第千四十八話 新星乱舞(四)
阿弥陀真弥は、自他共に認めるごく普通の一般市民だ。
だれがなんといおうとも、ありふれた、どこにでもいる、ただの高校生に過ぎなかった。
ごくごく普通の家庭に生まれ育ち、ごくごく普通の生活を送り、小学校、中学校ともに極めて一般的な日々を過ごしたに違いない。
両親ともに天燎財団の関連企業で働いていたとはいえ、それそのものは一般的な職種に過ぎない。
友人には、恵まれた。
幼馴染みの圭悟と、紗江子、蘭のおかげで、退屈するということがなかった。
四人でいれば、暇を潰す必要もなかったくらいだ。
いつだってなにかが起きたし、なにもなくても問題ないと思えた。
それくらい充実した一般市民の日常を謳歌できていたのだ。
中学卒業後は、天燎高校に進学し、そのまま天燎財団の関連企業に就職するという未来が明確に見えてきたものの、だからといって不満があるわけではなかったし、ごくごく普通の、ありふれた一般市民の人生としても悪くないものだと確信していた。
そんなとき、彼が現れた。
皆代幸多。
ただの魔法不能者どころではなく、完全無能者という特異中の特異ともいうべき彼が、戦団の戦闘部に入ることを目標に掲げていることを知った真弥は、並々ならぬ衝撃を受けたものだ。
現代社会は、魔法社会だ。
魔法を使えてようやく人間扱いされるような理不尽極まりない社会構造は、魔法が誕生し、普及してしまった以上、だれにも覆しようがなかった。
魔法が、社会の根幹に深く組み込まれているのだ。
そんな世界にありながら、魔法の恩恵もほとんど受けられない彼が、どうして戦闘部に入りたいなどと思うのか。
理由を知れば、納得もしたが、同時に疑問も膨れ上がる。
幻魔への復讐心に駆り立てられて導士になるものは、決して少なくない。それこそが導士たちの原動力といっても過言ではないほどなのだ。
だから、幸多が父の敵を討ちたいという純粋な想いに突き動かされるのは、別段、悪いことではないはずだ。
だが、魔法が使えないのであれば、魔法の恩恵を受けることすら難しいというのであれば、戦団に任せるべきではないか。
一般市民である真弥は、そう思ってしまう。
幻魔との戦いなどという難しいことは、全部、戦団に任せてしまえばいい。
それは間違いではないし、むしろ、市民として正しい考え方のはずだった。
けれども、幸多の考えを否定することもしなかった。
幸多は、常に真っ直ぐだった。なにかにぶつかっても決して道を譲らず、ただひたすらに突き進み続けようとする彼の姿は、ただの一般市民には眩しすぎて、ときに直視できなくなるほどだった。
対抗戦決勝大会での彼の活躍は、いまも鮮明に覚えているし、網膜に焼き付いていた。
圭悟が彼を親友と称し、彼とともにあるときにだけ柔らかな笑顔を見せるのは、それだけ心を開いた証だろうし、それほどまでに心を突き動かされた相手だからだろう。
圭悟だけではない。
蘭も、紗江子も、そして真弥も、幸多と一緒にいると、それだけで幸福な気分になれた。
彼の存在が、真弥たち一般市民に与えた影響は計り知れないのだ。
そんな幸多と激闘を繰り広げたのが金田姉妹であり、彼女たちの人気が最近うなぎ登りだという話は、耳に入ってきている。
銀星小隊の要として大活躍しているからだ。
だが、そんな金田姉妹の人気を吹き飛ばすほどの歓声と拍手が湧き上がったのは、幻板に第七軍団の団章が表示されたからだ。
黒地に銀の月という紋章は、伊佐那美由理の象徴でもある。
「続いて、第七軍団は皆代幸多率いる、真星小隊!」
画面上に、皆代幸多、伊佐那義一、九十九真白、九十九黒乃の四人が映し出されると、会場中からいままでにないくらいの反響があった。
「おおっ!?」
「なに驚いてんのよ?」
「いや、だって、なあ……?」
圭悟が驚きを隠せないといった様子を見せるのが珍しく、真弥は、彼の顔を見つめた。
真星小隊の人気が過熱気味なのは、圭悟も当然のように知っていたし、理解していた。しかし、実際にこの凄まじいまでの熱量でもって観客たちが反応する様を目の当たりにすれば、感動もひとしおなのだ。
対抗戦部を立ち上げたときの周囲の視線は、いまでも鮮明に思い出すことができる。
いまでは幸多の熱烈なファンばかりの天燎高校だが、今年の四月の段階では、だれもが魔法不能者が対抗戦に出ようと息巻いている様を見て、冷ややかな態度を取っていたものだった。
そうした反応の数々を不能者差別というのは考えすぎだが、周囲の学生たちが幸多の能力を正しく評価していなかったのは、彼が魔法不能者だったからだというのは、間違いない。
幸多は、そんな周囲の評価を見事覆したのであり、だからこそ、圭吾たちにとっても感慨深いのだ。
「皆代くん、大活躍ですもの。人気になるのは、当然の結果ですわ」
「そうだよね、本当に……凄いよ」
「うむ。やはりわたしの目に狂いはなかったな」
「法子ちゃんの目は確かだけれど、幸多くんの人気は、幸多くん自身の努力があってこそのものよ?」
「わかっている。みなまでいうな」
「それなら、いいのだけれど」
「うむ」
「まあ、なんだ。あのときゃ、あの程度で済んで良かったよな、本当」
「ああ……まったくだ」
前列の天燎高校の生徒たちがなにやら話し込んでいる声を聞き流しながら、一二三もまた、会場の熱気を感じ取っていた。真星小隊の紹介映像が流れているだけで、会場全体の温度が急激に上昇したのではないかと思えたほどである。
「真星小隊の人気、凄いな」
「広報部一押しの小隊なんだよ、真星小隊」
「皆代小隊じゃなく?」
「皆代小隊は、推すまでもないってことさ」
「なるほど」
義流の簡潔な説明に大いに納得しつつも、真星小隊ももはや広報部が推すまでもないのではないか、と、思ったりもする。
実績だけでいえば、真星小隊はとんでもないものがあるのだから。
つぎに、白地に緑の渦巻きという第八軍団の団章が表示された。
「第八軍団からは、青島蓮のフルカラーズ!」
青島連、緑山涼、黒木隼、白井廻の四人が紹介されると、真星小隊との反応の落差があまりにも大きすぎて、一二三はなんだか気の毒になってしまった。
軍団に割り振れられた番号順に紹介しているのだから、こればかりはどうしようもないのだが。
そして、第九軍団である。
団章は、白地に麒麟の杖というものであり、画面上にそれが表示された瞬間、真星小隊以上の反応が会場を埋め尽くした。
「第九軍団からは、皆代統魔率いる皆代小隊!」
皆代統魔、上庄字、六甲枝連、新野辺香織、高御座剣、本荘ルナの六人が紹介され、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
まるで天地が震撼したかのような反応は、さすがは超新星と謳われる皆代統魔の小隊だと認めざるを得ない。
続いては、第十軍団だ。団章は、白地に朱雀。まさしく朱雀院火倶夜の象徴である。
「第十軍団は、草薙真率いる草薙小隊!」
草薙真、羽張四郎、布津吉行、村雨紗耶の四人が表示されれば、圭悟たちは、不思議な感覚に包まれた。
「あの草薙真が新星乱舞に出場するだなんて、半年前のおれにいっても信じないんじゃねえかな。あの草薙真がだぜ? いまでも冗談なんじゃないかって思っちまうな」
「皆代くんもいってたけど、彼、心を入れ替えたんでしょ? あのころの自分については随分反省してたっていう話だし」
「幸多のいうことだからなあ」
「なによ、一番信用できるじゃない」
「それはそうなんだが……」
なんとも歯切れの悪い圭悟の様子に、真弥は、紗江子と顔を見合わせた。そして、二人同時に圭悟の顔を覗き込む。
「もしかして、嫉妬?」
「は? なんでだよ!?」
予期せぬ角度から殴りつけられたような感覚に襲われて、圭悟は大きく仰け反った。
真弥と紗江子は、その反応をこそ図星と受け取ると、二人して笑い合った。
「そうよねえ、皆代くん、草薙くんと仲いいって話だもんねえ」
「戦団でも数少ない親友だそうですし」
「だからなんなんだよ! それとこれとは関係ねえだろ!」
などと、圭悟たちが盛り上がっている間にも、小隊の紹介は続いていく。
第十一軍団の団章である黒地に青い獅子が画面上に表示されると、天空地明日花の声が響き渡る。
「第十一軍団は、竜胆龍哉率いる竜胆小隊!」
竜胆龍哉、桜井真人、椿章助、菖蒲坂隆司の四人が紹介されると、またしても圭悟たちは対抗戦の想い出を振り返った。
そして、第十二軍団の団章、白地に黄金の太陽が画面一杯に表示された。
「第十二軍団は、加納陸の加納小隊!」
最後に紹介されたのは、加納陸、磯部海司、垂水空也、多聞天の四人小隊である。
これにより、今年の新星乱舞に参加する全十二小隊が出揃い、会場の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
後は、開戦の合図を待つばかりといわんばかりに。