第千四十話 本部祭(三)
本部祭は、戦団本部敷地内の大半を開放して行われる恒例行事だ。
普段、関係者以外立ち入ることのできない場所も開放されているということが、一部の熱狂的な戦団支持者にとってこの上ないご褒美だという。
「これだよこれ、これこそ、一年間生きてきたご褒美なんだよ……!」
その代表格が、蘭であることは、いうまでもあるまい。
圭悟は、ついさっきまで本部の門番のように整列していた鋼鉄の巨人たちに目を輝かせていた蘭が、正門を潜り抜けた瞬間、さらなる興奮を見せ、全身でその歓びを表す様子に驚きを隠せなかったものだ。
蘭が戦団の熱狂的なファンだということは、周知の事実だ。
対抗戦で優勝する以前から戦団信者を公言していた天燎高校の生徒は、彼くらいのものではないか。そして、だからこそ、周囲から奇異な目を向けられていたのだが、当然の結果だ。そのことで周囲の生徒たちに目くじらを立てるほど、圭吾も愚かではない。
むしろ、蘭が平然と戦団の話を振ってくることにこそ、迷惑したものだ。
天燎高校に通う学生たちは、天燎財団の企業理念に染まりきっているのが普通であり、戦団が央都を守護してくれているという事実を認識こそすれ、そこに特別な感情を抱かないように教育されてきていた。
もちろん、そんな学生たちの中にも戦団に理解を示すものは少なくなかったのだが、しかし、戦団に関する知識や情報を無闇矢鱈に披露し、周囲から白眼視されるような真似をするのは、蘭くらいのものだった。
蘭は、戦団信者であることを隠そうともしなかった。そのことで一悶着があったとしても平然としていたものである。そして、そういう問題の解決に奔走するのが、圭吾の役割であり、随分と骨を折ったものだ。
もっとも、幸多が戦団に入団するべく、対抗戦部の設立に駆け回った際、その先頭に立っていたのは圭吾だ。故に圭吾もまた、蘭の同類と認識されていたに違いない。
圭吾や蘭を取り巻く空気が変わったのは、やはり、対抗戦決勝大会で優勝したからだろう。財団そのものが戦団への態度を変え始めたのもそのころだったし、圭吾たちの世界そのものが大きく変わっていったといっても、言い過ぎではあるまい。
財団と戦団の関係が良化した挙げ句、人類復興に向けて手を取り合うかのような姿勢を見せているのだ。
天燎財団が天地のすべてだった人々にとっては、激動の日々だった。
「毎年来たがってたものな」
「そうだよ! ほんっとおおおっに! 来たかったっ!」
「良かったね」
「そうですわね」
蘭が心の底から発した大声は、周囲の無関係な人々までもが驚き、目を向けるほどであり、真弥や紗江子は、困り顔になった。幸多のおかげか、無関係な他人に注目されるのにも慣れっこではあったが、とはいえ、このような場で騒ぎを起こしたくはなかった。
もちろん、彼の気持ちは、わかる。
蘭がこれまで本部祭に来たくても来られなかったのは、やはり、親類縁者が天燎財団関係者ばかりであり、本部祭に行きたいという彼の願いが聞き入れられなかったからだ。
戦団を敵視していたのは、なにも、天燎財団だけではない。
企業連に属する多数の企業が、央都における主権を握るべく、戦団の権力を削ぎ落とそうと躍起になっていたという。戦団があってこその央都社会だという事実を認識しながらも、戦団の絶対的な支配に対しては抗わなければならないと考えていたのだ。
戦団に管理される立場ではなく、戦団を管理する立場にこそ、なるべきである。
央都における勢力争いの根幹は、どうやらそこにあったらしい。
しかしながら、市民の大半は、戦団による支配を受け入れている。
央都四市は、表向き、央都政庁によって管理運営されている。が、央都政庁の上には戦団が君臨しているという事実は、公然の秘密といってよく、だれもが知るところだ。そして、そのような事実に対する不満は、ほとんどない。
なんといっても、戦団の導士たちが命を懸けてこの央都を護ってくれているという現実があるからだろう。
央都成立から五十年もの長きに渡り、完璧とはいわないまでも、大きな問題も起こさず、市民の平穏と安寧に力を尽くしてきた戦団の在り方に、疑問の声を上げるもののほうが少ないのだ。
実際、反戦団主義者の活動は、どれだけ熱を入れて行われようとも、市民を動かすには至らなかったし、天燎鏡磨の計画が反戦団的なものだということがわかれば、天燎財団そのものの存在を問われる羽目になったものなのだ。
戦団は、央都市民の生活に根付いている。
だからこそ、両親が財団関連企業に務める蘭が、熱烈な戦団信者になり得たのだろうが。
「そこまで感動することなんだな」
「蘭の奴、筋金入りの戦団ファンだからな」
「本当、不思議なやつだな、中島って」
圭悟の説明に、亨梧と怜治が不思議そうな顔をした。二人もそうだが、天燎高校の生徒にとっては、蘭のほうが例外というべき存在なのだ。
戦団本部の広大な敷地内には、それこそ大量の人出があった。葦原市内のみならず、央都四市、あるいはネノクニからの観光客までもが、戦団本部を訪れているのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
入場制限が設けられるまで時間はかからなかったが、例年とは比べ物にならないほどの速さだった。
そうでもしなければ、戦団本部が破裂するのではないかというほどにひとが集まっていた。
戦団がどれほど市民に人気で、関心を持たれているかわかるというものだ。
圭悟たち天燎高校の生徒にとっては、まるで異世界に足を踏み入れたかのような感覚がある。
財団に深く関わる家柄であればあるほど、戦団への関心は薄れていくものである。
央都には、毎日のように戦団に関連する情報が溢れかえっているし、どこもかしこも戦団一色といっても過言ではないくらいだ。だが、それでも、財団の人間ともなれば、そこに目を向け、注視することはないのだ。
本部祭の存在は知っていたし、ニュースで大々的に取り上げられている様子を見たこともあった。
央都市民でごった返す戦団本部の光景は、やはり別世界の出来事のようだった。
その別世界に、いままさに足を踏み入れているのは、財団そのものが変わったことを示しているのだ。
「新星乱舞まではまだまだ時間もあるし、どこから回る?」
「そうだな」
「まずは忍者屋敷だろう」
提案したのは、法子だ。
本部敷地内には、幻板やら立体映像やらがそこかしこに浮かび上がり、あるいは動き回りながら、本部祭を賑やかしている。
そんな中でも特に目立つのは、今年の新星乱舞に出場する導士たちの立体映像だろう。
戦闘部十二軍団の中から選りすぐられた十二の小隊、五十名の導士たちを完璧に再現した立体映像、つまり幻想体が、それぞれ所属する軍団の兵舎で光り輝いていた。
忍者屋敷とは、そんな兵舎の内の一つ、第六軍団兵舎の異名である。
「忍者屋敷っすか」
「なんでも今年は例年以上に拘っているらしい」
「記念品狙いでしょ?」
「うむ」
目論見を言い当てられてもなお悪びれることもなければ、むしろどこか誇らしげなのが、法子の良いところなのかどうか。
圭悟たちには、慣れたものだったが。
「まあ、特に決めてもいなかったしな」
圭悟が、問題ないだろうと周囲に聞けば、皆、異論はなさそうだった。
そうして第六軍団兵舎に向かった八人を待ち受けていたのは、第六軍団兵舎の御殿のような建物であり、その頭上に浮かぶ銀星小隊の隊員たちの姿だ。白銀流星、出石黎利、金田朝子、金田友美の四人。第六軍団の団章が刻まれた導衣を纏うその姿は、勇壮なる導士そのものだ。
「銀星小隊といえば、金田姉妹だよね」
「対抗戦で戦った相手だもんな。印象には残ってるぜ」
けど、と、圭悟は、つい口に出しかけて、止めた。
圭悟は、幸多率いる真星小隊の勝利を信じているが、そんなことは、ここで言うべきことではない。
「相変わらず凄い混みっぷりね」
「今年は例年以上の速さだったらしいわ、入場制限」
「新星乱舞目当てかしら?」
「どうかしら。新星乱舞を会場で見るのは、至難の業よ」
「あたしたちみたいな関係者はともかく、ね」
携帯端末の画面に特別招待券を表示しながら、心底嬉しそうに笑ったのは、珠恵である。
その気持ちは、奏恵も望実も同じだから、なにもいわず、笑い返すしかなかった。
奏恵が姉の望実、妹の珠恵と本部祭を訪れるのは、これが初めてではない。
これまで何度か足を運んだことがあり、そのたびに戦団本部を包み込む熱気に圧倒されたものだったのだが、今年は、例年とは比べものにならないくらいの熱量があるようだった。
理由は、わかっている。