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第千三十話 仲間と(十四)

「なにが駄目だったんすかねえ」

 天井照明てんじょうしょうめいの青白くもおだやかな光を見ていると、燃え盛っていたはずの闘志が急激きゅうげきに冷えていくような、そんな感覚に包まれてしまう。

 青色には鎮静ちんせい効果があるといわれて久しいが、戦団技術局が開発し、戦団関連施設の大半に用いられている天井照明の光は、その色だけでなく、そこに含まれる様々な要素が精神面での安定をもたらすという。

 魔法力学は、いまやこの世の根幹を成すといっても過言ではない。その魔法力学ちからを存分に活用した技術は、訓練に熱しやすい隆司にとっては有り難い存在ではあるのだが。

「全部だよ、全部」

「全部っすか。それは手厳てきびしい」

「当たり前だろ。三対一だぞ、三対一。おまえのほうが遥かに階級が上で、魔法技量に圧倒的な差があるっていうんなら話は別だが」

 龍哉りゅうやは、あきれ果ててどうしようもないといわんばかりにかぶりを振りつつも、自動販売機から取り出した炭酸飲料を隆司に放り投げた。隆司は、音だけでそれを認識し、天井を見上げたまま軽く受け止める。

 戦団本部・総合訓練所。

 その一角にある休憩所で、竜胆りんどう小隊は、猛特訓の合間の休憩時間を取っていた。

 雅人まさと章助しょうすけも、それぞれに好みの飲み物を手に、椅子に腰掛けたり、長椅子を占領するように寝転がっている。

 訓練所内の休憩所には、同じように訓練を終えたばかりの導士たちが何人もいて、思い思いの方法でくつろいでいた。

 休憩中も端末を開き、訓練の記録映像を見返しながら熱心に研究している導士もいれば、全力でだらけているものもいる。

 竜胆小隊は、どちらかといえば、だらけていることのほうが多い。

 本番さえ、任務中さえ全力を尽くすことができればそれでいい、という考えなのだ。

 もっとも、龍哉は、親衛隊立ち居振る舞いからして凜然としていて、だらけている様子を見せることがない。隆司はそんな龍哉だからこそ、隊長として尊敬してやまないのだ。

「階級的には、おれのほうが圧倒的に上だ。なんといっても輝光級三位だからな。おまえとは比較にならない」

「そりゃあ、まあ」

「実績でいってもだ。おまえの実績なんて、夏合宿に選ばれて鍛え上げられた程度だろ。輝光級には程遠く、閃光級にもなれやしない」

「はい……」

「そうへこむなよ。ただの事実だろ」

「うう……」

 がっくりと肩を落とす隆司を見て、龍哉は、微笑する。そこに彼の向上心が垣間見えるからだ。とはいえ、忠告はしなければならない。

菖蒲坂あやめざか隆司」

「は、はい」

「おまえ、焦ってんな」

「そ……そんなことは……」

 隆司の視線は、龍哉の目をまっすぐに見ていたはずだったが、その言葉とともに瞬く間に逸れていく。やがて、自販機と真剣に睨み合っている金田朝子かねだともこに注がれる。

 金田朝子、友美ともみの姉妹は、第六軍団の所属である。そして、第六軍団は、今月、第十一軍団と同じく葦原市の防衛任務に就いていた。

 故に、本部総合訓練所で出くわすことも、ないではない。

 不意に、視界に龍也の顔が飛び込んでくる。緑色の頭髪を長く伸ばした美男子である。貴公子とは彼のような人物のことをいうと評判だ。虹彩こうさいは、灰色。その瞳に、龍哉の顔が映り込んでいた。

「あるよな」

「……はい」

 隆司は、もはや認めるほかなかった。己の中の焦燥感しょうそうかんが、この連日連夜の猛特訓に現れている。そして、その訓練に付き合ってくれている小隊の先輩たちの人の良さには、涙が溢れるくらい感謝してもいた。

「わからんではない。夏合宿で同じ釜の飯を食った連中が、自分より圧倒的な速度で階級を駆け上がる様を見りゃあ、だれだって焦らずにはいられんよな。でもな、隆司よ」

 龍哉は、隆司の隣に座り直すと、金田姉妹がなにやら言い合いをした末、こちらを一瞥いちべつしてくる様を見ていた。賑やかな姉妹だ。いるだけでその場がぱっと明るくなるような、そんな存在感を持ち合わせている。

 彼女たちが龍哉にではなく、隆司に手を振ったのは、やはり夏合宿の仲間であり、同時期に入団した導士だからだろう。

「人間、自分にできることには限度ってもんがある。才能、素養そよう器量きりょう資質ししつ――それを現す言葉はいくつもあるが、そうした言葉に囚われて、本質を見失ってはいけない。いけないんだよ、隆司」

「はあ……」

「つまり、だ。己の能力と向き合い続けることが、より高みを飛ぶための最善手さいぜんしゅだということだ。ありもしない才能を求めて足掻あがいたところでどうもならんし、そこに救いもなけりゃあ希望もないんだよ」

「己の能力と向き合う……」

「おれは、そうしてきた。そもそもだな、おれだって大した才能があるわけじゃあない。同年代で飛び抜けているわけでもないしな。なんといってもおまえの同世代にも抜かれる始末だぜ」

皆代統魔みなしろとうま……ですか」

「……そいつは規格外で例外中の例外だろ、勘弁してくれよ」

 まさに絶望的な気分になったといわんばかりに頭を抱える龍哉を見つめながら、隆司は、彼も自分と同じような苦悩を抱えているのかもしれない、と思い始めた。

 無論、苦悩の差というのはあるのだろうが、しかし、だれもが己の魔法的才能について悩まずにはいられないのが魔法社会の現実だということを理解すれば、隆司自身の焦燥感が多少は薄れるような気がした。

「なんなんだよ、あいつは。なんたってあんなのが沸いて出てきたんだ? いや、そりゃ嬉しいよ、嬉しいさ。あんな怪物染みた導士は一人いるだけでも、とんでもないことなんだからな」

 龍哉の嘆きは、隆司には、あまり同調できるものではなかった。

 隆司にとって目の上のたんこぶといえば、草薙真くさなぎまことであり、金田姉妹であり、九十九つくも兄弟であり、皆代幸多(こうた)なのだ。

 皆代統魔まで行くと、同世代という感覚がなかった。一年早く入団し、既に輝光級だったということもあるのだろうが、それ以上に、場数が違い過ぎたし、経験値も実績もなにもかもが差がありすぎるのだ。

 一方、龍哉からしてみれば、自分の後輩である統魔が加速度的に昇格し、追い抜かされていったのだから、絶望的な気分にもなるものなのかもしれない。

「それにしたって、なあ?」

 龍哉が雅人や章助に同意を求める横で、隆司は、自分の苦悩がなんだかちっぽけなものに思えてきて、小さく笑った。

「なに笑ってんだよ、死活問題だろ、死活問題。新星乱舞しんせいらんぶには皆代小隊が出てくんだぞ」

 龍哉に軽く小突こづかれたから、隆司の笑顔はさらに大きくなった。

 竜胆小隊に入ったのは、間違いではなかった、と、いまさらのように確信したのだ。


「なんだかんだで上手くやってるみたいね」

 少しばかりほっとしたような朝子の言葉に、友美は、目を細めた。

「心配だった?」

「まさか。なんであいつの心配なんてしなきゃいけないわけ?」

「しなくてもいいけど、してそうだったから聞いたんでしょ」

「しないわよ」

「それならいいけど」

「まあ、少しくらいは気にしてあげてもいいけどね」

「嫌みったらしい言い方ね」

「あんたに言われたくないわよ」

「はあ?」

「なによ?」

 席に戻ってくる迄の間にいがみ合いを始めた金田姉妹を見つめながら、白銀流星はくぎんりゅうせいは、なんともいえない顔をする。いつものことだが、いつものことだからこそ、だ。

「……相変わらずの騒がしさだね、ふたりとも」

「仲の良い証ですわ」

 出石黎利いずしれいりが端末を操作しながら、肯定した。

 先程の訓練の情報を纏めるのは、いつだって黎利の仕事だった。そうやって毎回問題点や課題を洗い出し、つぎの訓練に反映させるのである。

 第六軍団・銀星小隊ぎんせいしょうたいは、そのようにして日夜小隊の練度を高めているのだ。


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