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第千四十六話 新星乱舞(二)

 一二三ひふみは、圭悟けいごらん真弥まやたちと一緒になって本部棟に足を踏み入れた。

 クニツイクサ操縦体験会の場で彼らを発見したとき、思わず衝動的に声をかけてしまったのだが、こればかりは仕方がないことだというほかあるまい。

 一二三にとっては、いまや幸多こうたが人生の全てだ。己の根幹こんかんといっても過言ではない。幸多に関わるもの全てを知りたいと思うし、幸多が親友といってはばからない彼らと少しでも仲良くなりたいと常々考えていたのだ。

 それ自体は、なにも悪いことではあるまい。

 もちろん、一二三が突然話しかけたことで、圭悟たちが驚きのあまり顔面を蒼白にさせてしまったことは大いに反省しているが。

 しかし、そうでもしなければ、一二三が彼らと知り合う機会など得られなかったのではないか。

 伊佐那いざな家の人間であり、導士である。

 近い将来、真星しんせい小隊の一員になるつもりであるとはいえ、だからといって幸多の親友たちと顔見知りになる機会など、そうはあるまい。休養日の幸多に付き纏い、彼の安息を、友人たちとの触れ合いや日常を邪魔したくはなかった。

 幸多に嫌われたくはないのだ。

『嫌われたくないのなら、自分が嫌だと想うことをしないことだ』

 などと、兄や姉たちの忠告を受けた一二三は、しかし、自分が過干渉されることになんの不満もなければ、むしろ喜ばしいことだったので、そのことを伝えると、頭を抱えられたものだ。

 そして、ひとは、普通、過度に干渉されることを好まないものであり、常に付き纏うなど論外だと教わったのである。

 一二三には、心の機微きびがわからない。

 他人と交流するとはどういうことなのか、どうすれば上手く触れ合うことができるのか、話し合い、分かち合うことができるのか。

 情報の上では理解しているつもりのことは、全て、机上の空論であり、砂上の楼閣のように不確かだった。

 だからこそ、だろう。

 一二三は、兄や姉からの教えを素直に受け取ることができたし、その言葉通りに行動することができた。

 つまり、幸多に過干渉しないということだ。

 当初こそ暇さえあれば幸多に通話しようとしていたし、実際、それで幸多の休憩時間を奪っていたのだが、いまはそれも極限まで抑え込んでいる。

 すると、どうだろう。

 幸多のほうから通話してくれるようになったではないか。

 それは、一二三にとって大いなる成功体験となった。

 我慢を覚えた、ということだ。

 とはいえ、圭吾たちとなれば、話は別だ。

 こういう機会でもなければ、導士が特定の一般市民と交流することなどできまい。

 本部祭は、導士と一般市民が交流するための場でもあるのだ。

「本部棟に入る度に思い出すのは、ガキのころの社会見学だよな」

「そうそう、圭悟ってば子供のころから忙しなかったもの。導士の皆様に迷惑ばかりかけて」

「そうだったか?」

「そうだったわよ」

「……きみたちは、天燎高校の生徒なんだよね?」

 ふと、圭悟たちの会話が気になって、一二三が話に割り込むと、彼らはきょとんとした。

「そうだが?」

 とは、法子。透き通った紅い瞳が美しい、どうにも傲岸不遜ごうがんふそんな態度の似合う人物は、一二三の顔をじっと見ていた。きっと、一二三の顔が、若き日の神木神威こうぎかむいそっくりだからだろう。

「しかも生粋の財団関係者なはず」

「うむ」

「それなのに、社会見学で戦団本部を訪れてただなんて、不思議だと想って」

「……そういわれりゃ、確かに不思議だな」

「子供のころはなんとも思わなかったし、いままで疑問にも感じたことなかったけど、いわれてみれば不思議かも」

「そうですわね……思い返せば、子供のころは、戦団関連の施設に何度も足を運んだ記憶がありますわ」

 圭吾たちが疑問に頭を捻る後ろで、義流が口を開く。

「財団が戦団を敵視していたのは公然の秘密であって、表向きは協力的な態度を取っていたはずだよ。だから、財団関係者の子供たちが戦団関連施設を訪れることも少なくなかったし、それはいまでも変わらないんだ」

「つまり、財団のおれたちへの教育は、内向きのものであって、外向きには全く違った顔を見せていたってことっすか?」

「まあ、そういうことだね。社会見学も、その一環だろう」

「なるほど……」

 義流は、圭悟たちの表情を横目に見て、そのまばゆいまでの素直さに目を細めた。本当に素直で、真っ直ぐなのだ。だからこそ、幸多が彼らを親友としているのではないかと思うくらいだ。

 そして、義流は、彼らが幸多の親友だからこそ、行動を供にするのもやぶさかではないと思ってもいた。

 それから、本部棟内の受付で特別招待券を提示すると、会場への案内が携帯端末上に表示された。会場は、本部棟の地下三階に位置している。

 圭悟たちが、義流に視線を集中させたのは、彼が第四開発室副室長だからだろう。

 この集団の中で本部棟について一番詳しいのが、義流だ。

「……さて。本部棟の地下三階への移動手段は、二つ。昇降機か、階段だ。昇降機を使えば一瞬だが、乗り込むまでの待ち時間を考えれば、階段のほうが早いだろうね。本部棟の昇降機はどこも一杯らしい」

「じゃあ、階段かな?」

 一二三が圭悟たちに問えば、皆、頷いた。


 本部棟一階東側の階段を降りていけば、地下三階はすぐだった。

 既に圭悟たちよりも先に階段を降りていた招待客が通路に充ち満ちていて、騒がしくも賑やかだった。通路の道幅は広いものの、迷路のように入り組んでいるという義流の言葉通り、道に迷う人もそれなりにいるようだった。

「案内図に従えばいいだけなんだが」

 と、義流が困ったように言いながら、圭悟たちに携帯端末を起動しておくように促す。圭悟たちも義流の言葉には素直に従った。

 義流は、心底頼りになった。

 まさか伊佐那家の人間から声をかけられるとは思ってもみなかったし、それもつい先日伊佐那家の一員になったばかりの一二三だったのだ。新星乱舞しんせいらんぶの興奮も吹き飛ぶくらいの驚きがあったが、いまとなっては、彼に声をかけてもらったことは幸運だった。

 義流が先導してくれるから、この纏まりのない一団が迷うことなく目的地まで辿り着けたのだ。

 新星乱舞の会場は、本部棟の地下三階であることを忘れさせるような構造をしていた。半球形の広大な空間。中心部に広い空間があって、そこが特設の舞台となっているのが一目瞭然だ。特殊強化樹脂製の壁が舞台ごと中心部を取り囲んでおり、壁から外側に向かって観客席が並んでいる。

 観客席は階段状になっていて、どこからでも舞台が見渡せるようになっているようだった。

 天井照明は、本部棟の青白いそれとは異なり、白く眩いものになっていて、舞台上を明るく照らしていた。

「まるで闘技場だな」

「うんうん! 映像とかで見たことあるけど、実際に目にすると、なんか凄いね!」

「凄いけど……なんでまた、本部棟の地下にこんなものが?」

「まあ、そういわれると返答に困るのも事実なんだけど……」

「困るのか?」

「いやまあ、なんというか」

 義流は、法子の疑問の目を逃れるようにして、圭悟たちに着席を促した。特別招待券には、座席番号などは割り振られていない。千席ある観客席のどこに座っても構わないのだ。

 どの席に座っても、見れるものに違いはないのだ。

 故に、座席指定もなければ、知り合い同士で集まることもできるというわけだ。

 圭悟たちが次々と着席していくのを待って、義流も席に座った。隣には一二三がいて、彼はこの状況に十分満足しているようだ。

 満面の笑みが、彼の過去を想起させた。


「やはり、なにも会場に来る必要はなかったのではないか?」

 渋面から繰り出される当然の疑問には、彼は、内心苦笑するしかなかった。

 新星乱舞は、なにも会場でしか見れないものではない。

 本部祭は、年に一度の恒例行事にして戦団最大のお祭りである。

 新星乱舞どころか、本部祭そのものが双界全土に同時中継されており、特集番組が二十四時間体制で放送されるほどだ。家にいても視聴可能だったし、なんなら出先でも端末さえあれば堪能できるだろう。

 だが、しかし、それでも、すぐさま満員になった観客席を見渡せば、会場に引っ張り出してきて良かったと思うのだ。

 会場は、臨場感が違う。

 既に猛烈な熱気が、この広大な会場全体を包み込んでいた。

「兄さんは、喜んでくれますよ」

「……だといいが」

 草薙実くさなぎみのるは、父・真人まさとの渋い表情を横目に見て、それから会場に視線を戻す。

 様々な小隊を応援する声が上がっているのは、会場に各小隊の紹介映像が流れ始めたからだ。

 第十軍団からは草薙小隊が出場する。

 実の兄・まことが隊長を務める小隊であり、草薙家が全力で応援している小隊である。

 そう、草薙家全体が、真を応援しているのだ。

 親類縁者しんるいえんじゃ一同が、真の日々の活躍に興奮し、感動してさえいる。

 あの傲慢ごうまん極まりない暴圧ぼうあつの化身そのものだった真が、命をけ、導士としての使命を全うしているという事実が、草薙家の人々に感銘かんめいを与えているのだ。

 皆、真の努力を知らないわけがなかった。

 しかし、真があまりにも傲慢に過ぎるから、近寄りがたく、声をかけることすら躊躇ためらっていたのが、半年前までの真だ。

 だが、真は、変わった。

 いまでは、草薙家の名に恥じない人間であろうと全力を尽くしていたし、家に帰れば、以前とは比べものにならないほどに穏やかな表情を見せたものだ。

 そんな兄の晴れ舞台。

 相手は、強敵揃いだ。

 実は、ただ、兄が活躍することを信じ、祈ることしかできない。

 すると、舞台がさらに色鮮やかな光に満ち、流星が降ってきた。

 それが流星少女隊りゅうせいしょうじょたいの登場演出であることはだれもが知っていて、だからこそ、会場全体が震えるほどの歓声が上がったのだ。


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