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第千三十三話 前夜(一)

 この暗闇を照らしているのは、虚空に並べた無数の幻板げんばんが発する淡い光だ。空気中に満ちた魔素まそ投影とうえいされた板状の立体映像。実体を伴っているかのように見えてその存在は希薄そのものであり、実際に触れることはかなわない。幻板の魔素質量たるや微々たるものに過ぎないのだ。

 万能演算機が出力する無数の幻板、それらに表示された情報を見比べながら、ふと、そんなことを考えてしまったのは、きっと脳が疲れているからだろう。

 頭を使いすぎて疲労したときには、どうでもいいことを考えることによって少しでも回復しようとする癖がある。

『今年は例年以上に圧倒的な結果になりそうだが』

 不意に飛び込んできた声に、一瞬、頭の中が真っ白になった。あまりにも予期せぬ出来事だったからだ。

城ノ宮(じょうのみや)副局長……」

 イリアは、通信機越しにその名を発しながら、疲れ切り、惰性に流れ落ち始めていた頭脳が全力で回転し始めるのを感じた。

 技術局第四開発室局長執務室。

 室内には、イリアと愛猫あいびょうのソフィアしかいない。ソフィアは、いつものようにイリアの膝の上で丸くなっていて、規則正しく呼吸している。

『なにを驚いているのかな?』

「あなたは……謹慎きんしん中でしょう」

『職務にはついていないよ。この通信は、極めて個人的なものだ。私的な、ただの暇潰ひまつぶしだ』

「暇潰しに技術局第四開発室長の貴重な時間を奪おうとは、いい度胸ですね」

越権えっけん行為かつ重大な命令違反を侵した人間だよ、わたしは』

「……ああいえば、こういう」

 わかりきったことではあったが、城ノ宮明臣(あきおみ)相手に言い争いで勝てる見込みはなく、イリアは、嘆息たんそくとともにつぶやいた。正論をぶつけても、意味がない。

 演算機の鍵盤けんばんを指で叩き、幻板に表示した映像を拡大する。

 幻板は全部で十二枚。第一から第十二軍団から選抜された小隊が映し出されている。それら全十二の小隊は、本部祭ほんぶさい恒例の新星乱舞しんせいらんぶに出場することが決まった小隊であり、小隊ごとの詳細な情報が幻板一枚ごとに収まっているのだ。

『きみらしくないな。随分と疲れているようだが、なにか問題でもあったのかい?』

「そちらは元気が有り余っているご様子ですね。半年間の謹慎処分は、良い気分転換になっているようで」

『それは否定しないが……しかし、あまり気分のいいものではないよ』

 明臣が通信機の向こう側で苦虫にがむしつぶしたような顔をしているのが想像できて、イリアは、なんともいえない表情になる。

 彼の暴走は、城ノ宮明臣という人間を知っているものほど、深く大きな衝撃を受けたものだったし、想像だにできない出来事だった。

 無論、彼が日流子ひるこ溺愛できあいしていたことを知らないものはいない。

 妻子の命を幻魔に奪われたことによって、その心の内に復讐の炎を燃え盛らせていたことは理解していたものの、それがあのような行動に走らせる引き金になるなどと、だれが想像しよう。

 彼は、情報局副局長だ。

 数十年の長きに渡って戦団の運営に携わり、数多の導士の死を見届けてきている。

 冷静に、冷徹に、冷酷に。

 戦団のあらゆる情報を司る部署に務めているということは、つまり、そういうことなのだ。導士たちの、同胞たちの死も、事務的に処理しなければならないし、そこに感情を乗せてはならない。それでは、職務を全うすることなど不可能だ。

 彼は、これまでそうしてきたのだ。

 本当に、ずっと、そうしてきた。

 それが突如として暴走した原因がどこにあるのかといえば、やはり、愛娘の死に求めるしかあるまい。

 戦闘部軍団長の務めを全うするべく、部下たちを死の危機から救うべく、己が命を燃やし尽くした城ノ宮日流子。彼女の死は、戦団にとってだけでなく、人類にとって大きな損失であり、戦団戦略の致命的な失態であるということは、護法院も認めるところだ。

 そうした事実を受け入れ、それでも職務に忠実たろうとしていた彼が、突如、暴走した。

 たがが、外れたのだ。 

 結果的には、彼の行動は意義があった――といえるのか、どうか。

 明臣が暴走し、カラキリを駆り出すまでもなく、真星しんせい小隊は殻石クリファ破壊を成し遂げられたのではないか、という意見もあるし、明臣がカラキリを持ち出したからこその成果だという声もある。

 故に、明臣は、半年間の謹慎処分で済んだともいえるのだ。

 もし明臣の暴走が、ただ戦場に混乱を撒き散らすだけのものだったならば、謹慎処分程度では済まなかっただろう。

 明臣がどれだけ戦団にとって必要不可欠な人材であっても、けじめは付けなければならない。

 団法だんぽうに照らし合わせ、厳正げんせいな処分を下さなければ、戦団の秩序が根底から揺らいでしまう。

 戦団は、この地上の、央都社会の根幹である。戦団が揺らげば、央都社会そのものが混乱するはめになりかねない。

 だからこそ、団法は冷厳にして絶対でなければならないのだ。

 が――。

『まあ……そんなことを話したくて声をかけたわけではないのだが』

「では、なんのご用件です。わざわざ賢人けんじん符号ふごうを用いたということは、聞かれたくないからでしょう」

 そして、賢人の符号を用いれば、システムの監視網かんしもうを容易く無視できるからだ。いまこのように明臣がイリアに話しかけることができているのも、彼が賢人であり、符号を利用できるからにほかならない。

 でなければ、ネットワークを介した通話を試みた時点で、感知され、遮断されるものなのだ。

 謹慎処分とは、そういうものだ。

『聞かれても構わないさ。ただの暇潰しといっただろう』

「……そうですか」

『きみはノリが悪い』

「そういわれたのは今回が初めてです」

『ふむ。つまり、わたしが毛嫌いされている、と』

「そうはいっていませんが」

 イリアは、小さく息を吐き、幻板に表示する情報を切り替えていく。

「ただ、城ノ宮副局長とはあまり関わりがなかったので、どのように対応すればよいのか、よくわらかないだけです」

『ふむ。身内には、くだけた態度で対応できる、というところかな』

「人間とは、そういうものでしょう」

『その通りだ』

 そして、明臣がイリアに打ち解けて欲しいなどと思っていないことは明らかだ。

 互いに理解し合おうなどと微塵みじんも思っていないのだ。

 同じ組織に属するものではあっても、こころざしは、必ずしも同じではない。

 志を同じくする戦団の導士とは、関係性が異なるのだ。

 故に、イリアは、明臣から話しかけてきたことに驚きを覚えている。彼が謹慎処分を喰らってなければ、このような状況に陥ることはなかったのではないかとすら思えるほどにだ。

『……さて、話を戻そう。今年の新星乱舞は、一方的な展開になりそうだが、そこのところ、上層部はどう考えているのかね』

「さて、上層部の考えはわかりかねますが……」

『つまらない冗談をいうものだ』

 イリアが上層部の一員であることを踏まえた上で、明臣が告げてくる。

 イリアは、肩をすくめ、右手で愛猫の背を撫でた。暖かな体温が手のひらから伝わってくる。

「上層部は、皆代みなしろ小隊が圧倒的大勝利を収めると見ていますよ。わたしもその意見に賛同していますし、否定する要素はどこにも見当たりませんね」

 冷酷に、冷静に。

 イリアは、十二小隊の戦績を見比べるまでもなく、判断を下す。

 第一軍団・白馬はくば隊。

 第二軍団・式守しきもり小隊。

 第三軍団・宇佐崎うさざき小隊。

 第四軍団・ラッキークローバー。

 第五軍団・岩岡いわおか小隊。

 第六軍団・銀星ぎんせい小隊。

 第七軍団・真星しんせい小隊。

 第八小隊・フルカラーズ。

 第九軍団・皆代小隊。

 第十軍団・草薙くさなぎ小隊。

 第十一軍団・竜胆りんどう小隊。

 第十二軍団・加納かのう小隊。

 この全十二の小隊の中でも特筆するとなれば、やはり皆代小隊にならざるを得まい。

 隊長の皆代統魔(とうま)は、出場者の中で唯一の煌光級こうこうきゅう導士である。その実力、戦績ともに他を圧倒し、絶対的といっても過言ではなかった。

 統魔だけではない。

 皆代小隊を構成する隊員のいずれもが優秀にして有能な導士なのだ。しかも六人小隊である。

 他は、四人小隊ばかりだから、その点でも皆代小隊が優勢といえるだろう。

『きみの推している真星小隊では、皆代小隊に勝てないと?』

「十中八九、勝てないでしょう」

『ふむ』

「わたし個人としては真星小隊を、幸多こうたくんを全力で応援していますが、それとこれとは別の話です」

 イリアは、冷ややかに告げた。

 個人の感情を分析結果にねじ込めば、なにもかもがおかしくなる。

 真星小隊が、皆代小隊に匹敵するかそれ以上の成果を上げているという事実は否定しないが、小隊としての戦力差は如何ともしがたい。

 こればかりは、幸多の特異性でもってしても、どうなるものでもあるまい。

 統魔は、圧倒的だ。


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