第千四十五話 新星乱舞(一)
新星乱舞。
本部祭でも特に注目されるそれは、この一年間で特に活躍した若手導士を新星と定義することから始まる。
まさに新星の如き光を放つ、若き導士たち。
それらは戦団のみならず、人類にとっても希望の星なのだ。
故に、新星と呼ばれる導士たちは、既に知名度があり、人気があることが大半だ。
そして、そんな新星たちが所属する小隊が、戦闘部十二軍団からそれぞれ一小隊ずつ選ばれ、この夢の大舞台で激突するのである。
夢の大舞台。
第一軍団・白馬隊を率いる白馬玲那などは、まさか自分が新星乱舞に出場できるとは思ってもいなかったから、興奮のただ中にいた。
「隊長、深呼吸、深呼吸です!」
隊員の牛島楓が、いつになく緊張した面持ちの玲那の様子に心配するほかないといった様子で、いった。
白馬隊は、白馬玲那、牛島楓、猪狩万由子、戌亥綾乃の四人からなる小隊である。
皆、玲那の凜とした立ち居振る舞いに憧れているところがあり、故に、新星乱舞本番を目前に控え、鼻息も荒くなっている隊長に違和感さえ覚えるのである。
「し、深呼吸ね、わ、わかったわ」
玲那も、素直だ。
自分が尋常ではない状態にあるということは、だれよりも理解していた。
新星乱舞に出場することが軍団長・相馬流人から直接通達されたのは、四日前のことだった。軍団長と直接言葉を交わすというだけでも喜ぶべき、驚くべき出来事だというのに、新星乱舞の出場切符を渡されたとなれば、頭の中が真っ白になったのも当然だっただろう。
その夜、玲那は一睡もできないくらいに興奮していて、誘眠魔法を処置してもらわなければならなかったくらいだ。
新星乱舞に出場するというのは、それほどのことなのだ。
そして、なぜ数日前に通達されたのかといえば、新星乱舞出場を伝えられた玲那が任務に支障をきたさないとも限らなかったからに違いない。
相馬流人は、玲那の導士としての実力を評価したうえで、その精神面での不安定さも見抜いていたのである。
それでも、第一軍団から出場させるのであれば、玲那率いる白馬隊を置いてほかにはないと判断させるだけの実績が、彼女たちにはあった。
新星乱舞は、若手導士の登竜門的な側面を持っているとはいえ、だれもが出場できるものではない。
年に一度しか開催されない大会で、出場権を得られる小隊は限られている。一度出場した小隊は、二度と出場することができなくなるだけでなく、出場するのに相応しい小隊がいないと判断されれば、その軍団の出場枠が埋められないまま、開催されることもある。
何年か前の新星乱舞では、八軍団からしか出場者がいなかったことで知られる。
それくらいの狭き門だ。
出場権を与えられれば、興奮するのも当然ではあるのだが。
「……まあ、そうだよね」
白馬隊が隊長を落ち着かせるべくあの手この手を駆使する様を遠目に見遣りながら、幸多は、息を吐いた。
総合訓練所の一角に設けられた出場者控え室には、十二小隊の隊員たちが勢揃いしている。
大部屋である。
元々、総合訓練所には、四人小隊用の小部屋から大人数用の大部屋まで、様々に取り揃えられており、その大部屋の一室を今回控え室として利用しているのだ。普段は幻創機が設置され、寝台が所狭しと配置されているはずの空間から、そうした様々な機材が取り除かれ、全十二小隊が時間まで待機していられるように手配されている。
小隊ごとに割り当てられた空間も決して狭くはなかった。快適とは言い難いものの、問題があるわけでもない。なにより、待機時間は、それほど長いわけでもないのだ。
天井照明の青白い光は、鎮静効果をもたらすといわれているが、いつもよりも青みがかっているように感じられるのは、気の所為ではあるまい。
そして、その青さでは抑えきれない興奮を感じているのは、なにも白馬玲那だけではなかった。
大半の出場者が、新星乱舞を目前に控え、昂揚感に包まれているのだ。
真星小隊の四人もだ。
真白と黒乃は、じっとしていると緊張してしまうかもしれないということで、ふたりして柔軟運動をしており、幸多はそんな兄弟の仲の良さを微笑ましく見つめていた。
「隊長は、随分と落ち着いていますね」
「そう見えるかな?」
「はい」
義一は、幸多が長椅子に腰掛けた状態でゆっくりと伸びをする様子にこそ、安堵する。
幸多は、いつになく平静に見えた。
とてもではないが、新星乱舞という大舞台を目前に控えているとは想像できないくらいの落ち着きぶりだ。
他の小隊の騒がしさは、真星小隊とは無縁のようだった。
「そんなことは、ないんだけどな」
幸多は、くすりと笑った。
内心、興奮と昂揚に飲まれそうになっているのを自覚している。新星乱舞である。夢にまで見た大舞台。幸多のような魔法不能者が、完全無能者が立てるはずのない、魔法士だけの領分。
それも、相応以上に活躍した導士だけが立つことの許される戦場なのだ。
そんな場所に自分が選ばれた。
無意識に握り締めていた拳を開くと、汗が滲んでいた。
「弟くんに話に行かなくていいの? もうすぐ始まっちゃうよ」
「え、ああ……そうだな」
統魔の反応が微妙なものになってしまったのは、ルナがそんな風に気を利かせてきたのはいつ以来だろうか、などと考えてしまったからだ。
ルナが、統魔至上主義とでもいうべき価値観の持ち主であることは、彼女が公言するまでもなくわかりきっている。彼女と触れ合い、交流を重ねていけば、自然と理解できるだろうし、そうでなくとも、その言動の端々から伝わってくるはずだ。
統魔が自分の世界の中心にして、根本である――そういって憚らないのが、ルナなのだ。
そんなルナが気遣うことの珍しさには、統魔すらも驚きを隠せない。
「いいんじゃないか」
「どうして?」
「予選で当たるならともかく、そうじゃないからな」
「真星小隊が勝ち上がってくる、と?」
「ああ。おれは、そう信じてるからな」
「そして、こっちはこっちで、勝ち上がる……か」
枝連が拳を握り締め、深く呼吸を整えるようにつぶやけば、香織が彼の顔を覗き込んだ。
「おおっ、れんれん、珍しく興奮してる?」
「興奮というか……なんだ、あれだ、こう落ち着いていられないって感じだ」
「めっずらし!」
「新星乱舞は、やっぱり、特別だからな」
「うんうん、わかるー、わかるよー、わかっちゃうなー!」
「そういう香織だって、興奮気味なんじゃないか?」
「そうかも!」
いつになく機嫌が良さそうな香織の様子を見ていると、剣は、それだけで気分が良くなってくるような、そんな感覚を認めざるを得なかった。彼女の喜びは、自分の喜びである。
新星乱舞開催まで、あと少し。
それまでの時間をどのように過ごすかは、やはり、課題であり、難題だ。
各小隊の様子を窺えば、その方法は様々だ。
柔軟運動をしている導士もいれば、瞑想している導士もいるし、談笑している導士もいる。
皆代小隊は、普段通りに近い。
いつものように香織が話題を振っては、皆がそれぞれに応えるという、いつもの形。だからこそ安定しているというべきか。
「まずは、予選」
剣は、携帯端末が出力した幻板に目を落とし、そこに表示された情報を読み込んでいた。
「新星乱舞は予選と本選に分かれてるんだけど、予選は三小隊ずつの四組に分かれて行うんだ」
蘭が語る内容はだれもが当然のように知っていることではあったが、圭悟たちは茶々を入れたりせず、素直に聞いていた。
新星乱舞の会場へと向かう道中である。
特別招待券を持っているものだけが入ることのできる会場は、本部棟の地下三階に位置しており、新星乱舞の開始時刻が近づくにつれて、会場へと向かう人の数が増大していた。
圭悟たちがそちらへと向かい始めたのも、ちょうどいい時間帯だったからだ。
「予選は、幻魔の撃破数を競うのよね」
「そうなんだけど、別に競走相手を攻撃したり妨害してもいいし、なんだったら倒してしまってもいいんだ」
「まあ、その場合、競走相手が減るというのは大きな利点なんだが、他小隊との戦闘に集中した結果、別の小隊に撃破点で上回られることも少なくないから、考えものだね」
「だから、昨今の予選は撃破点を稼ぐのに集中する小隊が多い――ですよね?」
「あ、ああ」
蘭が両目を輝かせてきたものだから、義流は、多少、戸惑いを覚えた。
義流がこの天燎高校の学生たちと行動をともにする羽目になったのは、無論、一二三が原因である。
一二三は、といえば、幸多の親友たちと交流することができて、心底嬉しそうだ。




