第千三十二話 仲間と(十六)
金田朝子、金田友美は、昔から仲の良い姉妹だった。
金田家は、魔法社会にありふれた魔法士の家系である。両親も祖父母も全員が魔法士であり、生まれながらに魔法に包まれた人生を送ってきていたし、物心ついたときには魔法に触れていた。央都市民ならば、だれもがそうであるようにだ。
朝子も友美も、魔法に慣れ親しみ、魔法士としての才能を生まれ持っていたということもあって、周囲から期待されていた。
その期待というのは、社会での活躍であって、戦団に入団することではない。
導士は、央都市民ならばだれもが褒めそやす、極めて重要かつ必要不可欠な職務だ。人類の守護者にして、先導者であり、英雄たち。人類復興の先駆けであり、幻魔殲滅の旗手。
戦団と導士があればこそ、央都社会が成立していることは、市民ならばいわずとも理解していることだ。
とはいえ、市民のだれもが導士になりたいとは思わないし、我が子を導士にしたいとは考えない。
導士は、死と隣り合わせの存在なのだ。
どれだけ魔法的才能を持ち合わせて生まれたとしても、我が子をそのような場所に送り込みたくないと考えるのは、ごくごく普通の、一般的な感覚であり、感情だろう。
金田姉妹も、そんなありふれた家庭に生まれ育ち、中学、高校と進学した。
朝子は天神高校へ、友美は御影高校へとそれぞれ進学したのには、特に大きな意味や理由があるわけではない。
元より仲の良い姉妹だった。
対抗戦決勝大会では激しくぶつかり合っていたものの、それこそ、仲の良さを証明する出来事に過ぎない。仲が良いからこそ、試合の場では決して手を抜くようなことはしない、と、互いに心に決めていたのだ。
その結果、常に二人の間には火花が飛び交っているような状態であり、緊張感に満ちていたが、それそのものは良い経験だった、と、二人はよく振り返る。
そして、あの大会で優秀選手に選ばれると、姉妹は、二人きりで何時間も話し合った。
優秀選手に選ばれれば、戦団から勧誘される。
慣例として、だ。
草薙真のように頭抜けた魔法士ならばともかく、金田姉妹程度の魔法士など、掃いて捨てるほどいるのがこの魔法社会なのだ。
戦団が率先して二人を勧誘する理屈がない。
それでも、慣例として勧誘され、交渉の席に立つことになれば、考えざるを得ない。
自分は、どうしたいのか。
朝子と友美は、大いに悩み、両親や親族にも相談した。
家族は、二人が戦団に入ることに反対だった。
それはそうだろう。
それまで大切に育ててきた愛娘たちが、いつ死んでもおかしくない戦場へと飛び込むなど、とてもではないが応援できることではない。
だが、そんな親類縁者の反応を見て、ふたりは、戦団に入ることを決めたのだ。
自分たちを全身全霊で愛してくれる両親、祖父母、親族に、どうすればこの想いを返すことができるのか。
考え抜いた末に辿り着いた結論が、導士として一体でも多くの幻魔を討ち滅ぼし、央都の平穏を護ることだった。
そして、二人して第六軍団に配属されるとなったときには、自分たちの選択が間違っていなかったと歓喜したものだ。
第六軍団といえば、新野辺九乃一の軍団である。
あの新野辺九乃一だ。
二人が大興奮の中で新野辺九乃一の面談を受けたのも当然だったが、残念ながら、九乃一と師弟の契りを結ぶことはできなかった。
『きみたちは特異な才能の持ち主だからね。ぼくの手には余るんだ』
とは、九乃一の弁。
それでも構わなかった。
二人は、暇さえあれば九乃一の側にいた。九乃一から吸収できるものすべてを取り込み、己の成長の糧としてきたのだ。
夏合宿では、九乃一だけでなく、伊佐那美由理や獅子王万里彩、そして数多の杖長たちから扱き抜かれたものだ。
そのおかげで、新人導士の中では抜けた存在感を発揮しているらしい。
当人たちには、これといった実感はないのだが、どうやらそのような立場にあるようだった。
『できることに全力で取り組む』
朝子と友美は、二人で取り決めた約束にこそ、全力を尽くしてきた。
そして、白銀流星と出逢い、彼の小隊の一員となったのは、九月の中頃のことだ。
白銀流星は、輝光級三位の導士である。輝士ともなれば、それなりに有名であり、金田姉妹も同じ第六軍団の先輩である彼を知らないわけがなかった。
銀髪の貴公子然とした導士は、新たに小隊を編制するに当たり、第六軍団人材を物色していたらしく、金田姉妹に白羽の矢が立ったとのことだった。
既に出石黎利を確保していた流星は、金田姉妹さえ良ければ、すぐにでも小隊を結成できるということであり、ふたりは、二つ返事で受諾した。
流星の実力は知っていたし、人間性も第六軍団の中でも特に素晴らしいという話だったから、悩む理由がなかった。
導士として実績を積み上げていくのであれば、小隊に入るのが一番だ。
というより、小隊に入らなければ、まともな任務にありつけないといったほうが正しい。
小隊に入っていない場合、寄せ集めの小隊を組むことになり、そのような小隊に宛がわれる任務というのは、極めて単純かつ平凡なものばかりだ。
衛星任務の場合は、衛星拠点の防衛が主な任務となりかねない。
しかし、小隊に所属していれば、巡回任務はもちろんのこと、ダンジョン調査といった高難度任務を受けることも可能になる。
だから、小隊に所属することは重要だ。
金田姉妹が、銀星小隊に所属して三ヶ月が経過した。
隊長の流星や副隊長の黎利とも、気心の知れた関係性を構築することに成功していたし、防衛任務から衛星任務まで、数多くの任務をこなしてきた。
そして、新星乱舞の参加者に大抜擢されたのは、どうやら金田姉妹の活躍があってこそ、らしい。
そんな風にいわれると、やる気も出ようというものだ。
「新星乱舞の注目株にはなれないでしょうけど」
「そりゃそうよ。なんといっても、今年は超新星乱舞なんだもの」
幻想空間上で準備運動を始めた金田姉妹の発言に、流星は、頬を綻ばせた。
「超新星乱舞か。確かに、その通りだね」
新星とは、優秀な新人導士、若手導士のことをいう。
戦団が星を象徴としているから、導士や戦団に関連する用語には、よく星が用いられるのだ。
故に、新星の如き莫大な輝きを発する導士を、新星と呼ぶ。
そして、その中でも特に鮮烈な光を放つ存在を超新星と呼び表すのだ。
「皆代統魔、本荘ルナ、皆代幸多、伊佐那義一、草薙真……いずれ劣らぬ超新星ばかりだ」
それらが、今年の新星乱舞の主立った出場者たちである。
皆代小隊、真星小隊、草薙小隊――十六歳の若さで輝士となった彼らは、央都のみならず、双界に話題を振り撒いて事欠かない人気者たちだ。もちろん、その人気は実力に裏打ちされたものであって、戦団広報部の戦略が功を奏した結果などではない。
広報部が打ち出したアイドル部隊も、それなり以上の人気を博してはいるのだが、やはり、実績に敵う人気獲得方法はないのだ。
そんな実力者揃いの人気者集団の中に飛び込んで、銀星小隊がその存在感を発揮するには、やはり、金田姉妹の双肩にこそ、かかっているのはいうまでもない。
その二人は、同時に魔法を唱えていた。
「「魔魂共鳴法・魔身」」
金田姉妹特製の合性魔法が発動した瞬間、幻想空間全体が緊張した。