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第千三十六話 前夜(四)

 今月、水穂みずほ基地に滞在しているのは、第七軍団の導士たちだ。

 真夜中、基地内を見回ったり、あるいは屯し、休憩中の導士たちの顔と名前が一致するのは、一二三ひふみが情報通だからにほかならない。少なくとも、今月の頭までに入団した導士ならば、一人残らず知っているし、記憶している。思い出すことも出来る。

 記憶力の良さもまた、一二三にとって特筆とくひつするべき能力なのかもしれない。しかし、そうした知識をひけらかすべきではないと釘を差されてもいる。

 透明な存在としてレイライン・ネットワークをおよぎ続け、様々な物事を見聞みききしてきた。一般市民の雑多な会話だけならばまだしも、戦団の重要機密までも知ってしまっているとなれば、そうした知識は記憶の奥底に封印しておくべきなのだ。

 そのように忠告してくれたのは、日岡ひおかイリアである。

 一二三が肉体を得た興奮のあまり、知る限りのことをイリアに話した結果、そのように警告された。イリアから見ても驚くべき情報量であり、一二三を警戒対象にする必要があるかもしれないなどと冗談交じりにいってくるほどだった。

 しかし、一二三には、どういった情報が戦団の重要機密なのか判別することは難しく、故に、イリアにいわれるまま、硬く口を閉ざすことにした。

 幽霊時代に知った情報を放言するのは、他者との交流をする上で問題になりかねず、一二三の今後の人生にとって重大な欠点になるかもしれない――一二三は、イリアのそうした忠告を言葉通りに受け取り、従った。

 イリアがこの上なく聡明そうめいな人物であり、幸多こうたが頼りにしている代表格だということも、大きい。

 幸多が全幅の信頼を寄せているのだ。

 一二三も彼に倣うことにした。

 一二三は、多弁だ。義一ぎいちに指摘されるまで気づかなかったが、どうやら途方もなくお喋りらしく、注意していなければついつい余計なことまで口にしてしまいそうな危うさがあった。

 だから、できる限り口を閉ざそうと思うのだが、そうもいかないという現実があった。

 自分の面倒を見てくれている第六軍団の導士たちとは、仲良くなりたかったし、相互理解を深めたかった。

 ようやく、やっとの思いで、他人と交流することができるようになったのだ。

 言葉と、身振り手振りで、己の感情を表すことができるようになった。

 その感動は、一二三以外のだれにも理解できないのではないか。

「それは……いいすぎかな」

 水穂基地内を浮遊して回るのは、幸多たちの姿がないものかと思ったからだが、どうやら彼らは任務を終え、帰宅しているらしかった。

 幸多率いる真星しんせい小隊は、水穂基地での任務中、市内にある幸多の実家で寝泊まりすることにしているらしく、そのことを一二三がうらやまない理由がなかったが、こればかりはどうしようもない。

 一二三は、まだ魔法士としての訓練を受け始めたばかりで、子供が学ぶような基礎中の基礎から教わっている最中だった。

 魔素まそや魔力、練成れんせい律像りつぞうなど、情報としては完璧に理解していると思い込んでいて、簡単にできるものだとばかり考えていたのだが、どうやらそれは単なる思い違いだったらしい。

 数多の魔法士、無数の導士の活躍を情報の海に見てきたからこその勘違いだ。

 魔法など、だれもが簡単に扱えるものだとばかり想っていたのである。

 とはいえ、神木神威こうぎかむい複製体クローンである。魔法士としての素養そようは、並外れたものであるはずだったし、一二三を指導してくれていた導士たちにいわせても光るものはあるから、へこたれず、諦めずに訓練を続ければすぐに使えるようになるだろう、という話だった。

 もちろん、そんなことでくじけるような一二三ではない。

 透明な存在としてこの十数年を生きてきたのだ。

 他人に認知して貰えるというだけで喜びもひとしおだったのに、いまや導士に指導してもらえているのである。

 魔法士になる。なって見せるという強い決意が、一二三の胸の奥で燃え上がっていた。

 そしてなにより、幸多の力になるためには、魔法士としての実力を磨き上げなければならないのだ。

 だからといって、焦らず、はやらず、じっくりと基礎から固めるべきだという義一からの忠告を胸に刻み、今日も訓練にいそしんだわけだが。

 幸多たちのいない水穂基地に興味はなく、基地を離れ、夜空を舞った。降り注ぐ雪の狭間を縫うように、空をおよぐ。

 まるで熟練の魔法士が飛行魔法を使っているかのようだったが、しかし、自分がこれほどまでの魔法を自在に操れるようになるには、どれほどの時間がかかるのかと考えれば、頭が痛くもなる。

 幽体離脱している状態には、物理法則もなにもあったものではない。

 重力を無視し、物質を無視し、あらゆる遮蔽物、障害物も、一二三の前では無力だった。

 この能力がもし思い通りに発動できるのであれば、たとえば〈殻〉を攻略する際にも大いに役立つのではないか、と、妄想する。

 この霊体を認識できるのは幸多だけであり、幻魔の目にも留まらないことが実証されているのだ。

 大量の幻魔が満ち溢れる〈殻〉内部を先んじて偵察するといったことができれば、戦団にも、幸多のためにも役立つかもしれない。

 そんなことを考えていると、雪化粧ゆきげしょうを纏った御雷山みかづちさんが見えてきた。その麓に皆代家があるという情報は、当然のように知っているし、その情報通りに一軒家が立っていた。

 それも古い知識だった。

 完全無能者・皆代幸多の存在は、古くは、彼が生まれて間もない頃、世間を騒がせた。これまで数多と記録されてきた先天的魔法不能障害とは比較にならない、魔法史上初となる完全無能者が、幸多なのだ。

 話題にならないわけもなかったし、騒動にならない理由もなかった。

 しかし、そうした騒ぎは、時間とともに忘れられるものだ。

 再び、幸多の存在が脚光を浴びたのは、皆代統魔(とうま)たぐまれな魔法的才能の持ち主であり、十歳にして戦団が勧誘したという話があったからだ。

 そのころ、一二三は、透明な存在として皆代家を訪れたことを覚えている。残念ながら幸多に会うことはできなかったし、おそらくだが、そのころの幸多には、一二三を見いだせなかったのではないか。

「あれから六年かな」

 一二三は、御雷山麓の小さな一軒家の玄関前に立ち、つぶやいた。その声を聞くことができるとすれば幸多だけだが、その幸多は、おそらく寝入っていることだろう。

 真夜中なのだ。

 皆代家の屋外灯はともかく、屋内からは光ひとつ漏れていなかった。

 寝静まっている。

「お邪魔しまーす」

 玄関扉を擦り抜けて、屋内に入り込む。

『一二三。きみは、まだまだ子供だ』

 不意に、兄に言われた言葉が脳裏のうりよぎった。

『肉体的にはぼくたちと変わらないが、精神面では子供のそれとしか言い様がない』

 そしてそれは致し方のないことだ、とも、義一はいった。

 ひとは、社会の中で生きている。周囲の人々から様々なことを教わり、学び、自分というものを構築していく。

 学校で、世間で、戦団で。

 そうして義一はいまの自分が出来上がったのだといい、それもまだまだ発展途上だと自覚しているともいっていた。

 それが、一二三には圧倒的に欠けていて、そこが大いなる懸念点けねんてんだと、彼はいった。

(そう……なのかな?)

 一二三には、義一のいいたいことがいまいちよくわからない。

 自分がどういう人間なのかも定かではないのだ。

 なんといっても、つい先日まで人間ですらなかった。水槽の中に浮かぶ一個の脳みそに過ぎなかったのだ。

 このように幽体離脱して飛び回ることになんの問題があるというのだろう。戦団のための活用方法を考えるようになったのだから、それだけでも十二分に成長しているのではないか、と、自負するのだが、どうか。

 皆代家の廊下を進み、二階へ上がる。幸多の部屋に入り込むと、寝台を占領する二人を発見した。

 九十九真白つくもましろ黒乃くろのだ。

 床に敷かれた布団には、義一が寝ている。

 真星小隊の四人を受け入れるとなれば、このようにならざるを得ないのもわからないではないが。

 幸多は、どこにいるのか。

 一二三は、少し考え込んで、隣の部屋を覗き込んだ。

 やはり、幸多は、統魔の部屋の寝台で眠っていた。


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