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第千五十一話 新星乱舞(七)

 戦闘開始の合図とともに戦場を満たしたのは、数え切れないほどの幻魔げんまの群れだ。

 霊級れいきゅう獣級じゅうきゅう妖級ようきゅう、それらが大量の幻魔が一斉に戦場に出現し、遥か前方からこちらに向かって津波の如く押し寄せてきている。

 そう、津波だ。

 どす黒く、禍々《まがまが》しい、滅びの奔流ほんりゅう

 荒れ果てた魔界の大地を飲み込み、打ち砕き、混沌こんとんへとかえしていくかのような勢いで肉迫する幻魔の大軍勢。

 だが、実戦のそれとは迫力が違う。

「なんか、緊張感がないね」

 幸多こうたが思ったままのことを素直につぶやけば、義一ぎいち真白ましろと顔を見合わせた。真白が幸多の後頭部を小突こづく。幸多の頭部を覆う魔法合金製の装甲が、乾いた音を立てた。

「気を抜くなよ、隊長。ようやく幻想体げんそうたいを維持できるようになったばかりなんだからな」

「わかってるってば。ただ、実戦とは違うなってだけで」

「そうだね……全然、違う」

 黒乃くろのは、幸多のいいたいことが理解できるから、静かに頷いた。確かに、実戦とは違う。ただよう空気感も、この意識を包み込むような感覚も、なにもかもが違うのだ。

 これが現実世界で行われる戦闘ならば、取り返しのつかないことが数多とある。

 しかし、この幻想空間上ならば、幻想体が相手ならば、なにをしたって問題ない。

 たとえ肉体が徹底的に破壊され尽くし、消滅し尽くしたのだとしても、だ。

 だから、現実ほどの緊張を覚えないのだとしても、致し方のないことなのだろうが。

「でも、ぼくは実戦のつもりで挑むよ」

「おう、黒乃。その意気だぜ」

「うん……!」

 黒乃が力強く告げれば、幸多は、義一と目線を交わし、うなずき合った。

 義一が法機ほうきを呼び寄せて飛び乗ると、真白もまた、長城型法機・流星りゅうせいを召喚していた。黒乃と二人乗りになって、空に舞い上がる。簡易魔法の発動は、一瞬だ。

 一人地上に残された幸多は、鎧套がいとう銃王弐式じゅうおうにしきを呼び出し、闘衣とういの上から装着した。体が一回り大きくなったような感覚。神経接続が、鎧套と意識を同期させ、直感的な動作を可能とする。

 脚部に全地形適応型滑走機構ぜんちけいてきおうかっそうきこう縮地改しゅくちかいを装備し、展開、それと同時に駆け出せば、あっという間に主戦場を視界に捉えた。

 真っ黒な津波の中に瞬くのは、無数の赤い光。幻魔の眼光である。

 さらに幸多は、多目的機構腕たもくてききこうわん千手せんじゅを呼び出し、銃王弐式に背負うように装着させた。重量は増加するものの、同時に取り扱うことのできる武器が増えるため、今回のような戦場では必須級の装備だ。

 縮地改や千手のような装備は、戦術拡張機構という。

 まさしく、鎧套の戦術を拡張するための機構だ。

「戦術は?」

「普段通りに!」

「りょーかい!」

 頭上からの真白の返事は、いつになく明るく、軽妙だった。新星乱舞しんせいらんぶという大舞台でも気負きおっている様子がない。

 防手ぼうしゅとして真星しんせい小隊の先陣を切って飛んでいった真白の前方に、物凄まじい弾幕が張り巡らされた。幻魔側の猛攻だ。しかし、真白たちが撃墜された様子はない。

 当然だ。

 真白は、敵の攻撃を引きつけるためにこそ、最前線に飛び込んだのだ。そして、その目論見通り、敵が反応した。霊級、獣級幻魔が真白に集中砲火を浴びせるようにして、一斉に魔法攻撃を行ったのである。

 真白は、既に強固な魔法壁を展開していた。分厚くも頑強な魔法壁は、多重の防御障壁であり、さながら城塞のようですらあった。

 生半可な攻撃魔法では傷つけることも困難な魔法壁は、たとえ多少傷つけられたとしても、瞬く間に復元してしまった。

 それが真白の魔法技量なのだ。

 そして、そんな真白の後方から攻撃するのが、幸多たち攻手こうしゅの役割である。

 義一は補手ほしゅとして小隊全体を見渡す場所に位置取り、必要に応じて様々な魔法を用いる手筈になっている。攻撃に回ることもあれば、防御に回ることもあり、治療に回ることもあるのが、補手なのだ。

 補手とは、小隊の補助役であり、支援係だ。万能手とも呼ばれることもある、極めて重要な立場だ。

余程魔法技量が高くなければ、全ての型の魔法を使いこなすことは難しい。

 真星小隊で義一が補手を務めるのは、やはり、それだけ優れた魔法技量の持ち主だからにほかならない。

火絶旋剣ブレイズソード!」

 黒乃が、燃え盛る紅蓮の大剣でもって霊級の群れを薙ぎ払れば、幸多はその真っ只中に突撃していた。両腕に二十二式突撃銃にじゅうにしきとつげきじゅう飛電改ひでんかいを抱え込み、千手には二十二式機関銃にじゅうにしききかんじゅう雷電改らいでんかいを二丁、武装させている。

 ここは、幻想空間。

 弾丸を惜しむ必要はない。

 幸多は、視界に収まる無数の霊級に向けて、両手の引き金を引いた。乾いた発砲音とともに閃光が瞬く。連続的に。破壊的に。

 霊級幻魔は、実体を持たないという一点に強みがあるといっても過言ではない。だが、魔法士を相手にした場合、そんなものは強みなどと呼べる代物ではなく、幸多のような通常兵器しか持たない相手にのみ、極めて凶悪に作用した。

 だが、幸多は、F型兵装(エフがたへいそう)は、いまやその弱点を克服したといっても良かった。

 いままさに連射したのは、先の大戦においてクニツイクサが用いた魔素硬化弾まそこうかだんである。

 霊級幻魔が物質を擦り抜ける特性を持つのは、魔晶体という実体を持たず、霊体として存在しているからだが、魔素硬化弾は、霊級幻魔の霊体を構成する魔素を凝縮、硬化させ、仮初めの肉体を与えるという代物なのだ。

 超周波振動技術の応用であり、この発明によって、窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくは次なる段階へと入った――とは、イリアの言葉だ。

 窮極幻想計画の最終目標は、竜級りゅうきゅう幻魔をも討滅とうめつする通常兵器の開発なのだ。 

 霊級幻魔程度に手間取っている暇は、ない。

 魔素硬化弾が炸裂すると、霊級幻魔たちの動きが鈍くなった。

 それはそうだろう。

 それまであらゆる物理法則を無視して移動することができていたはずの怪物たちは、仮初めの実体を得たことで、その瞬間、物理法則に囚われる羽目になったのだ。

 それは霊級幻魔を無力化するに等しく、そこに雷電改が間断なく連射する通常弾が直撃すれば、粉微塵に吹き飛んでいくしかない。

 あっという間に数百体の霊級が消し飛ぶと、紅蓮の猛火が降ってきたかと思えば、無数の稲妻が幸多を狙い撃ちしてきた。

 透かさず後退すると、獣級幻魔ガルムとアンズーがその巨躯きょくを見せつけるようにしてきた。


「幸多の奴、圧倒的だな……知ってたけどさ」

 圭悟けいごが口をあんぐりと開ける横で、真弥まや紗江子さえこも頷くしかなかった。

 幻想空間上に展開する戦場に迷い込んだかのような感覚が、観客たちの中にあった。座席の神経接続器のおかげで臨場感たっぷりなのだが、それにしたってなにもかも迫力がありすぎるのだ。

 洪水の如く押し寄せてくる幻魔の群れも大迫力だったし、それに対抗する導士たちの戦いぶりにも圧倒されるしかない。

 どこを見ても戦場である。

 無数の霊級幻魔がうごめき、数多の獣級幻魔が咆哮ほうこうし、大量の魔法が咲き乱れている。

 まさに魔法合戦だ。

 そんな中にあってただ一人、魔法を使わずに幻魔を討伐し続けているのが、幸多だ。

「小さなクニツイクサみたいなものだもんね」

「クニツイクサどころじゃねえだろ」

「それは、そうなんだけど」

 らんは、圭悟の興奮ぶりに苦笑した。蘭も昂揚感たっぷりに感じ入っているのだが、圭悟の場合は、幸多の活躍がなによりも嬉しそうなのだ。そこに水を差す理由はなかったし、蘭自身、幸多が幻魔の群れを薙ぎ倒す光景には感動すら禁じ得ない。

 幸多率いる真星小隊の活躍は、蘭たちもよく知ることだ。

 龍宮戦役りゅうぐうせんえきにせよ、オロバス軍迎撃戦にせよ、真星小隊の活躍があればこその大勝利だということは、連日連夜の報道で、いまや知らないものがいないくらいなのだ。

 破殻星章はかくせいしょうなる勲章は、真星小隊を表彰するためだけに作られたといってもいいのだという。

 若き英雄と呼ぶに相応しいというものも少なくなかったし、事実、そうなのだろう。

 圭悟たちは、そんな幸多の戦いぶりを実際に目の当たりにして、その事実を噛みしめるのだ。

 幸多とは、生きている世界が違う。

「F型兵装は、幸多にしか使えないわけじゃないんですよね?」

「ああ。魔法不能者が幻魔を倒すための兵器だからね。もちろん、魔法士でも使える。でも、意味がないだろう。使用方法の限られた兵器よりも、魔法のほうが余程柔軟性があるからね」

「それは……そうか」

「まさか、幸多くんに憧れて、F型兵装を使いたいなんていわないでくれよ」

「そんなこと、思ってるわけないじゃないですか」

 一二三ひふみは、冗談交じりの義流ぎりゅうに対して強く否定した。

 魔法士としての素養を持つ自分が魔法不能者専用の兵器群を用いようというのは、幸多への侮辱ぶじょくになりかねない。


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