第千五十四話 新星乱舞(十)
複数種の妖級幻魔が、戦場の中心部に陣取っている。
数の上では、霊級、獣級よりも圧倒的に少ないが、戦力的には妖級のほうが遥かに凌駕していることはいうまでもあるまい。
中でも特に目立つのは、イフリートだ。その巨躯もさることながら、常に全身が赤々と燃え盛っていることも相俟って、遠目にも存在感があった。
ウェンディゴも、その巨体故に目立った。
イエティやオーガは、イフリートやウェンディゴに比べれば小さいだけだ。人間よりも余程巨大で、重量もとてつもない。サイレンなどは、高身長の人間と大差ないため、遠距離からではその存在を確認することは難しいのだが。
炎魔人、躯巨人、雪男、大鬼、歌鳥女――多様な属性の妖級幻魔たちが、まるでその出番を待っていたかのように動き出したのは、ラッキークローバーや白馬隊が接近したからだったし、攻撃したからにほかならない。
ずんぐりむっくりした雪男そのもののイエティが、雄叫びとともに猛吹雪を巻き起こして周囲一帯を氷漬けにすれば、妖艶ささえ漂わせるサイレンが飛び回りながら破滅的な歌声を響かせ、その音波によって破壊の嵐を巻き起こしていく。
防型魔法で守りを固めなければ、小隊が全滅しても不思議ではなかった。
それほどの破壊力であり、攻撃範囲だ。
予選における妖級一点狙いの困難さは、そこにある。
一体の妖級幻魔を攻撃した瞬間、他の妖級幻魔が一斉に動き出すのだ。
そうなれば、戦場は混沌に包まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図に早変わりだ。
ただでさえ大量にいる霊級、獣級も入り乱れるため、安全圏などどこにもなく、かといって攻撃に集中しなければ妖級の撃破など不可能に近く、戦闘そのものの難度が急激に上がっている。
イフリートが炎の雨を降らせ、ウェンディゴが暗黒球を放り投げ、オーガが飛びかかって鋼の拳を叩きつける。大地は割れ、大気が逆巻き、戦場全体が魔素の奔流に飲まれていく。
予選を通過する方法は、二つ。
三小隊の中で最も多く撃破点を稼ぐか、最後まで生き残るか、だ。
つまり、どれだけ点数を重ねたところで、小隊が全滅しては意味がない。
『ラッキークローバーの神爪勇人、脱落しました!』
『ウェンディゴの一撃ですね』
『おおっと、白馬隊の猪狩万由子も脱落! こちらはサイレンの攻撃を受けたようです!』
『相手は妖級幻魔ですから』
仕方がない、といわんばかりの火留多の解説が観客たちの耳に届く。。
妖級幻魔と戦うということは、つまり、そういうことなのだ。
油断していなくとも、状況次第では一瞬で撃破されかねない。
これが幻想空間だからいいものの、現実世界ならば、命を落としている可能性だってありうる。
真白は、より強固な魔法壁を全面に展開しながら、真星小隊の先陣を切っていく。幸多が切り開いた進路を真っ直ぐに突き進み、妖級幻魔の群れの真っ只中に飛び込めば、全周囲から物凄まじいまでの猛攻に遭った。
巨大な氷塊が雨霰と降り注ぐ中、超音速の歌声が飛んできて、魔法壁の全面に無数の亀裂が生じた。
「さすがに強烈だな」
「でも、持ち堪えてる」
「ったり前だろ! こちとら鬼級とだってやりあってんだよ!」
真白は、黒乃に褒められて上機嫌だ。幸多の頭上に滞空するとともに得意の防型魔法・煌城を発動し、幾重にも積み重ねて防御を強化した。
幸多はといえば、眼前から迫り来るイエティとオーガの群れ目掛けて引き金を引き続けていた。飛電改と雷電改が唸りを上げ、間断なく弾丸を発射し続ける。既に数千発どころか数万発以上の弾丸を撃っているが、なんの問題もない。
幻想空間上に再現されたデータに過ぎないのだ。
そして、弾幕を張り巡らせるのは、幻魔の接近を阻むためではない。
妖級の堅牢強固な魔晶体を少しでも傷つけ、魔晶核を露出させるためだ。
雪男たちが巨大な雪玉を作っては投げつけてくるが、それらは弾丸の雨を浴びて砕け散り、さらにイエティ自体が集中砲火に仰け反った。そこへ、
「大破壊」
黒乃の最大威力の攻型魔法が炸裂した。
暗黒の破壊の渦が、三体のイエティを飲み込み、猛威を振るった。けたたましい破壊音が鳴り響き、幻魔の断末魔が何重にも重なって聞こえれば、真星小隊に三千点が加点され、白馬隊、ラッキークローバーとの得点差が圧倒的となった。
それでもまだ、白馬隊もラッキークローバーも諦めていない。
なんとその二小隊は、真星小隊が布陣する場所に飛び込んでくると、有無を言わさず、共闘する素振りを見せたのである。
「おいおいおいおい、いくらなんでも厚かましすぎないか!?」
真白は、怒鳴り散らしつつも、それ以上はなにもいえなかった。彼らがなぜ真星小隊と合流したのかは一目瞭然だったのだ。
安全だからだ。
「ぼくは嬉しいよ」
「はあ!?」
「兄さんが評価されてさ」
黒乃が心底喜んでいるのが、真白にも真っ直ぐに伝わってくる。
真白は、そんな兄想いの弟こそが、誇らしい。
『新星乱舞予選第一回戦は、最終局面を迎え、三小隊の共闘という形になりましたが、いかがでしょうか、解説の戦闘部長!』
『妖級の群れの中ですから、真星小隊としても白馬隊やラッキークローバーに力を割いている余裕はありませんし、戦術としては悪くないでしょう』
『真星小隊の防手・九十九真白導士の防型魔法は、世代最高峰の呼び声も高く、素晴らしいものですからね』
『はい。ですので、白馬隊やラッキークローバーがその恩恵に預かろうというのもわからなくはありません』
「でもでも、なんだかとってもずっこくない?」
「まあ別に、そういう意見があってもおかしくはないでしょうし、それでもなお勝算を考えれば、ああするしかないと判断したんでしょうね」
「むー……」
不満げに頬を膨らませる珠恵の様子に、奏恵は微笑ましさすら覚えた。
幸多たちの大活躍は、予想外というほどではないにせよ、想像以上のものだったし、筆舌に尽くしがたいものがあったが、だからこそ、他の小隊もその力を利用しようと考えるのもわからないではない。
現在、得点においては真星小隊が独走状態だ。二位に白馬隊、三位にラッキークローバーが並んでいるが、この状況を打破するには、なんとしてでも妖級幻魔を複数体撃破する必要があり、そのためにこそ、真星小隊を利用しようというのだろう。
もはや残された時間はわずかばかりだ。
この状況下で真星小隊を出し抜くことができるかどうかといえば、難しいとしか思えないが。
「残り一分」
義一の一言は、他小隊への死の宣告に等しい。
真星小隊は、既に七体の妖級幻魔を撃破しており、九千点を突破していた。
白馬隊は四千点、ラッキークローバーは三千点を超えたものの、ここからそれぞれが真星小隊の得点を陵駕するには、妖級を最低でも六体以上撃破しなければならない。
もちろん、その間、真星小隊も妖級の撃破を試みるのであり、差を埋めるのは困難を極める。
だから、わかりきっていたことなのだ。
「いままで、ありがとよ」
「助かりました、真星小隊」
黒羽大吉と白馬玲那がほとんど同時に謝辞を述べたのは、その言葉を真言とするためだ。魔法を発動するための呪文、その結語に。そして、幸多に向かって大魔法をぶっ放したのだ。
極大の閃光と猛烈な突風が幸多を飲み込み、鎧套を打ち砕き、飛電改や雷電改をも吹き飛ばしていく。
真白最大の防型魔法・煌城は、光の結界を構築するという代物だ。そしてそれは、結界の外側からの攻撃に対して強力無比であり、内側からの攻撃に関しては無力だった。でなければ、結界の内から外に攻撃することも困難になる。
故に、幸多は、挟撃を受けたのであり、全身に激痛を感じていた。だが。
「少し、遅かったね」
幸多は、光の嵐が去った後、玲那と大吉の体が倒れ伏していくのを見届けた。完全に地に伏せるより早く、幻想体が消滅する。
全身が灼けるように痛かったし、立っているのも辛かったが、意識はある。万全には程遠いものの、生きている。
白馬隊、ラッキークローバーの残り二名は、隊長を失ったことに衝撃を受けたのか、もはや戦い続ける気力すら失ってしまったようだった。
「よく持ち堪えたな」
「真白のおかげだよ」
「まあな」
「ふふ」
幸多は、真白が念のために寄越してくれていた魔法盾のおかげでどうにか助かったのだ。
つまり、煌城という強力無比な結界の中で、幸多にだけ小さな魔法盾を張り付けていたというわけだ。ただし、幸多の攻撃を邪魔しないよう、最低限の代物である。
だから、痛撃を喰らう羽目になったのだが、幸多は一名をとりとめ、大吉と玲那に反撃することができた。
二本の短刀の召喚と投擲を一瞬にして行い、二人を同時に撃破して見せたというわけだ。
そして、制限時間一杯となり、勝敗は決した。
真星小隊、一万千五百五十五点の大勝利である。