第千三十一話 仲間と(十五)
「仲良きことは素晴らしきかな」
白銀流星は、いつものように穏やかな口調でもって、金田姉妹を評する。表情も態度もその口調に相応しいもので、だから彼の隣は居心地がいいのだと出石黎利は思うのである。
白銀流星は、魔暦二百二年生まれの二十歳だ。新星乱舞に出場する小隊長の大半がこの世代であり、粒ぞろいの世代と呼ばれて久しい。
黎利は、流星の一つ年下であり、世代としては同じ括りになる。
ちなみに流星の階級は、輝光級三位。黎利はそれよりもずっと低い閃光級三位である。粒ぞろいの世代としては、黎利のほうは及第点といったところであろう。
透き通ったような銀色の長い髪が美しい流星の横顔は、ようやくこちらに戻ってきた金田姉妹に向けられたままで、その柔らかな眼差しも変わらない。
「それはその通りあのですが」
「なにか、問題でも?」
「先程の訓練を分析した結果です」
流星の疑問を受けて、黎利は、幻板を指で押すようにした。実際には触れることのできない立体映像は、しかし、黎利の指先を巡る魔素に反応して、彼女の想定通りの動きを見せる。
つまり、流星の眼前へと移動したのだ。
ちょうどそのとき、朝子と友美が、二人に特殊合成樹脂製の容器を差し出してきた。自動販売機で購入してきた飲み物だ。
「隊長、副隊長、お飲み物です!」
「ああ、ありがとう。いつもすまないね」
「助かりますわ、朝子さん、友美さん」
金田姉妹が率先して買ってきてくれた飲み物を受け取り、流星と黎利は笑顔を見せる。
銀星小隊の空気感は、いつだって緩やかだ。
そんな小隊ならばこそ、金田姉妹ものびのびと活動できているという自覚があったし、だからこそ奮起するのである。隊長、副隊長の力になりたい、と。
朝子が黎利の隣に座ると、友美は姉の右隣に腰を落ち着けた。
実戦形式の戦闘訓練を終えたばかりだった。肉体的にはなんら疲れていないのだが、精神的な消耗は激しく、回復するまでに多少の時間を要した。
喉が、乾いている。
幻想空間上の訓練は、肉体を駆使するわけではない。だが、強力な魔法を連発するとなれば、脳を酷使するということであり、その反動が神経接続によって脳に直接襲いかかってくるのだ。幻想空間上で積み上げた経験を実体へと反映させるとなれば、そうならざるを得ない。
幻想機や神経接続の設定次第では、脳への負荷を激減させられるという話だが、その設定では訓練の意味がなくなるという致命的な問題があった。故に、戦闘部の導士の幻想訓練となれば、通常通りの設定で行うのである。
果汁たっぷりのオレンジジュースを飲みながら、友美は、呼吸を整えた。
ここのところ、伊佐那一二三の身体機能制御訓練を見守っていたということもあって、多少、鈍っているのではないかという感覚があった。それは姉の朝子も同じであるらしい。
もちろん、一二三につきっきりだったわけではないのだが、彼の応援に熱が入り過ぎていたのも事実だ。
虚弱体質で特異《》とくい体質な彼が、魔法士としての素養に満ち溢れていたがために戦団に入り、せめて一端の導士になるべく日夜猛特訓に勤しんでいるとなれば、応援したくなるというのが、人情というものだろう。
一二三の身体能力は、忍びの道を余裕で制覇できるくらいにまでなっており、その成長速度には、金田姉妹も唸るほどだった。
それでも、まだまだ足りない。
戦士として戦場に立つには、なにもかもが足りないのだ。
しかし、その成長速度を鑑みるに、魔法士として完成した暁には、金田姉妹などあっという間に追い抜いてしまうのではないかと思えるのである。
だからこそ、応援しがいがある。
若く才能のある導士は、いくらでも欲しいのだ。
「なるほど。確かにこれは問題かもしれないな」
「はい。このままでは、新星乱舞で見せ場もなく脱落するかと」
「それはまあ……構わないのだけれど」
「まあ、そうですね。今年の新星乱舞にわたくしたちの出番はあってないようなものですし」
「ど、ど、どどどどういうことですか?」
「そ、そうですよ! 新星乱舞ですよ! 新星乱舞!」
どこか達観したような流星と黎利の会話が思わぬ方向に転がり始めたのを聞き咎めた金田姉妹は、二人して身を乗り出した。
「新人導士のだれもが憧れる大舞台じゃないですか!」
「絢爛群星大式典以上の!」
「うーん……どちらかといえば、大式典のほうが大切な気がするかな」
「隊長の仰るとおり。絢爛群星大式典は、導士をお披露目する大舞台。一方、新星乱舞は、毎年恒例のちょっとしたお遊びですもの」
「一年に一度しかないんですよ!?」
「大式典なんて、結構な頻度でやってるじゃないですか!?」
「それに、新星乱舞は、一度出場したら最後、二度と出場できないです!」
「その点大式典は、時期さえ合えば何度だって参加できます!」
「それは……まあ、そのとおりだね」
「確かに……一理ありますね」
流星が、金田姉妹の剣幕に気圧されることなく、普段通りの穏やかさで対応すれば、黎利も、そのようにする。流星が常にしっかりと安定してくれているからこそ、黎利もまた、安定していられるのだという自覚があった。
「では、朝子さん、友美さん、あなたたちは今日明日の二日間で調整して頂かないとなりませんよ」
「「はい!? どういうこと!?」」
金田姉妹は、想像だにしない黎利の発言に、驚きの余り互いの顔を見合わせた。
黎利の目の前まで飛び出してきて凍り付いた二人に対し、流星が小さく咳払いをする。
総合訓練所の休憩所である。
ほかにも多数の導士が訓練を終え、あるいは訓練の合間の休息中だった。金田姉妹が大袈裟なまでに反応をすれば、当然、注目を集める。
新星乱舞に出場することが公示されている時点で注目を浴びる立場ではあるのだが、しかし、彼女たちが騒ぎ立てなければ、これほどまでに好奇の眼差しに曝されることはなかっただろう。
もちろん、そんなことを流星が気にするわけもないのだが。
騒がしいのは嫌いではないが、金田姉妹のような賑やかさは好きだった。
彼女たちは自分が思ったとおりに、素直に反応し、行動するからだ。
そこに他意もなければ、利害もない。
ただただ真っ直ぐな心の投影。
そこには眩い星の輝きがある。
「まず、これを見ようか」
流星は、黎利から受け取った幻板を複製すると、姉妹に向けて弾いた。虚空を滑るように移動した幻板が、金田姉妹の目の前で停止する。
二人は、同時に目を見開くと、食い入るように幻板を見た。幻板には、さきほどの幻想訓練の様子が、分析結果とともに映し出されている。
「おれたち銀星小隊の要は、きみたち姉妹だということは、これまで何度も伝えてきたね」
「は、はい」
「畏れ多いことですけど」
「畏れ多いものか。きみたちを隊に迎えることができたのは、僥倖以外のなにものでもなかった。おれは幸運にも輝士になれたけれど、小隊を率いる立場になれば、その幸運も長続きするものではないと思っていたんだ。けれども、どうやらそうでもなかったらしい」
流星は、金田姉妹が幻板に表示された分析結果を目で追う様子を見つめながら、実感を込めて、告げた。
「黎利、朝子、友美。銀星小隊が新星乱舞に出場できるのは、三人が隊に入ってくれたおかげだ」
だから、新星乱舞の結果には拘らない、という気分があった。
銀星小隊の活躍も、その活躍に基づく新星乱舞への出場も、幸運が重なった結果に過ぎず、そこに己の力量が絡んでいるとは、とても考えにくい。
冷静に考えれば考えるほど、そうなるのだ。
「新星乱舞で少しでも結果を出したいというのであれば、きみたちが気炎を吐くことだ。もちろん、おれも全力を尽くすが、どうしたところで銀星小隊の要はきみたちだからね」
流星は、だからこそ、金田姉妹が本調子を発揮できなかった結果、新星乱舞で活躍できなかったとしても、仕方がないと思っているのだ。
金田姉妹の実力を知っているが故に。
金田姉妹に頼り切りの小隊だからこそ、だ。
すると、朝子と友美は、互いの目を見つめ合い、うなずき合った。
「隊長、副隊長!」
「任せてください!」
ふたりは、決然と言い放ち、訓練室へ向かおうとして、慌てた黎利に引き留められたのだった。




