第千五十二話 新星乱舞(八)
破滅的とさえいえるほどの弾幕が、押し寄せる幻魔の大群を撃ち抜き、風穴を開けていく。
霊級も獣級も関係なく、加速度的に死骸を積み上げていく光景は、ただただ物凄まじいというほかない。
「これならわざわざ妖級とやり合う必要もないってわけだ!」
真白は、前方から殺到する火球や氷塊、雷撃を魔法壁でいなしながら、幸多の大活躍ぶりに興奮していた。幸多だけではない。黒乃の攻型魔法が炸裂すれば、獣級幻魔たちが消し飛んだし、義一の攻型魔法も霊級、獣級を問わず、打ちのめしている。
「霊級は一点、獣級は十点、妖級は千点だから、どうかな」
「桁、違いすぎだろ」
法機の後部に跨がったままの弟に対し冗談交じりで言い返しつつ、防型魔法の維持に集中する。一瞬でも気を抜けば、怒涛の如く押し寄せる幻魔の攻撃魔法によって破壊されかねない。
そうなれば、この作戦は終わりだ。
真白が防手として先頭に立ち、大群の攻撃をほとんど一手に引き受けているからこそ、攻手が攻撃に専念できるのだ。
「でも、それくらいじゃないと逆転できないかも」
「そうかもな」
幸多の撃破数は、増加し続けている。急激に、急速に、爆発的といってもいいくらいに。
秒間何十体という霊級が撃破されれば、獣級も数体ずつ撃滅されていくのだから、真星小隊の得点が一気に加算されていた。
『なんとなんとなんと! 真星小隊、開始二分の段階で四桁得点です!』
『霊級、獣級の撃破点だけで四桁に届かせるのは普通だとしても、素晴らしい速さです』
新星乱舞の模様を実況するのは、戦闘部副部長・二屋一郎であり、解説を務めているのは戦闘部長・朱雀院火留多である。
二人は、会場に特設された実況席に座っており、観客と同様に幻想空間上にて展開する予選第一試合を見守っていた。
真星小隊の大活躍に興奮気味の二屋一郎に対し、火留多の声は、いつも通りの穏やかさだった。戦闘部の部長である。戦闘部に所属する導士の誰かに肩入れするような真似はしたくないし、極めて公平で公正な目で、試合を見ていた。
そのまなざしの柔らかさは、火留多が朱雀院家の人間であることが信じられないといわれる所以である。
朱雀院家は、血筋として火の属性に偏りがちであるからなのか、過激な精神性の持ち主が多い。火留多の母、火流羅も苛烈さで知られる人物だったし、愛娘の火具夜は果断そのものといっていい。
だからなのか、朱雀院家の人間の中でも、特に火留多を慕うものもいる。
もちろん、戦務局長の火流羅や第十軍団長の火具夜に人気がないわけもないが。
さて、実況と解説である。
『こうなってはほかの小隊も負けていられませんね!?』
『そうですね。皆さんには、どうか悔いの残らない戦いをしてもらいたいものです。新星乱舞は年に一度。そして、参加できるのは、選ばれたごく一部の導士だけであり、一度きりなのですから』
現時点では、真星小隊の一千十五点が圧倒的であり、白馬隊は三百五十二点、ラッキークローバーは三百三十三点だった。
真星小隊を追い抜くには、打って出るしかない。
会場内外の新星乱舞の中継を見ているだれもがそう実感していた。
「もう四桁!?」
大吉が声を裏返らせるのも無理はなかった。
まだ一回戦が始まって二分が経過したばかりだった。
過去、新星乱舞でこれほどまでの速度で四桁得点を記録したことがあっただろうか。
「新記録じゃないっすか」
「感心してる場合? このままじゃ、決勝に出られないわよ」
「そうだよ! 大変!」
などと言い合いながらも、ラッキークローバーの四人は、周囲の幻魔を蹴散らしていく。
大吉が巻き起こした嵐が大量の霊級を消滅させ、獣級の巨躯を打ち上げれば、勇人の放った光の矢が無防備な獣級の魔晶核を撃ち抜いていく。
愛結が岩の盾を四人に付与することで防御面での不安を消し去り、風夏が四人の魔力練成効率を向上させることにより、全体的な戦闘力を底上げする。
いつもの連携、普段通りの戦術。
実に基本に忠実な戦い方だ。
だが、それでは真星小隊との点差は開く一方だろう。
「こうなったら、妖級を倒すしかないな!?」
「ええっ!?」
「冗談でしょ!?」
「冗談なもんか! やるしかねえよ! 千点だぞ、千点! 妖級を二体、三体倒せば、おれらの勝ちだ!」
「それは、そうかもしれないけど……」
言うは易しとはまさにこのことだ、と、風夏は思ったものの、しかし、ほかに方法はないということも理解していた。
周囲の霊級や獣級を一掃したところで、そのころには真星小隊の点数はさらに膨れ上がっているに違いない。追い抜くどころか、追い付くことすらできまい。
大吉は、遥か前方に視線を定めた。
崩壊寸前の大地に蠢く幻魔の大群、その奥地に妖級幻魔イフリートの巨躯が赤々と燃え盛っていた。全長五メートル超の巨体に充ち満ちた魔素質量は、霊級、獣級とは比較にならない。全身から発する火気だけで、大気が燃え上がり、周囲の風景が歪んで見えるほどだった。
だが、過去、何度となく戦い、撃破してきたという事実がある。
ならば、なにも恐れる必要はないはずだ。
「これまでだって倒してきたんだ。おれは、皆を信じる!」
「隊長!」
「隊長っ!」
「まあ……ほかに方法もないしね」
勇人と愛結が大吉の宣言に瞳を煌めかせるのはいつものことであり、大吉が法機をかっ飛ばして戦場の中心部へと飛翔すれば、二人も追随した。もちろん、風夏もついていくしかない。
幻魔の大群の頭上を飛び越えていけば、当然、四方八方から集中砲火を浴びる。その際、奮起しなければならないのは、防手だ。
風夏は、愛結がさらに強力な魔法壁を張り巡らせるのを、補手として協力しつつ、イフリートがこちらを認識したのを認めた。
紅蓮の炎が巨人の形をしたかのような怪物が咆哮を発すると、爆炎がラッキークローバーを飲み込んだ。幸い、全周囲に展開した魔法壁のおかげで難を逃れたものの、物凄まじい熱気に息苦しくなる。
爆炎の渦を脱すれば、眼前にイフリートの巨体が塔のように聳え立っていた。瞬間、大吉と勇人が真言を発する。
「黒風大回転!」
「烈光大破斬!」
漆黒の竜巻が地上からせり上がるようにしてイフリートの巨躯を飲み込んでいく中で、勇人の掲げた両腕から放たれた巨大な光刃が、巨人の胴体に直撃する。イフリートが大きく仰け反り、竜巻が全身を切り刻んでいく。
「まだだ! まだまだぶち込んでやれ!」
「了解!」
勢いに乗って、立て続けに攻型魔法を叩き込もうとしたときだった。
一条の閃光が、イフリートの魔晶核を貫いたのだ。怒りに満ちた断末魔が上がる中、千点が追加されたのは、白馬隊。
「はあっ!?」
「なっ!?」
「酷っ!?」
「まあ……最悪よね」
ラッキークローバーの四人は、イフリートの巨体が崩れ落ちるのを見届けるまでもなく、その場から飛び離れた。
別の妖級幻魔たちが、ラッキークローバーに猛攻を仕掛けてきたからだ。
ウェンディゴの雄叫びとともに放たれた魔法は、どす黒い闇の波動であり、大吉たちがその射程範囲外に逃れたころには、ウェンディゴに攻撃が集中していた。
白馬隊だろう。
大吉は、怒り心頭といった表情で白馬隊を探そうとして、止めた。
そんなことをしている場合ではない。
白馬玲那は、霊級や獣級を狩っているだけでは真星小隊に追いつけないことを理解し、故に妖級幻魔討伐にこそ全力を尽くす必要性があると認識していた。
試合開始から二分少々。
昨年までの新星乱舞では考えられないほどの展開の速さだ。
だが、真星小隊が稼いだ点数を追い抜かなければ、白馬隊に未来はない。
妖級の撃破。
一方で、白馬隊の実力でそれが可能なのかと冷静に考えもする。
白馬隊の過去の実績として、妖級幻魔を討伐したことがないわけではない。
しかし、それにはほかの要因が絡んでいて、白馬隊だけの実力でどうにかできたかといえば、難しい話だった。
あれから今日まで猛特訓をして、隊全体の実力を底上げしているとはいえ、自信はない。
その点、真星小隊は、自信満々に敵陣の中を突っ切り、霊級、獣級を蹂躙しているようである。さすがとしか言い様がない。
実戦経験でいえば、白馬隊も負けてはいないはずなのだ。いや、玲那に限っていえば、真星小隊のだれよりも長く導士としての職務に邁進してきた。経験だけならば負けるはずがない。
しかし、だ。
真星小隊は、龍宮戦役や西方境界防壁防衛戦において、勝利の立役者となるほどのを活躍をしている。
その経験値の差は、埋めがたいものがあるのではないか。
この新星乱舞の大舞台でも一切緊張していないのは、それこそ、真星小隊が今日まで積み上げてきた経験の為せるものに違いない。
そして、圧倒的な撃破数。
「狙いを妖級に絞りましょう」
玲那が部下たちに作戦を伝えれば、否やはなかった。
皆、理解しているのだ。
この点数差を覆すには、逆転要素である妖級幻魔の撃破にかけるしかない。