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第千五十話 新星乱舞(六)

 視界を埋め尽くすのは、大量の幻魔だ。

 最下級にして実体を持たざる霊級れいきゅう幻魔がもっとも多く、つぎに獣級じゅうきゅうが大群を成している。幻魔の群れの後方、つまり戦場中心部に出現した妖級ようきゅうの数は、他の等級よりもかなり少なく、いかに上手く妖級を撃破できるかに勝敗がかかっているといっても過言ではない。

「霊級は一点だからな。無駄に攻撃する必要はないぜ」

「そうだね。せめて獣級以上を狙おう」

「できれば妖級を独占したいけど」

「冗談でしょう?」

 広尾風夏ひろおふうか愕然がくぜんとしたのは、自分たちの力量りきりょうを顧みない隊員たちの発言に対して、だ。

 彼女が所属するのは、第四軍団のラッキークローバーだ。

 その小隊名の由来は、小隊長である黒羽大吉くろばだいきちの名前にある。大吉がラッキー、黒羽がクローバー、故にラッキークローバーなのだそうだ。

 そんな小隊名の由来などどうでもいいのだが、しかし、この小隊が幸運に導かれてここにいることは疑いようのない事実であり、言霊ことだまがまさにその大いなる力を発揮したに違いない、と、風夏などは思うのだ。

 黒羽大吉が、野放図なまでの楽観主義者だからなのか、隊員の神爪勇人かづめはやとも、砂嘴愛結さしあゆも、同じく楽観的に過ぎるきらいがあった。

 小隊の気風は、隊長の気質によって大きく変わるものだ。

 故に、ラッキークローバーが幸福感に満ちた能天気な小隊だという外からの評価も否定しがたいものがある。

 風夏だけが、そんな三人に歯止めをかけられる。

 もし風夏の立場として別の導士が入っていれば、ラッキークローバーは立ち行かなかったのではないかと思えるほどだ。

 それほどまでに風夏の立場と責任は、重い、

「まずは一点でも多く取ることを考えましょう。妖級は、狙わない。確かに点数は多いわ。でも、そのために戦力を失う可能性を考えれば、あまり得策とはいえないでしょう」

「ふうううううむ……どうだ?」

「まあ、風夏のいうことはもっともだとは思う。おれとしては隊長案が最高なんだが」

「まあ、でも、確かに戦力的に考えれば、まずは目の前の敵をたおすことに集中したほうがいいかも?」

「それも、そうだな! よし、決まったぞ、目の前の敵を集中攻撃だ!」

 大吉が号令をかければ、隊員たちが大きく頷き、風夏は、少しばかり安堵した。さすがは楽観主義者である。一度方針が決まれば、それに向かって邁進するのがラッキークローバーのいいところではあった。

 前方広範囲に渡って、大量の幻魔が出現している。

 荒れ果てた魔界の大地は、起伏が激しく、高低差が凄まじい。前方に向かってなだらかな斜面があるかと思えば、急勾配が待ち受けており、さらにその先には断崖が立ちはだかっている。そしてそんな異形の大地のそこかしこに幻魔がうごいていて、導士たちの到来を今か今かと待ち受けているに違いなかった。

 過去の新星乱舞しんせいらんぶ予選と同じく、妖級幻魔は、幻魔軍団の最奥部に待ち構えていて、限りなく近づくでもなければ攻撃してくることはあるまい。

 また、それ故に、妖級だけを狙って撃破し、高得点を掻っ攫ういう戦法は、極めて困難だ。どうしたところで霊級、獣級幻魔の大軍団に立ちはだかられるし、一斉攻撃を受ける羽目になる。

 そもそも、妖級を撃破することそのものが簡単なことではない。

 小隊が力を合わせてようやく撃破できるかどうかといったところだったし、だからこそ、風夏は、隊長たちの暴走をなんとしても引き留めなければならなかった。

 戦闘開始の合図は、あった。

 既に各所で戦闘が始まっていてもおかしくなかったし、実際、魔法の炸裂音が遥か遠方から聞こえてきていた。

 予選で勝敗を競うのは、三小隊だ。

 三小隊は、それぞれ遠く離れた場所に転送されており、制限時間内に交戦する可能性は限りなく低くなっている。

 よって、他小隊を撃破し尽くして勝利をもぎ取るのは、簡単なことではないのだ。

 過去、その戦法で勝利した小隊は、数えるほどしかいない。

 故に、目の前の幻魔の撃破に専念するべきだったし、そのために法機ほうきを取り出した大吉にほうきい、風夏も法機にまたがった。法機に登録した簡易魔法を発動し、広大な魔界の空へと飛び立つ。

 すると、大吉が、法機の上に仁王立ちになると、両腕を掲げて見せた。周囲に律像りつぞうが展開し、複雑な魔法の設計図が組み上がっていく。完成まで、さほどの時間もかからない。

 ラッキークローバーが新星乱舞に出場できたのは、幸運だからではないのだ。

 大吉の魔法技量は、風夏たちとは比較にならないほどに素晴らしい。

七天爆倒スリーセブン!」

 英数字の七が三つ、大吉の頭上に浮かび上がったかと思うと、閃光を放ち、遥か前方へと飛んでいった。霊級幻魔の群れの只中へと到達すると、巨大にして眩いばかりの、しかしどうにも非現実的な爆発の連鎖が巻き起こる。無数の霊級幻魔が、断末魔さえあげることなく消滅していく。

「さっすが隊長!」

「すっごーい!」

 勇人と愛結が大興奮する中で、風夏は、ラッキークローバーに大量得点が加算されるのを認めた。

 だが、こんなものでは足りないだろうということも、理解している。

 相手は、真星しんせい小隊だ。

 あの、真星小隊なのだ。

『うちからはあなたたちを出すことにしたわ、新星乱舞』

『はい?』

 風夏の脳裏のうりを過ったのは、第四軍団長・八幡瑞葉やはたみずはとの会話である。

 八幡瑞葉は、風夏の師匠であり、故に暇さえあれば側にいて、話し相手になることが多かった。瑞葉は、苦労性の苦労人なのだ。そんな師匠を側で支えてやりたいと弟子が考えるのは、思い上がりもはなはだしいということもわかりきっているのだが。

 それでも、風夏は、瑞葉にできる限りのことをしてあげたかったし、それが師への恩返しになると信じていた。

 そんなことをいえば、瑞葉は苦笑するだろうが。

 恩返しをするのであれば、まずは腕を磨くことだ、と。

『ラッキークローバーの最近の活躍を考えれば、当然の結論だと思うのだけれど、あなたはそうは思わないみたいね?』

『……ええと、その……まあ、なんといいますか』

『歯切れが悪いわ。あなたらしくもない』

 瑞葉は、そんな風夏が愛おしくて堪らなかったのだが、風夏には、師の内心よりも自分たちに与えられるかもしれない大役に頭を抱えたくなっていた。

 ラッキークローバーは、確かに活躍していた。

 第四軍団の若手小隊の中では、群を抜くほどの戦果を挙げていたし、それだけの実力はあったのだ。

 しかし、と、風夏は思わざるを得ない。

 おそらく選出されるであろう他軍団の小隊と比肩しうるものなのか、どうか。

(やってみなければわからない、か)

 風夏は、大吉に続いて、勇人の放った光線が霊級幻魔を薙ぎ払う様を見遣り、こちらに飛来した無数の魔法弾が岩塊の盾によって防がれる光景を目撃する。

 愛結の魔法壁だ。


 白馬隊はくばたいの開始地点は、戦場の北東に位置していた。

 戦場の三方に各小隊の開始地点が設定されており、仮に敵小隊と交戦するとしても、戦場中心部に至った場合のみだということは、例年通りだ。

『制限時間は十分。この十分をどう使うかに全てがかかっているわ』

 開始前、白馬玲那(れいな)は、隊員たちと綿密めんみつな作戦会議をしている。

『敵小隊を狙うのは、なし。ありえない。得点にもならない以上、ただの時間の無駄だもの。仮に撃破できたとして、そのためにこちらの戦力を失う可能性を考えれば、全くの無意味よ』

『やはり、幻魔の殲滅せんめつが全て、ですね?』

『ええ。そして、狙うのであれば、獣級以上がいいわ。霊級なんてたった一点よ。確かに大量にいるけれど、そんなものを倒して回るより、獣級の十点を重ねた方がいい。まあ、獣級を攻撃するついでに霊級を撃破できるのが一番ね』

『妖級は?』

『倒せればそれに越したことはないわ。でも、倒せるかしらね?』

『白馬隊が全力を合わせれば、きっと……』

『できなくはない、か――』

 玲那は、法機に跨がり、眼下に蠢く幻魔の群れを見下ろしていた。

 オニビ、イナダマ、ニンフ、バンシー――大量の霊級が怒濤の如く押し寄せてきていて、その後方から獣級の大群が迫ってきている。妖級は、さらに遥か後方に陣取り、動く気配を見せない。

 倒すべきは、獣級。

(とはいえ……)

 いまや目と鼻の先にまで肉迫した霊級の大集団を目の当たりにすれば、放置するわけにはいかないのが現実である。

星天落スターフォール

 玲那が真言しんごんを発すれば、幻魔の群れの頭上に無数の光点が輝き、それらが驟雨しゅううの如く降り注いだ。火の玉や水の塊のような幻魔たちが、光の雨に撃ち貫かれ、つぎつぎと消滅していく。

 霊級は、雑兵ぞうひょうに過ぎない。

 が、放っておけば、痛手を喰らいかねない程度の存在でもあるのだ。

 故に、やはり蹴散らしておく必要があった。 


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