第千二十九話 仲間と(十三)
隆司が竜胆小隊に誘われたのは、夏合宿が終わってすぐのことだった。
戦団内の人事というのは、基本的には人事部が管理しているものの、戦務局は人事部の管轄外であり、極めて自由度が高い。最初に配属された軍団が気に入らなければ即時即刻別の軍団に移籍することも不可能ではないし、小隊であってもそれは同じだ。
もちろん、大量の導士が同時期に移籍するような事態になれば、人事部が介入しての調整が必要となり、時間もかかるだろうが、過去、それほどまでの事態に発展した例はない。
小隊間での移籍となれば、日常茶飯事に近いくらいの頻度で起きている。
隆司は、戦団に入ったばかりの新人導士であり、夏合宿時には、どこの小隊にも正式に所属してすらいない状態だった。
合宿直後、すぐさま竜胆小隊に誘われたのは、小隊長・竜胆龍哉のちょっとした勘違いによるところが大きいということが判明したのは、しばらく経ってからのことだったが。
竜胆龍哉は、軍団長・獅子王万里彩の熱烈な信奉者であり、獅子王万里彩親衛隊に入隊することが当面の目標であると公言して憚らない人間なのだ。
故にこそ日夜苛烈なまでの鍛錬を欠かさず、輝光級へと昇格できたとも言い放っており、輝光級を目指すのであれば、まず万里彩様を信仰することから始めるべきだと真剣に説いてもいる。
獅子王万里彩親衛隊は、獅子王万里彩の実弟・獅子王万里主が隊長を務める特務部隊である。その名の通り、万里彩の身辺警護に重きを置いており、万里彩に近づくことは愚か、連絡を取ることすら親衛隊を通して行わなければならないといわれているほどである。
万里彩は、そんな親衛隊の存在自体を公には認めておらず、むしろありがた迷惑といった素振りを見せているのだが、しかし、親衛隊のだれもが、それこそが万里彩軍団長の奥ゆかしさであり、尊崇するべき美徳であると受け止めているという。
そのため、万里彩は、任務に支障が出ない程度の活動ならば黙認することしかできなかったらしい。
隆司が万里彩から直接聞いたわけではないが、普段の言動からそのような考えなのは明らかだ。そして、そんな万里彩の考え方が、親衛隊の忠誠心をより強固にしていくのだから、悪循環というべきか、なんというべきか。
ともかく、そんな親衛隊への加入を目指す龍哉にとって、隆司の存在は見逃せないものだったようだ。
夏合宿の一員に選ばれたという時点で特別に目をかけられている、と、龍哉たち万里彩信者には受け取られていたらしい。夏合宿中、手解きを受けることも少なくなければ、合宿後も、直接的に指導されることもあった。そうした事実の積み重ねが、龍哉をして、隆司を部下に組み込むべきだと結論づけさせたようだ。
そんな龍哉の思い込みはともかくとして、竜胆小隊に勧誘された隆司は、一切の逡巡なく引き受けた。
導士としての人生を歩むのであれば、まずは小隊に所属するべきだ。そして任務を積み重ね、実績を積み上げていくのである。
小隊ならばどこでも良かったし、そもそも新人の隆司に選択肢などあろうはずもない。
その際、隆司は、龍哉から親衛隊に入ることを念頭に置いて活動するべきだと熱烈な説得を受けていたが、適当に躱している。
無論、隆司にとっても、万里彩は、やはり憧れの軍団長の一人だ。雲上人といっていい。
十二軍団長を始めとする星将たちは、いずれ劣らぬ魔法技量の持ち主であり、当代最高峰の魔法士である。
央都に生まれ育った魔法士ならば、物心ついたときから魔法を学ぶものだったし、その過程で戦団や導士について詳しくなっていくものだ。そして、導士への尊敬の念や憧憬を強くしていったものたちが、やがて導士を目指し、星央魔導院の門を叩くのだ。
隆司も、そんな一人だった。
けれども、入学試験では惜しくも落ちてしまった彼は、別の道を歩むことも一度は考えた。
命は一つ、人生は一度きり。
その人生をどうするべきか、十二歳の隆司には難しすぎる問題だったが、しかし、このような時代ならばだれもが直面する命題でもあった。
考え抜いた末、一般の中学、高校と進学した隆司は、魔法をさらに深く学ぶ中で、導士になることを夢想してしまった。そして、そのためのいくつかの方法を試み、その中で対抗戦決勝大会への出場権を獲得したものだから、死力を尽くしたのがこの六月のことだった。
優秀選手に選ばれることができたのは、それだけ、決勝大会で活躍し、魔法技量や魔法的才能を評価されたからだったし、第十一軍団への配属が決まったのは、軍団長に選ばれたからにほかならない。
そうなれば、万里彩への想いは、他の軍団長よりも強く深いものにならざるを得なかったが、なによりも夏合宿で散々に扱き抜かれたということも大きい。
万里彩の指導は、ほかの軍団長や杖長よりも余程厳しく、困難を極めるものだったが、それもそのはずだろうといまとなっては思うのだ。
(おれは……一般市民だった)
廃墟同然の戦場のただ中で、隆司は、空を仰ぐ。
竜胆龍哉、桜井雅人、椿章助の三人が、上空で散開し、三方に離れていく。
三対一。
このような形式の訓練を望んだのは、隆司にほかならない。
龍哉にはやめておいた方がいいといわれたが、しかし、冬陽祭を二日後に控えているとなれば、ちょっとやそっとのことではどうにもならないだろうという認識があった。
新星乱舞。
冬陽祭当日、戦団感謝祭とも本部祭とも呼ばれる恒例行事が戦団本部及び各基地で開催されることになっているが、その目玉企画の一つが、それだ。
戦団が誇る若手導士たち――いわゆる新星が乱れ舞うという趣向の企画は、全十二軍団からそれぞれ一小隊ずつ選抜された、全十二小隊が幻想空間上で激突し、勝敗を競い合うというものだ。
新星乱舞に出場する十二小隊は、戦団内部では既に発表されており、第十一軍団からは竜胆小隊が出場することになっていた。
だからこそ、隆司は、ここのところ気合いを入れて訓練に打ち込んでいるのだ。
もちろん、任務の合間に、である。
任務を疎かにしては、せっかくの晴れの舞台もなんの意味も持たなくなる。
導士とは、そういうものだ。
そして、導士とは、星央魔導院時代から徹底的に鍛え抜かれてきた選りすぐりの魔法士ばかりであり、対抗戦の結果が良かったというだけで戦団に勧誘された隆司とは、基礎や根本からして明らかに出来が違う。
(おれには、才能がない)
隆司がそのように自覚するようになったのは、いつからだっただろうか。
星央魔導院の入学試験に落ちたときか。
それとも、中学時代、何度となく訪れた入団の好機を尽くしくじったからか。
もしくは、幸運にも入団することができた結果、数多の導士と知り合い、魔法技量の圧倒的な差を認識してからか。
挫折したわけでは、ない。
ただ、事実を認識しただけのことだ。
その程度のことで挫折するようならば、入学試験に落ちた時点でこの世に絶望しているのではないか。
虎視眈々《こしたんたん》と、次の機会、さらなる可能性を追求しようとはしなかったはずではないか。
隆司は、呆れるほどの楽天家であると自負していたし、自他共に求める楽観主義者だ。
いつだって未来は明るく、希望に満ちていると信じていたし、絶対に導士になれると信じて、歩みを止めなかったのだ。
そして、己を信じてもいた。
だから、ここにいる。
「四百伍式・岩雨陣!」
「伍百伍式・天雷矛!」
龍哉の地属性魔法、章助の雷属性魔法が連続的に発動し、岩石が雨霰と降り注げば、その狭間を貫くようにして巨大な雷光の矛が落ちてきた。
「瞬光閃矢」
怒濤の如く殺到してくる岩石群と雷光の矛に対し、隆司は、小さく告げた。瞬間、隆司の姿が光となって飛散したかに見えた。残光が岩石群に押し潰され、雷光の矛によって止めを刺される。
尾を曳く光が虚空を駆け抜け、空中高く打ち上げられていた廃墟の残骸へと取り付いたかと思えば、さらに別の残骸へと飛躍する。跳弾するかのようにして残骸群を駆け巡る光線こそ、隆司だ。
龍哉たちも、それを理解している。
「参百拾式・防嵐壁」
故に、雅人は広範囲に及ぶ嵐の結界を構築し、急速にその範囲を狭めていった。空中の残骸群を一カ所に集合させ、隆司の擬似転移魔法を封殺しようというのだ。
隆司が編み出した光属性魔法・瞬光閃矢は、自身を光の矢の如く飛ばす魔法であり、その速度たるや、魔法士の動体視力を持っても追い切れるものではなかった。
ただし、その能力を発揮するには、事前に魔法を刻印しておかなければならず、条件を満たさない場合の瞬光閃矢は、ただの高速飛行魔法に過ぎない。
渦巻く嵐によって瓦礫が一カ所に束ねられれば、さすがの隆司も逃げ場を失った。
「四百壱式・豪石槌!」
「伍百壱式・雷撃鞭!」
そして、龍哉と章助の魔法が瓦礫群に掴まったままの隆司を挟み撃ちにし、爆砕を引き起こした。