第千三十八話 本部祭(一)
本部祭。
戦団感謝祭とも呼ばれるそれは、毎年十二月二十五日――冬陽祭当日、戦団本部を始めとする四大基地で開催される。
四大基地とは、葦原市の中心に聳え立つ戦団本部を始め、央都四市それぞれに設けられた戦団の活動拠点のことだ。
出雲市は出雲基地、大和市は大和基地、水穂市は水穂基地と、戦団本部以外はそれぞれの市名を冠しており、各市の平穏と安寧を司り、秩序の維持に全力を尽くしている。
各基地は、常日頃から市民との交流に力を入れているが、戦団感謝祭は、戦団全体でもって市民との交流を図り、より良い関係を構築するための施策として企画された。
そのように企画したのは、広報部と企画部の導士たちであるが、護法院を含む戦団上層部の承認を経て実施されるようになったのは、葦原市がまだ央都を名乗っていた時代であり、故に本部祭の通称で知られるのである。
戦団感謝祭が最初に開催された当時、戦団の拠点といえば、本部しかなかったからだ。それから三十年間、毎年欠かさず開催されており、それによって戦団と市民の関係が良化しているという情報局の調査結果もある。
よって、戦団も、本部祭には本腰を入れており、参加する導士たちの力の入れようも相当なものだという。
各基地では、防衛任務中の軍団が主催となって、様々な催し物が行われることになっており、数日前から基地内は大騒ぎだった。
『だから十二月は防衛任務より衛星任務に回りたいと思うものも少なくないのさ』
とは、荒井瑠衣の弁。
荒井瑠衣は、水穂基地における戦団感謝祭の調整役をみずから買って出ており、そのことで他の杖長や軍団長から強く感謝されていた。
『なんといってもお祭りが大好きだからね。それにさ、調整役なら、自分好みの企画を押し通せるってもんだろ?』
幸多にだけ囁くように、そしてほくそ笑んでいってきた言葉が、瑠衣の本音なのだろう。
水穂基地感謝祭の日程表を見れば、瑠衣がなにを企画したのかは一目瞭然だ。ロックハート小隊を主役とする演奏会である。そのための練習も、この一ヶ月毎日のように行っていたという。
『人類復興、央都守護、幻魔殲滅、バンド活動――全部やるのさ』
そういって笑顔を向けてきた瑠衣がいつになく光り輝いて見せたのは、生命力に満ち溢れていたからだろうが。
そして、幸多はといえば、水穂基地感謝祭に参加したいのはやまやまなのだが、本部祭に参加するべく、戦団本部に向かわなければならなかった。
朝食を終え、出発準備を進めていると、黒乃が感極まったように口を開いた。
「新星乱舞の出場者に選出されるなんて、夢みたい……」
「真星小隊の戦果を考えりゃ、一択だと思うけどな」
「まあ、そうだね」
真白の意見に、義一が同意する。
「ほかの小隊が活躍しなかったわけじゃないけれど、ぼくたちが突出した実績を上げたのはいうまでもないこと。選ばれて当然という自覚は持って然るべきかな」
これで真星小隊が新星乱舞に選出されないとなれば、それこそ戦団上層部の高度な政治的判断を疑わなければならなくなるだろう。
だが、しかし、現在の上層部ならば、むしろ真星小隊を出場させるために調整しそうなものだった。
上層部しかり、広報部しかり、真星小隊を戦闘部が誇る超新星として売り出したいという意図が丸わかりなのだ。
故に、真星小隊が、第七軍団の他の小隊よりも多少実績が低くても選ばれる可能性は極めて高かった。
もっとも、今回の選出は、実績実力ともに疑いようのないものであり、だからこそ、義一は安堵もするのだ。
実績さえ伴っていれば、どのような陰口を叩かれようとも胸を張っていられる。
伊佐那家の人間というだけで、ちやほやされることは少なからずあるのだ。そのことでいわれのない誹謗中傷をされたとしても仕方がないくらいに。
とはいえ、それが表に立つものの宿命なのだとしても、決して気分のいいことではない。
そしてそういう人達には、やはり、実績でねじ伏せるしかないのだ。
そんな義一の内心はわからず、幸多は、いった。
「そこまで強気にはいられないよ」
「いてくださいよ、隊長。隊長あっての真星小隊なんですから」
「義一くん……」
「義一、で」
「……わかった。義一」
「じゃあ、おれは真白さん、で」
「わかった、真白」
「なんでだよ!」
真白が地団駄を踏めば、黒乃が笑い、幸多も笑った。
真星小隊の空気は、今日も良好だ。
魔暦二百二十二年十二月二十五日、冬陽祭当日。
「天気予報は、晴れ! 快晴も快晴だって!」
携帯端末を手に、興奮気味に飛び跳ねる真弥を一瞥して、圭悟は頭上を仰いだ。まさに快晴としかいいようのない青空が、頭上に広がっている。
雲一つ見当たらなければ、昇り始めた太陽の光が眩しかった。
冬の空は、どうしてこうも澄んでいるのか。
かつて、科学技術の発展によって汚染され尽くした大気は、魔法の発明と急激な進歩によって回復したという。空気などいつだって澄み切っていて、どこまでも透き通っているといっても過言ではないのだが、しかし、ここは魔界だ。
透明であれば透明であるほど、高純度、高濃度の魔素が満ちている。
この冬の空の透き通り具合こそ、幻魔の世界である証なのだといわれれば、憮然とするほかない。
「見りゃわかる」
「昨日の夜中まで大雪だったでしょ? 心配だったのよ」
「天気予報が外れることなんて、万にひとつもねえよ」
「うるさいわね、心配したっていいでしょ。皆代くんの晴れの舞台よ、晴れ舞台」
「大式典があっただろうが」
「でもでも、新星乱舞に出られるなんて、本当に凄いことじゃない?」
「そうですわ。毎年十二の小隊だけが立てる最高の舞台……そこに皆代くん率いる真星小隊が立つ。本当に、本当に素晴らしいことです」
「まあ……そうだけどよ」
「素直じゃないね」
「なにがだよ」
「もっと喜べばいいのに」
「喜んでるっつの」
圭吾は、声を荒げて顔を背けた。まるでこちらの心情など見透かしているといわんばかりの親友たちの反応が、あまりにも鬱陶しかったからだ。
いつもの四人だ。米田圭吾、中島蘭、阿弥陀真弥、百合丘紗江子。
当然、戦団本部に向かって移動している最中だった。東街区篠原町からであっても、空を飛べば、一っ飛びに本部町に辿り着く。
戦団本部に近づくにつれて、人混みが増している。地上よりも上空が大渋滞といった有り様で、だから圭悟たちは、本部町の目前で地上に降りることにしたのである。
だれもが平然と飛行魔法を使えるようになれば、地上を移動するよりも上空を飛び回る人数が増えるのは、当然の結果だろう。
空を飛ぶほうが遥かに自由度の高い移動ができるし、直線距離で移動することで時間の短縮にもなる。
とはいえ、本部祭のような央都を上げてのお祭りごととなれば、上空で法器渋滞が発生することもあり、そうした場合には地上を移動する方が早かったりもするのだ。
そうして、戦団本部に辿り着く。
ここ最近、要塞化が著しいと噂の戦団本部は、権力的で威圧的な外観になっているのではないか、という声も多い。しかしそれもこれも、戦団本部が襲撃され、損害を被ったからだというのが、戦団側の意見だ。
戦団本部は、堅牢強固でなければならない。
戦団本部は、戦団の本拠地というだけではない。央都の、人類生存圏の中枢といっても過言ではないのだ。地下にネノクニがあるとはいえ、人類復興の最先端に立っているのは戦団であり、戦団本部が壊滅するような事態になれば、人類復興が大きく遠のくのはいうまでもない事実だった。
だから、というわけではないが、戦団本部が以前にも増して威圧感たっぷりな城塞の如く聳え立っている様は、圭悟には頼もしく思えた。
しかし、そんな城塞が、正門を解放し、市民を受け入れている光景を見れば、不思議な気分にならざるを得ないのも事実だ。
本部の護りを固めつつも、市民との交流を図ることを忘れないという戦団の姿勢は、もちろん、決して矛盾してはいない。
市民あっての戦団であり、戦団あっての市民なのだ。
「本部祭となりゃ、さすがの人出だな」
「そりゃあそうでしょ。各基地でも開催されているといっても、中心となるのは戦団本部だもの。央都中から集まってきてるのよ」
「ネノクニからの観光客も多そうだね」
「そうでしょうね。本部祭期間中は、普段よりも開放範囲が広くなっていますから、それが目当てで訪れる方々も多いでしょう」
「ま、新星乱舞を現地で見れるのは、選ばれた極一部の人間だけだがな」
などと圭悟がふんぞり返ろうとしたので、真弥がその背中を小突いて前進を促した。いつの間にか立ち止まっていたのだ。
戦団本部に向かう人の数は、近づけば近づくほどに増えている。立ち止まっている余裕はない。
「選ばれた、じゃなくて、選んでくれた、の間違いでしょ」
「ならば、一部の選んでくれた――」
「もういいから。それ、ただの友達自慢でしょ」
「おう」
「おう、じゃないわよ」
真弥の呆れ果てた言葉には、紗江子と蘭は顔を見合わせ、笑うしかなかった。
圭悟と真弥が言及しているのは、本部祭特別招待券のことだ。
携帯端末に登録されたそれを用いれば、本部祭で様々な優遇を受けることができるという。新星乱舞を会場で観戦できるのも、この招待券を持つ人間だけだ。
圭吾たちは、幸多からこの招待券をもらったのだ。
幸多が、新星乱舞に参加するからだ。