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第千四十二話 本部祭(五)

 技術局棟の一角を間借まがりして行われているクニツイクサ操縦体験会は、開始する前から大盛況であり、長蛇ちょうだの待機列ができていた。

 技術局第四開発室の玄関前に鎮座ちんざする一機のクニツイクサが、体験会の案内板を掲げており、その様子がどうにも不釣り合いで、故に可愛らしいと評判だった。

 高天技術開発の一部の人間たちは、そんなクニツイクサにキャラクター性を見出し、様々な商品を考案、今回の本部祭に合わせて販売を開始すると、飛ぶように売れているという。

 松波桜花には、そんな様子を見守り続けている余裕はない。クニツイクサ操縦体験会の係員として駆り出されているからだ。

 機動戦闘大隊クニツカミに所属するクニツイクサの操者である彼は、同時に高天技術開発の職員でもある。

 西方教会防壁防衛戦での活躍が評価され、小隊長に抜擢されたばかりの彼の制服には、いくつもの勲章が輝いていた。それらの勲章は、戦団から授与されたものもあれば、天燎財団独自の基準で表彰されたものもある。そのため、同等の働きをした導士よりも数多くの勲章を授与される羽目になり、喜んで良いのかよくわからかったりした。

『機動戦闘大隊の初陣で見事な活躍をしたからこその評価だ。胸を張り給え』

 とは、大隊長・姫路道春の言葉だ。

 桜花だけではない。

 あの戦いに参加した操者のだれもが、相応の勲章を授与され、同様の助言を受けている。

 導士でなくとも、幻魔と戦い、討ちたおすことができる――それこそ、クニツイクサの存在意義であり、開発意図といっても過言ではあるまい。

 クニツイクサが双界そうかいの人々に受け入れられ、操縦体験会を開けば長蛇の列ができるようになったのも、あの戦いがあったからこそだということは、いうまでもない。

 戦団の露払つゆはらいとして戦場を駆け抜け、数多あまたの幻魔を蹴散らす鋼鉄の巨人たちは、その威容もさることながら、勇壮ゆうそうさにおいても人気を博した。

 燃え盛る空を飛び回る魔法使いが導士ならば、大地を駆け巡る騎士がクニツイクサなのだ。

 魔法合金製の巨人の騎士たち。

 その英雄的な造形は、いつ見ても美しく、完成されている。


 さて、操縦体験会である。

 事の発端ほったんは、天燎十四郎(とうしろう)何気なにげない一言からだった。

『今年の本部祭に携わることはできないものだろうか』

 その発言には、十四郎なりの想いがあったのは間違いないが、とはいえ、いささか大胆すぎるのではないかと思わざるを得なかった。

 なんといっても、本部祭は、戦団が市民との交流を目的として開催される恒例行事である。

 そこに、いくら戦団に協力しているとはいえ、部外者に過ぎない天燎財団が関わるのは、至難の業なのではないか。

『我らがクニツイクサは、これから先、人類の尖兵せんぺいとして幻魔に立ち向かっていくことになる。無論、戦団と協力して、だが。であればこそ、戦団との関係はこれまで以上に深く、みつにしていくべきだと思うのだ』

 だから、本部祭にも関われるものならば関わりたい、という十四郎の提案は、戦団側にあっさりと受け入れられたものだから、桜花たちは面食らったものだった。

 そして、戦団側からの提案により、クニツイクサの操縦体験会を開催する運びとなったのである。

 操縦体験会は、第四開発室の一角を使わせてもらっているのだが、そこには一機のクニツイクサがその上半身だけ展示されている。

 開発初期段階のクニツイクサは、騎士と侍が混じり合った複雑な姿をしているだけでなく、胴体の内側に大きな空洞があった。それこそ、初期型の神座かむくらであり、覗き込めば複雑怪奇な機構を垣間かいま見ることができるだろう。

 クニツイクサは、当初、諸々《もろもろ》の問題から有人機として研究、開発されたという経緯がある。問題とはもちろん、技術的なものであり、それらの難題がどうにか処理できたからこそ、無人機としてのクニツイクサが完成したのだ。

 そんないまや昔懐かしい開発機を熱心に見つめる市民もいれば、その周囲に立ち並ぶ巨大な卵形の機械に乗り込み、係員の指示の元、クニツイクサの操縦体験に声を上げる人々もいる。

 卵形の機械は、外見上こそ遠隔操縦機・神座に酷似しているものの、性能としては全く異なる代物である。

 当たり前だろう。

 操縦体験会は、実際にクニツイクサを操縦できるわけではない。

 卵形の機械に乗り込むと、神経接続が行われ、幻想空間上のクニツイクサを操縦できるようになるのだが、それはやはり幻想空間上に再現された情報データに過ぎない。

 とはいえ、クニツイクサを駆って戦場を走り回り、あるいは幻魔に立ち向かい、撃破するといったこともできるため、体験としては十二分に堪能たんのうできるはずだ。もしかすると、本物のクニツイクサを操縦するよりも余程楽しいのではないだろうか。

 幻想空間上での出来事である。

 現実世界に及ぼす影響を考える必要がなく、最初から全力を発揮することができるからだ。

 そして、卵形の機械から出てきた人達は、いままでにない体験に満足げな表情をしていたり、もう一度並ぼうかと真剣に考えるひともいたりと、大好評のようだった。

 桜花も、そんな人々に様々な助言をする係員の一人であり、いままさに操縦体験に没頭しているのであろう市民が現実世界に帰ってくるのを待っていた。

 操縦体験の制限時間は、一度につき最大五分である。

 体験用の操縦機は、全部で三十機も用意されているものの、体験希望者がどれだけいるのか不透明だということもあっての時間設定である。

 また、今回開発された操縦体験用の機材は、今後、天燎財団関連企業の様々な施設に配置される手筈になっているため、無駄にはならないだろう――とは、十四郎の言葉だ。そして、

『列もできないほどの人気ならば、何十分でも遊んで貰って構わないのだが』

 などと十四郎はいっていたものの、杞憂きゆうだった。

 クニツイクサは、先の大戦における大活躍によって、市民権を得たのだ。

 高天技術開発が信頼を勝ち取ったことにより、その大元たる天燎財団もまた、市民から支持を集める結果となった。

 財団だけではない。護法ごほうの長城建設に尽力した数々の企業もだ。

 不意に、独特な駆動音がして、彼の真横の操縦機がゆっくりとその重い扉を開いた。卵形の操縦機は、やはり魔法合金製であり、動作の一つ一つに重厚感があった。

 それも操縦体験を構成する重要な要素だ。

「五分なんてあっという間ねえ」

 操縦機から身を乗り出しながら笑顔を見せたのは、奏恵かなえである。

「皆さん、そう仰られます」

「体感にして一瞬だったわ」

「そのようで」

 桜花は、奏恵がなにものかは知らないが、立ち居振る舞いからしてただ者ではないと直感していた。とてもではないが一般市民には見えなかったのだ。

 もっとも、だからといってなにか話しかけるということはないのだが。

「次、あたしの番よね?」

「はい。事前に説明したとおり、音声案内に従って頂ければ、なんの問題もないかと。疑問点がありましたら、お声がけを」

「はいはーい。わかってるわかってる!」

 奏恵の後に操縦機に乗り込んだのは、珠恵たまえだ。

 望実のぞみは既に操縦体験を終えていて、奏恵が出てくるのを珠恵と談笑しながら待っていたのである。

「どうだった?」

「なんだか不思議な気分ね。幻想体を動かすのとはまったく感覚が違うもの」

「そうよねえ」

 奏恵と望実の会話が聞こえてくる中、操縦機のふたが閉じていき、珠恵の意識が幻想空間へと溶け込んでいく。

 視界が一瞬暗転したのは、神経接続による幻想体との意識統合によるものだということは、想像がついた。

 すぐに視界が開くと、目線が高く感じられた。それはそうだ。クニツイクサは全長三メートルを超える巨体である。その視点は、長身の珠恵よりも遥かに高い。

 眼前に広がるのは、空白地帯だ。

 それも、先の大戦の舞台となった大和やまと市西方であるらしく、晴れやかな青空とは正反対の赤黒い大地が、禍々《まがまが》しくもその存在感を見せつけるかのようだった。

 珠恵が、係員の説明があったとおりに意識すると、それだけで視界が激しく動き出した。

 クニツイクサが、大地を滑走かっそうし始めたのだ。


 クニツイクサの挙動は、通常の幻想体とは大きく異なるものだ。

 普通、幻想体のほとんどは、人間と全く同じ姿をしているか、たとえ姿形こそ違っても、同じように動くものである。

 神経接続によって無意識にも動かせるようにするためには、そうならざるを得ない。

 尻尾や翼など、人間が本来持ち得ないものを持つ幻想体も、もちろん数多と存在する。が、そうした幻想体を自由自在に操縦するには、システム的な補助が必要だったり、熟練の腕前が必要だったりするのだ。

 だから、多くの場合は人間に酷似した姿態の幻想体を用いるのであり、導士たちが訓練に用いる幻想体は、本人そのものなのだ。

 故に、クニツイクサの巨大さは、違和感を与えるものなのだが。

(まあ、こんなものか)

 一二三は、ひとり、つぶやいた。


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