が待ち受けている。
幻魔は、中心部に近づけば近づくほど等級が高くなり、外側には霊級幻魔の幽霊染みた姿が無数に浮かび、絡まり合うかのように蠢いていた。オニビ、イナダマ、ニンフ――不定形にして亡霊じみた怪物たち。意思すらも薄弱なそれらは、存在しているかどうかも不確かで、曖昧だ。故にこそ、数だけは多いのかもしれない。
そして、試合開始の合図が響き渡った直後には、それら幻魔が動き出していた。
攻撃があったからだ。
いずれかの小隊が、いや、フルカラーズを除く二小隊がほとんど同時に攻撃を仕掛けたようだ。
フルカラーズは出遅れなど気にせず、それぞれに法機を取り出すと、一斉に飛び立った。一塊に固まるように隊伍を組み、緑山涼の防型魔法を集中させ、より強固な魔法壁を張り巡らせる。
防型魔法は、効果範囲を広げれば広げるほど強度が落ちるものだ。
そしてそれは、あらゆる魔法に共通する原理である。
魔法は、想像力の具現だ。
広域に、全く同じ威力、精度の攻撃や防御を行おうとするには、それだけ強固にして精密な想像力が必要であり、超広範囲の地形を作り替えるような大規模魔法を完璧に使いこなせるのは、極めて優秀な魔法士だけである。
新星乱舞に出場している導士のいずれもが超がつくほど優秀で有能なのは、いうまでもないことだが。
だからこそ、だ。
蓮の指示通り一丸となって敵陣目前まで辿り着いたフルカラーズの四人は、霊級幻魔の一斉攻撃を受けた。オニビやニンフ、イナダマといった下位霊級幻魔にサラマンダーやウンディーネなどの上位霊級幻魔が、多種多様な魔法でもって総攻撃を仕掛けてきたのである。だが、そんなものはわかりきっていたことだ。
それに、その程度の猛攻ならば、緑山の魔法壁が凌ぎきってくれる。
蓮は、部下への信頼の強さのまま、邁進するのである。
「氷塞!」
宇佐崎レオンが真言の発声とともに構築した防型魔法は、氷属性である。
自身を中心とする広範囲に冷気を行き渡らせ、分厚い氷壁で外周を囲う。それはまさに氷の要塞であり、宇佐崎小隊へと攻め寄せ、浸透作戦を展開しようとした霊級幻魔たちを立ち所に凍結させていった。
氷の城を囲う氷壁は、当然のように内側からの攻撃は通し、外側からの攻撃に対しては鉄壁の防御力を発揮する。そしてなにより、魔法の壁であるが故に、霊級幻魔の浸透作戦も無力化できるのだ。
「気持ちわるっ」
鷹匠璃々《たかじょうりり》がいったのは、氷壁にめり込んだ状態で凍り付いた霊級幻魔の群れに対して、だ。霊級幻魔は、まさに幽霊のような存在である。実体を持たず、故にあらゆるものを擦り抜けることができる霊級は、敵地に浸透することを基本戦術とする。
圧倒的物量による浸透作戦は、場合によっては、高位の導士の命を奪うことだってありうるのだ。
とはいえ、霊級は幻魔の中でもっとも弱い存在だ。
レオンの結界に触れた瞬間、霊体を構築する魔素が凍てつき、身動きが取れなくなってしまうのも当然だったし、その状態で大量の冷気を浴び続ければ、やがて死滅する。
故に、璃々は、目の前で氷漬けになった幽霊たちよりも、その向こう側から攻撃を仕掛けてくる幻魔を狙い撃つ。
「虚空砲!」
璃々が氷の要塞の上空から放ったのは、風属性の攻型魔法だ。超長距離砲撃ともいうべきそれは、直線上の霊級幻魔を吹き飛ばし、獣級幻魔の魔晶体を抉り取った。三体のケットシーが絶命し、周囲の獣級が怒号を発する。
「璃々ちゃん、その調子!」
「まっかせなさい!」
玉手光那からの賞賛の声に力強く返事をしつつ、つぎの魔法を想像する。
その間にも、菅生秀二の攻型魔法が炸裂し、周囲の霊級幻魔を一掃した。
草薙真は、前進する。
戦場外周部から内部へ向かって飛び降りながら飛行魔法を発動させ、眼前から殺到してきた霊級幻魔の魔法群を躱し、捌き、律像を構築していく。
幻魔の魔法に対しては、村雨紗耶の防型魔法がその力を発揮していた。逆巻く強風の結界が、飛来する魔力体を次々と弾き飛ばし、あるいは受け止めている。
もちろん、攻撃も行っている。
布津吉行が降らせた岩石の雨が、大量の霊級幻魔を押し潰した。それら岩石群が実体を持たない霊級に通用したのは、当然、魔法だからだ。魔法によって生み出された岩石は、魔力体、つまり魔素の塊である。
故に、霊級の霊体にも効果覿面なのだ。
草薙小隊の補手・羽張四郎もまた、攻撃に参加している。火球を連射し、直撃の度に大きな爆発を起こさせ、霊級を蒸発させていくかのようだった。
辺り一面火の海となれば、霊級幻魔も逃げ惑うか、火属性のオニビやサラマンダーが突出してくるだけだ。
その様子を見ても、真の進軍は止まらない。ただひたすらに前進し続けるのだ。
獣級幻魔が草薙小隊を発見し、咆哮を上げた。霊級とは比較にならない威力の攻撃魔法が、雨霰と襲いかかってくる。
真は、そのときになって、ようやく律像を完成させた。
「七支宝刀」
真言を発した瞬間、真の遥か前方に火気が収束し、一本の剣が出現した。紅蓮と燃える炎の剣は、刀身が七つに分かれたいわゆる七支刀の形をしており、七つの切っ先が火を噴いた。
「出た! 隊長十八番の擬似召喚魔法!」
「そんなにはしゃぐことか?」
「いや、なんとなく」
「そんなことよりさ、いま、宝刀っていったよね?」
「ああ?」
「宝刀なら、逃げなきゃ!」
「あ……そうだな!」
真は、擬似召喚魔法を得意とする。擬似召喚魔法は、その名の通り、擬似的な召喚魔法だ。極めて高度な魔法であり、高等技術の結晶といっても過言ではない。だれもが簡単に扱える代物でもなければ、余程の魔法士でなければ使おうとも考えないようなものなのだ。
真の場合は、その暗い情熱の果てに擬似召喚魔法へと辿り着いたのであり、さらに磨き上げて、より完璧に近いものへと仕上げていた。
だが、七支宝刀は、改良版の七支霊刀とは違い、攻撃対象を選ばない。
射程範囲内に存在するもの全てを攻撃対象とし、切っ先から発射する熱光線で撃ち抜き、破壊するのだ。
故に、草薙小隊の全員が全員、素早く七支宝刀から離れた。
そうしている間にも七支刀から放たれる熱光線は、頭上に打ち上がったと思えば、地上に降り注ぎ、火の雨の如く幻魔の群れを打ち据えていく。
起こるのは、爆砕の嵐だ。
熱光線の一本一本が凄まじい破壊力を秘めているのは、制御を放棄し、威力に全てを割り振っているからだ。
霊級も獣級も立ち所に撃破殲滅されていく光景は、圧倒的というほかなかったし、草薙真の魔法士としての技量の高さたるや、輝光級に収まる器ではないことを証明しているかのようだ。
それを実感できるからこそ、紗耶たちは、真を隊長として尊敬し、仰ぎ見るのである。
地上からの爆風に煽られた真の横顔は、いつものように涼やかだ。