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第千三十四話 前夜(二)

 十二月二十四日。

 冬陽祭とうようさい前日である。

 かつてはクリスマスイブと呼ばれ、浮かれ気分の人々で溢れかえっていたといわれているが、それも今や昔の話だ。

 現代――この央都においては、前日だからと特別盛り上がるという話は聞いたことがない。

 そもそも、冬陽祭そのものが二週間ほどの長期間に渡って繰り広げられるものであり、期間中、常に盛り上がっているようなものなのだ。

 冬陽祭当日は、それこそ、央都を上げてのお祭り騒ぎになるのだが。

 幸多こうたは、小隊任務を終え、水穂みずほ基地に帰投きとうすると、基地内の暖かな空気に包まれるのに身を任せた。闘衣とうい導衣どういが体温を維持してくれているとはいえ、吹きすさ寒風かんぷうが皮膚に突き刺さり、冷たかったのだ。

 隣で、真白ましろ大欠伸おおあくびを漏らした。

「今日は本当に退屈だったなー」

「退屈は平和の証だよ、兄さん」

「んなもん、わかってるっての。でもよー、ただ待機してるだけだと体がなまって仕方がねえよー」

「うん。だから、訓練所に行こ」

「おう! 隊長も行くよな?」

「もちろん」

 幸多は、当然と言わんばかりに同意を求めてきた真白に頷き返すと、義一ぎいちを見た。義一も小さく頷き、水穂基地内の訓練所へと歩を向ける。

 任務に関する報告書は、既に提出済みだ。

 基地に帰投すれば、後は好きにしていいというのが、戦団の決まりである。つぎの任務までじっくり休養するのもよし、出かけるのもよし、時間の使い方に制限はない。

 しかし、大半の導士は、基地内の訓練所に直行するものだ。

 余程空腹だったり、疲労困憊ひろうこんぱいでもなければ、時間の許す限り訓練所に入り浸るのが導士の日課といっていい。

 サタンの出現以降、幻魔災害が頻発ひんぱんするようになったとはいえ、なにも起こらない日のほうが圧倒的に多いのが現実だ。幻魔災害や魔法犯罪が起きなければ、導士たちに出番はなく、体を動かすことも、魔法を使う機会もない。

 当然、そんな日が連続すれば、戦闘の勘が鈍り、体の動き、意識の働きも悪くなる。

 故に、日夜訓練所に通い詰め、幻想空間上で自分自身をいじめ抜くのである。

 戦団が運営する訓練施設は、央都四市の各地に点在しているが、基地内の訓練所がもっとも機能が充実しているのはいうまでもない。

 訓練所の建物自体も大きく、部屋数も多い。

 基地に待機中の導士たちや、休養日の導士たちが、訓練にこそ時間を費やすのは、導士としての使命感もあれば、向上心の塊でもあるからだろう。

 そうでなければ、導士になどなるまい。

 導士とは、死に立ち向かう職業だ。

 先の大戦でも、数多くの導士が命を落とした。

 戦団は、戦闘部の人員を少しでも増やすべく、様々な手を打っており、どうにかして補充しつつあるという話だ。本来ならば戦団の入団規定に届かない魔法技量の持ち主すらも導士として採用し、戦闘部に配属しているという噂もある。

 そうして入ったばかりの新人たちがまず行うことといえば、やはり、訓練だ。訓練と研鑽に明け暮れなければ、規定未満の導士を実戦配備することなどできるわけもない。

 それは、それとして。

 幸多たちも、日夜、猛特訓に明け暮れている導士の一員である。

 水穂基地の訓練所に入ると、待機所に人集りが普段とは比べものにならない人集ひとだかりができていた。任務外の導士のほとんど全員が集合しているのではないかというほどであり、あまりの熱気に汗すら流しているものが見受けられるくらいだ。

「なんだなんだ?」

「さあ?」

 幸多たち四人は、顔を見合わせ、待機所に向かった。訓練室の手続きを義一に一任するのはいつものことだからなのか、幸多たちが頼むまでもないことである。

「これはこれは真星しんせい小隊の皆様お揃いで。任務は終わったのかな?」

 幸多たちが待機所に足を踏み入れるなり、中継映像を食い入るように見ていた導士の一人が、こちらを振り返った。

「はい。少し前に帰投したところです」

「ふむ。帰投即訓練とは、さすがの向上心だ。感心感心」

 そういって幸多たちを褒め称えたのは、魚橋克典うおはしかつのりという導士だ。乳白にゅうはく色の髪色がなにかと目立つ男で、優しげな風貌通りの人間性の持ち主である。階級は、煌光級三位で、第七軍団十杖長の一人である。

 第七軍団の中では年長者であり、長老と呼ばれることも少なくなかったし、本人もそう呼ばれることを面白がっているらしい。

「杖長こそ、訓練所に通い詰めじゃないですか」

「日夜鍛錬と研鑽けんさんを積み重ねなければ、あっという間に衰え、耄碌もうろくするものだ。とくにわたしのような老人は、衰えが早いものだからね」

「老人なんて年齢じゃないだろ」

 苦笑とともに告げたのは、荒井瑠衣あらいるいだった。いつのまにか幸多の隣に立っていた。 

「杖長が揃って観戦ですか?」

「そうさ。なんといっても、軍団長直々に組み手をしてくれるっていうんだからね」

 瑠衣は、幸多に片目を瞑って見せて、待機所の超大型幻板を促した。

 待機所に集まった導士たちが食い入るように見つめているそれには、瑠衣の言葉通り、伊佐那美由理いざなみゆりが映し出されており、苛烈にして美麗なる氷魔法が戦場を氷漬けにするところだった。

「なるほど」

「そりゃあこんだけ集まるわな」

「みんな、軍団長の手解きを受けたいんだ」

「ま、手解きなんて生易しいもんじゃないけどね」

 瑠衣が笑ったのは、それこそ、つい先程コテンパンに伸されたからにほかならない。

 杖長ほどの実力者であっても、伊佐那美由理の圧倒的魔法技量の前では為す術もないのだ。

 いま、美由理が撃破したのは、杖長の躑躅野莉華つつじのりかであり、その幻想体が儚くも砕け散る様は、幻想的ですらあった。

「見てのとおり、杖長は一対一で挑んでいるが、小隊は小隊全員で挑んでいいとのことだ。まあ、当然だな。生半可な実力で美由理様相手に一対一で挑むなんざ、まったくの無意味だ」

「無意味……」

「瞬殺されたら、訓練にもならないだろう」

「そうですね」

 しかし、と、幸多は想うのだ。

 美由理が最初から全力を発揮するというのであれば、小隊で挑んだところで、大した経験にはならないのではないか。

 美由理がそこら辺を上手く調整しないとは、考えにくくもあるが。

 幸多は、真白たちと話し合い、美由理に挑戦することにした。

 

「いま話題の超新星も、この程度ではな」

 美由理の勝利宣言は、しかし、愛に溢れたものだということは、幸多にははっきりと伝わってきていた。

 幻想体と同期していた意識が、幻想空間から現実世界へと回帰していく暗転の中で。

(いやまあ、わかりきったことではあったけどさ)

 しかし、いくらなんでも早すぎないか、と思わないではない。

 まさに秒殺である。

 戦闘開始と同時に解き放たれた美由理の魔法が、真星小隊を分断した。真白が巨大な氷塊に閉じ込められて圧殺されたのである。防手ぼうしゅにして小隊の要を失った幸多たちは、美由理に一矢報いようとしたが、最初から全身全霊の力を発揮していた相手の前では、やはりどうすることもできなかった。

 銃王弐式じゅうおうにしき撃式げきしき武器による弾幕だんまくも、黒乃くろのの破壊的な攻型魔法も、義一の攻型魔法の雨霰も、美由理の超絶的な規模の氷結魔法の前では意味を持たなかった。

 だが、完膚かんぷなきまでに敗れ去れば、むしろ、心地が良いとさえ思えるのは不思議だ。

 圧倒的力量差を認識し、向上心が刺激されたからなのか、どうか。

 訓練室の寝台で起き上がると、同じように目を輝かせた真白や義一、黒乃と目が合って、幸多は、笑った。

 彼らと小隊を組んだのは、間違いではなかった。

 それどころか、大正解も大正解だ。

 だれもが、並々ならない向上心に満ちている。

 明日は、冬陽祭当日。

 戦団本部で開かれる本部祭には、真星小隊の出番がある。

 新星乱舞。

 選りすぐられた若手導士の小隊による勝ち抜き戦は、本部祭恒例にして目玉企画の一つだ。

 いまこの瞬間、美由理に完封負けを喫したことによって、幸多たちは、俄然がぜんやる気になった。

 なんといっても、今年の新星乱舞は、皆代小隊の一強にして独走といわれているのだ。

 なんの対策もなく挑めば、美由理を相手にしたときのように瞬殺されるのが、落ちだ。

 それでは、あまりにもつまらない。

 前評判通りの結果に終わらせないためにも、幸多は、打倒皆代小隊を掲げたのであった。

「いや、それは無理だろ」

「兄さん……それはそうだけどさ……」

 九十九兄弟の冷静極まりない一言が、耳に痛かったが。


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