第千五十三話 新星乱舞(九)
白馬隊が、霊級や獣級に目もくれず、戦場を駆け抜けていく最中、当然ながら幻魔の猛攻に曝された。
攻撃魔法による集中砲火だ。
防手の楓が思わず悲鳴を上げかけるほどの一斉攻撃だったが、しかし、敵陣を突破しなければ、妖級幻魔の元に辿り着くことなどできるはずもない。
霊級、獣級の群れが織りなす陣形の外から超遠距離攻撃を行うという手もなくはないが、妖級幻魔の確実な撃破を考えるのであれば、ありえない。
妖級幻魔を倒し、点数を稼ぐ。
そうでもしなければ、この予選を乗り越え、決勝戦に進出することができないのだ。
白馬隊は、第一軍団の代表として選ばれている。
なんとしてでも決勝戦に進出しなければ、面目が立たないという気分が、全員にあった。
『新星乱舞は、ただのお祭りだ。なにも気負う必要はないし、責任を感じる理由もない。全力で楽しむといい』
軍団長・相馬流人は、そのように激励の言葉をかけてくれたのだが、だからこそ、玲那は、その期待に応えたいのだ。
そして彼女は、その想いを部下たちと共有した。
新星乱舞の出場者に選ばれるということは、軍団長に期待されているということだ。
少なくとも、同世代の小隊の中でも飛び抜けた実力を持ち、実績があるということにほかならない。そして、だからこそ、期待を込めて、選出されている。
ならば、期待に応えよう。
そのために全力を尽くす。
予選だが、だからこそ、だ。
「あれは……」
玲那は、遥か前方でイフリートが戦闘状態に入っているのを認めた。燃え盛る炎の巨人が、咆哮とともに爆炎の渦を生み出していた。
「ラッキークローバーみたいですね」
「考えることは一緒か」
それはそうだろう、と、納得する。
こうしている間にも真星小隊の獲得点数が爆発的に膨れ上がっている。霊級、獣級を撃破しているだけだというのに、だ。
撃破速度が尋常ではないのだ。
白馬隊やラッキークローバーが同じやり方をしても、追い抜くどころか追い着くことも難しいだろう。
ならば、妖級を二体、三体と撃破して、大量得点を狙うしかない。
ラッキークローバーがそう結論づけてもなんら不思議ではなかったし、であれば、それを利用するまでのことだ。
玲那は、部下たちにそのように囁くと、ラッキークローバーがイフリートに集中攻撃を仕掛けるのを待った。
そして、ラッキークローバーの猛攻によって、イフリートが隙を見せた瞬間を見逃さず、魔法を放ったのだ。
「極光閃矢!」
玲那の手から放たれた閃光が、イフリートの露出した魔晶核へと収束し、撃ち抜く。それもこれもラッキークローバーがイフリートの注意を引きつけつつ攻撃し、隙だらけにしてくれたからにほかならない。
強固な魔晶体が損壊していたことも大きい。
幻魔の魔晶体は、魔晶核が存在する限り、無制限に近く再生し、復元する。しかも、その再生速度たるや凄まじいものがある。だが、常に攻撃を受け続ければその限りではない。
大吉の攻型魔法がイフリートの再生を阻害してくれたからこそ、玲那の最大威力の攻型魔法が魔晶体を貫通し、心臓を破壊したのである。
イフリートが断末魔を上げながら崩れ落ちていく中で、ラッキークローバーの四人がこちらを睨み付けてきた気がしたが、気にしている場合ではなかった。
「千点……!」
「真星小隊は二千点を突破してます!」
万由子からの報告に、玲那は、視線を移した。
見遣れば、真星小隊の戦場は苛烈さを増す一方だ。幾重もの津波となって押し寄せる幻魔の大軍勢に対し、皆代幸多がF型兵装でとてつもない弾幕を張り巡らせることで対応しており、九十九黒乃や伊佐那義一が獣級幻魔を中心に撃破を重ねている。
霊級は、一点。たかが一点だが、撃破数次第では大得点になりうる。
なぜ白馬隊やラッキークローバーが真星小隊と同じように戦わないのかといえば、効率が悪いからだ。
真星小隊があのような戦い方で得点を重ねられるのは、皆代幸多の戦法にある。
F型兵装による弾幕は、魔法士には持ち得ないものだ。もちろん、魔法で弾幕を張ることはできるし、大量の霊級、獣級を殲滅することも不可能ではない。ただ、非効率だからやらないだけだ。それならば、妖級幻魔を一体でも多く撃破するべきだったし、そのためにこそ力を尽くすべきだ。
「隊長!」
「わかってる!」
玲那は、楓に促されると、すぐさまその場から飛び離れた。ウェンディゴがこちらに向かってきたのだ。異形の骸骨が群がってできているかのような巨人は、どす黒い霧を撒き散らしながら、その巨体からは想像もつかないほどの速度で飛びかかってくる。すると、
「火神縛手!」
紅蓮の熱線がウェンディゴの巨体に絡みつき、地上に引きずり下ろした。
万由子の補型魔法だ。
それを見て、玲那たちは即座に一斉攻撃を開始した。
ウェンディゴの巨体から剥がれ落ちた骸骨が、さながらそれぞれが意思を持っているかのように飛び跳ね、白馬隊に向かってくるが、それらも魔法で対処する。圧倒的な集中攻撃。
ウェンディゴがどうにか立ち上がり、再び咆哮した。闇の波動が拡散し、白馬隊を魔法ごと吹き飛ばした。
『白馬隊、イフリートを撃破し、千点を獲得しました!』
『ラッキークローバーはしてやられましたね。しかし、これが新星乱舞の予選です。競走相手は、幻魔ではなく、あくまで別の小隊です。そして、白馬隊のやり方は、なにも間違っていません。実際の戦場で同じことをやったとしても、だれも白馬隊を非難することはないでしょう』
『むしろよくやったと賞賛されますね』
『はい。幻魔殲滅こそ戦団の、導士の使命です。そのために全力を尽くすというのであれば、結果的に仲間の手柄を奪うことなどままあることです』
「日常茶飯事的にね」
義流が実況と解説に合いの手を入れると、一二三が彼を見た。
「そうなんです?」
「ああ、そうだとも。本当によくあるんだよ。そして、そのことで口論になることなんてない。なんといっても、だれもが命懸けで戦っているんだ。手柄が横取りされることよりも、幻魔を一体でも多く、一瞬でも早く撃破するほうが余程大事なんだよ。導士は、自分の手柄や戦績よりも、戦団の、人類の勝利を優先するものさ」
「なるほどなあ」
二人の会話を聞いていた圭悟が静かに唸れば、真弥も紗江子も神妙な顔になった。
一般市民に過ぎない彼らには、導士の実情を知る術がない。幸多と会っても、彼から戦場の話を聞こうという気にすらならないものだ。
だから、ただ、幸多が大量の幻魔を相手に大立ち回りを演じている光景を目の当たりにすれば、彼が導士なのだと実感する。
『白馬隊、ウェンディゴを撃破! 二千四百点を突破し、一位に躍り出ました!』
実況の声が、一際高く響き渡った。
「やっぱ、雑魚ばっかり相手にしてても駄目かあ!?」
「そうでもなかったんだけど……相手が妖級狙いに絞ったからね」
真白がガルムやフェンリル、アンズーの猛攻を凌ぎながら白馬隊の得点通知に唸る横で、義一は、至極冷静に告げた。
「このまま、白馬隊が独走するってことはないとは思うんだけれど」
「ラッキークローバーと泥沼の争いになりそう?」
「そのまま共倒れしてくれりゃあな」
「そうはならないよ」
義一は、雷光の雨を降らせ、フェンリルの群れを打ちのめしていく。
「時間的な余裕がないからね」
「そりゃあそうか」
「それをいったらぼくたちだって、やばくない?」
「隊長?」
「そうだね。予選は、通過しよう」
幸多は、全周囲に張り巡らせていた弾幕を前方に集中させた。弾丸の雨霰が、霊級、獣級問わず、幻魔の群れを吹き飛ばし、妖級幻魔までの進路を開く。
妖級幻魔イエティが吹雪を巻き起こす様が、幸多の視界に飛び込んできた。
ラッキークローバーと白馬隊が、妖級撃破点を巡って激闘を繰り広げているのだ。
そこへ、突っ込む。