第千四十七話 新星乱舞(三)
会場の天井から降ってきた流星は、舞台の中心に激突すると、眩いばかりの光を拡散させるように小さな爆発を起こした。もちろん、その爆発は、極めて安全なものであり、衝撃を伴うようなものでもなんでもない。
盛大な音とともに会場全体を盛り上げただけだ。
魔法による視覚効果である。
魔法時代が到来してからというもの、魔法はあらゆる分野に急激といってもいいほどの速度で浸透していったが、こうした舞台演出にも魔法が多用されるようになったのもそうだ。時代の流れであり、当然の帰結といえる。
魔法は、想像の具現だ。
想像力次第で、無限に等しい変化をもたらし、技術的に極めて困難な視覚効果すらも容易く行えてしまう。
舞台演出だけではない。
実写映画などに用いられる視覚効果にも魔法が活用されていくようになったのは、コンピュータグラフィックスなどを用いるよりも手間がかからないという評判があったからだ。やがて役者たちが作品中に実際に魔法を使うようになるまで、さほど時間はかからなかったという。
いまでは魔法効果の存在しない映像作品は存在しないのではないかといわれるくらいだ。
魔法社会とは、そういうものだ。
「「「「流星少女隊、降臨!」」」」
華々《はなばな》しくも見慣れた登場演出とともに可憐な声が響き渡れば、光が発散し、流星少女隊の四人の姿が輪郭を帯び、明瞭化していく。
虚空へと散逸していく光の中で、四人それぞれに法機を構える彼女たちの姿は、アイドルにして導士であることを具現しているかのようだった。
力強くも可憐であり、美しい。
それこそがアイドル部隊のアイドル部隊たる所以なのだ。
観客席から盛大な拍手と歓声が上がり、隊員たちの愛称が響き渡る。
天空地明日花、荷山陽歌、稲荷黒狐、桜ヶ丘燕の四人は、凛とした決めポーズを解除すると、一転して柔らかな笑顔になった。そして、歓声に応えるようにして手を振りながら、法機を送還する。
虚空に溶けて消えていく法機たちは、それだけで幻想的だ。
「すごい人気だなあ」
「広報部の思惑は、見事、当たったわけだ」
「広報部の?」
「そうだよ。流星少女隊を始めとするアイドル部隊は、広報部が提案したことによって結成されたんだ。戦団と市民の架け橋となるような、広報活動専門の小隊を作るべきなんじゃないか、ってね。上層部の中には難色を示す人たちもいたんだが、現状を見れば、広報部の見立ては正しかったといっていんじゃないかな」
「へえ……」
義流の何気ない発言は、一二三にとっても知らないことが多く、だから素直に感心するのだ。一二三は、情報通だ。しかも、戦団が機密としていることすら知っている場合が多い。
だが、アイドル部隊の成立に関しては、一二三自身があまり興味を持たなかったこともあって、初耳のものばかりだった。
そうしている間にも流星少女隊が自己紹介を終え、隊長・天空地明日花が会場中に声を響かせた。
「新星乱舞とはなにか、少しだけ説明させてくださいね! もちろん、会場にお越しの皆さんの中にも、双界各地で中継をご覧の皆さんの中にも、御存知の方も多いでしょうけれど」
「毎年やってるもんな」
「わたくしたち流星少女隊は出場しないのか、したらどうなんだ、という声も多く寄せられておりますが、しませんよー」
「出ても一瞬で伸されるだけだからな」
「そうなんですよー! 新星乱舞に出場するというだけでも、とんでもないことなんですー!」
「ええと……ごほん」
隊員たちの軽妙なやり取りに苦笑しつつ、明日花は小さく咳払いすると、頭上に手を翳した。
すると、舞台上空に巨大な幻板が出現し、映像が流れ始めた。
「新星乱舞とは、本部祭で行われる催し物の一つで、戦闘部十二軍団から選りすぐられた小隊による幻闘大会です!」
「最初に新星乱舞が行われたのは、いまから十二年前――そう、魔暦二百十年のことですね」
「そのころの戦闘部は部隊制だったけど、今思えば錚々《そうそう》たる面々だったよな」
「朱雀院火倶夜様に獅子王万里彩様、竜ヶ丘照彦様に天空地明日良様、麒麟寺蒼秀様、伊佐那美由理様――いまや軍団長として戦闘部を率いる皆様が、新星として眩いばかりの光を放っていたことは、記憶にも新しいのではないでしょうか」
「新しくはないだろ、十二年前だぞ、十二年前」
「十二年前の第一回大会は、火倶夜様が所属していた霧島小隊の優勝で幕を閉じましたが、今年はどのような結果になるのか、いまから楽しみですね」
「無視すんなよ、おい」
「説明の途中よ、二人とも。勝手に締めないで」
流星少女隊の丁々発止のやり取りに観客たちが沸き立つ中、一二三は、幻板に注目していた。
幻板上では、新星乱舞とはいったいどういうものなのか、端的に説明されており、流星少女隊が解説するまでもないのではないかと思えたほどだ。
新星乱舞は、戦闘部十二軍団から各軍団一小隊に出場権が与えられる。
出場権を付与するかどうかを決められるのは、軍団長だけであり、軍団長の結論次第では、その軍団から出場しないこともありえた。
というのも、新星乱舞は、新星と呼ぶに相応しい若手導士のための大舞台であり、実力も実績も伴わない小隊を出場させるのは、軍団の顔に泥を塗る行為ではないかという認識があるからだ。
故に、厳選に厳選を重ねられた小隊ばかりが、今年の新星乱舞にも出場するということであり、観客たちの期待が高まるのも無理からぬことだった。
一二三がそんな風に考えていると、流星少女隊による新星乱舞の説明が終わった。
明日花が、頭上に手を挙げる。
「それでは、出場小隊を紹介致しましょう!」
超大型幻板に表示されていた映像が切り替わったかと思うと、第一軍団の団章が浮かび上がった。赤地に白馬の団章は、優美にして勇猛と評判だ。
「第一軍団からは、白馬玲那率いる白馬隊!」
白馬隊の隊員たちが、幻板上に表示される。隊長の白馬玲那、隊員の牛島楓、猪狩万由子、戌亥綾乃の四人である。
超巨大幻板からその映像だけが切り取られるようにして、もう一枚の幻板が出現する。その幻板には白馬隊の紹介映像が表示され続けていた。それは、白馬隊の記録映像が編集されたものであり、幻魔との戦いの記録である。
超大型幻板の映像が切り替わり、赤地に眼帯した龍を模した団章が表示された。
「第二軍団からは、式守春花率いる式守小隊!」
式守小隊の面々――春花、夏樹、秋葉、冬芽の四人の映像もまた、切り取られ、幻板として空中に固定される。その後に流れるのは、やはり活動記録だ。式守小隊のそれは、極めて高度な連携を確認できるものだった。
つぎは、第三軍団だ。団章は、黒地に金剛石の盾である。
「第三軍団は、宇佐崎レオン率いる宇佐崎小隊!」
宇佐崎小隊を構成するのは、宇佐崎レオン、鷹匠璃々、菅生秀二、玉手光那の四人だ。特徴がないのが特徴と自称しているものの、どのような任務でもそつなくこなすことが編集映像からもわかる。
続いて、第四軍団の団章が表示される。白地に水の冠である。
「第四軍団、黒羽大吉のラッキークローバー!」
ラッキークローバーは、黒羽大吉、神爪勇人、広尾風夏、砂嘴愛結の四人で構成されている。その小隊名は、隊長・黒羽大吉の自己主張の強さ、自己顕示欲の現れであるとされることが少なくない。記録映像でも、黒羽大吉が大写しになっている場面が多かった。
「第五軍団からは、岩岡小隊! 隊長は岩岡勇治です!」
白地に宝石の華という団章が表示され、岩岡小隊の四人が現れる。岩岡勇治、日暮シュウ、鳴子奈留、道場良三。岩岡小隊では特に鳴子奈留が人気を集めており、新人でありながら声援を集めていた。
第六軍団の団章である黒地に白の手裏剣が表示されると、一部の歓声が強くなる。
「第六軍団は、白銀流星率いる銀星小隊!」
白銀流星、出石黎利、金田朝子、金田友美の四人が他より多くの歓声を浴びるのは、ある意味では、当然かもしれない。
最近、特に注目を集めていたからだ。
「金田姉妹、なんだかんだで優秀よね」
「そりゃあ今年の対抗戦の優秀選手だぜ」
なにやら誇らしげな圭悟を横目に見て、真弥は、なんともいえない顔をした。
「まるでとんでもない大会だったと言いたげね?」
「とんでもない大会だっただろーが」
「それは、まあ……否定しないけどさ」
「そうですわ。対抗戦決勝大会の熱量は、いまも忘れていません。いえ、終生、忘れ得ぬものではないかと」
「それも否定しないわよ」
そう、あの日、あのとき、あの会場で見た奇跡のような勝利は、真弥の頭の奥底でも、いまもなお眩いばかりの光を放ち続けているのだ。