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第千五十七話 新星乱舞(十三)

 青島蓮あおしまれんは、小隊控え室の寝台の上で瞑目し、精神を集中させていた。

 戦いの前は、いつだってそうする。そしてあらゆる可能性を想定し、脳内に巡らせるのだ。そうすることによってどのような状況に陥っても速やかに対応できるというわけである。もちろん、想定外のことも起こり得るのだが、だからといって予め想像力を働かせておかない理由にはならない。

 実際、彼が狼狽したところを見た部下は一人としていなかった。

 故に、フルカラーズは、隊員のだれもが隊長・青島蓮に全幅の信頼を寄せているのである。

 緑山涼みどりやまりょう黒木隼くろきしゅん白井廻しろいかいも、全員が、隊長の真似をするかのようにして瞑想している。

 新星乱舞予選第二試合が、フルカラーズの出番である。

 第一試合は、蓮の予想通り、真星しんせい小隊の勝利で終わった。

『いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの真星小隊を止めるのは、我らフルカラーズを置いてほかにはいない。仮に予選で激突するのだとしても、必ず撃破して見せようではないか』

 新星乱舞への参加小隊が発表されたとき、蓮はそのうように隊員たちを激励した。

 蓮は、いつだって高みを目指している。

 それがどれだけ困難なことであっても決して諦めず、邁進まいしんし続けるからこそ、隊員たちも彼を尊敬し、目標とするのだ。

 そうして、フルカラーズは戦績を積み上げてきたのであり、新星乱舞への出場権を獲得したのだ。

『新星乱舞はだれもが出場できるものじゃない。それはもちろん、わかっているだろうが……つまりだ』

 第八軍団長・天空地明日良てんくうじあすらの威厳に満ちた態度は、いつだって変わらない。蓮の理想とする導士の姿がそこにある。

『おまえたちフルカラーズが、第八軍団の代表だということだ。が、だ。気負きおうことはねえ。やれることをやればいい。結果は、後からついてくる。なんといっても、おれも負けたしな』

 そういって呵々《かか》と笑った明日良の姿が脳裏のうりよぎり、蓮の瞑想の終了を告げた。

 目を開けば、第二試合の開始が目前に迫っていた。

「皆、準備は良いな」

 問うまでもないことだが。

 

 宇佐崎うさざきレオンは、隊員ががちがちに緊張している様子を見て、苦笑するしかなかった。

 玉手光那たまてみななどは、本部祭前夜から緊張のあまり寝付けないということで、レオンが面倒を見てやらなければならなかったほどである。

 なにせ、新星乱舞だ。

 一生に一度しか経験できない大会であるし、一度も出場できないまま導士としての役目を終えるものも少なくない。

 年に一度しか開催されなければ、出場資格が厳しいということもある。

 入団数年内の若手と呼ばれる導士だけが出場権を与えられる。

 そして、出場権を付与できるのは、各軍団長だけだ。どれだけ戦績を上げようとも、軍団長に気に入られていなければ出場権を得ることは難しい。

 もっとも、贔屓ひいきで新星乱舞の出場権を付与する軍団長など聞いたこともないのだが。

「気を楽にしろよ。予選を通過できるのは、十二小隊中、四小隊だけだ。新星乱舞に参加できたってだけで十分価値があるんだからな」

「それは……そうなんですけどぉ」

 玉手光那の困り眉が、いつになく垂れ下がっていた。

 鷹匠璃々《たかじょうりり》が玉手光那の肩を叩く。

「隊長のいう通り。新星乱舞なんて優勝しようがしまいが、導士人生に大した影響ないわ!」

「それはそれで言い過ぎだが」

「そうですかね?」

 快活かいかつ極まりない璃々の反応には、菅生秀二すごうしゅうじは閉口するばかりだ。

 宇佐崎小隊は、第三軍団に所属する。

 軍団長は、播磨陽真はりまはるま。当然、新星乱舞に出場するということは、軍団長にも目をかけられているということだ。

『将来、第三軍団を背負って立つものこそが、新星乱舞に出場するべきだ』

 とは、軍団長の意見であり、つまるところ、宇佐崎小隊にはそれだけの期待が込められているということにほからならない。

 実績もある。

 だからこそ、ここにいる。

 レオンは、拳を握り締め、前方に突き出した。

 すると、隊員たち三人も同じように拳を突き出し、レオンと重ね合わせた。

 そうすることによって、宇佐崎小隊の心は一つになる。

 いつもの儀式。

 いつもの状況。

 玉手光那は、そのことでようやく落ち着きを取り戻した。

 

 草薙真くさなぎまことにとって、この状況は、まさに夢にまで見たものといっていい。

 まず、戦団の導士に、戦闘部の一員になることが最初の夢であり、見果てぬ、叶わぬ夢だった。だが、その夢が叶ってしまうと、つぎなる夢、目標が現れた。

 それらは次々と彼の目の前に現れては叶っていった。

 戦団最高峰の導士にして星将たる第十軍団長・朱雀院火倶夜すざくいんかぐやの弟子になり、任務をこなし、輝光級三位に昇格し、小隊長となった。

 そして、新星乱舞への出場である。

『我が第十軍団からとなれば、草薙小隊を除いてほかにはないわ。だから、なにも心配しなくていいし、案ずることなんてなにもないのよ』

 軍団長にして偉大なる師たる朱雀院火倶夜は、真に出場権を手渡す際、そのように述べた。さらに、師はいった。

『仮にあなたたちを選出したことが弟子への贔屓だなんだという輩がいたら、わたしにいいなさい。わたしが全力で叩きのめしてやるわ』

 拳を握りしめ、断言した火具夜の姿は、いまも鮮明に思い出せる。

 実際にそんなことをしかねないのが、朱雀院火倶夜という人物だ。紅蓮の魔女にして、果断かだんの人。即断即決なる、戦団最高火力。彼女を敵に回して無事に済むものはいない、と、戦団内でも恐れられるほどなのだ。

 火倶夜の選択を否定するものがいるとすれば、余程の怖いもの知らずか、火倶夜より上の立場の人間くらいのものだろう。

 いや、上の立場のものだとしても、火倶夜に対して異論を述べるなど、そうあることではないのだが。

「隊長、嬉しそうっすね」

「真星小隊が勝ち上がったから?」

「それ以外考えられんだろ」

「だよねえ」

「本当、皆代みなしろ輝士のことが好きなんだから、けちゃうなあ」

 村雨紗耶むらさめさやが冗談たっぷりにいってくるものだから、真が彼女を一瞥いちべつすると、瞬時に表情を改めた。姿勢を正し、寝台の上に仰臥ぎょうがする。

 別段、真を恐れているというわけではない。

 それもまた、草薙小隊のいつもの風景だ。

 隊員たちは、真をあなどっているわけではない。むしろ、真のことを心の底から信頼してくれていて、だから軽口を叩いても構わないと思っているようなのだ。

 そしてそういう気安さが真には心地よかったし、だから彼らと小隊を続けていられるのだと確信している。

 任務中や戦闘中は真剣にやってくれるのだから、それ以外ではどれだけくだけていてもいい、というのが、いまの真の考え方だった。

 半年前までは考えられなかっただろうが。

 真は、変わった。

 自分でも実感するほどに、だ。

 やがて、室内に試合開始準備の合図が鳴った。

 真は、神経接続器を頭に被り、寝台に寝転がった。目を閉じれば、その瞬間意識が幻想空間へと転移する。

 視界が開かれるまでは、一瞬。

 幻想体に意識が定着し、神経が隅々まで行き渡るのに時間はかからない。五感を研ぎ澄ませ、感覚を確かめれば、戦場の魔素まそ濃度を実感した。

 戦場は、予選第一試合とは大きく異なる形状をしていた。

 頭上は赤々と燃えているようであり、いまにも世界が灼き尽くされそうな、そんな光景に見えた。

 終末の風景とは、このようなものなのかもしれない。

 地上は、やはり魔界だ。空白地帯の赤黒い大地が横たわっているのだが、すり鉢状になっており、外周部には急角度の傾斜があった。中心部は、平坦なのだが。

 その中心部に妖級幻魔が屯しており、外周に向かって獣級、霊級の幻魔たちが布陣している。

 草薙小隊は、南東に位置していて、宇佐崎小隊は真北、フルカラーズは南西が開始地点となっているようだ。

『それでは、新星乱舞予選第二試合、開始!』

 天空地明日花たんくうじあすかの凛とした声が響き渡れば、戦場全体が鳴動した。

 激戦が、始まる。


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