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第千二十五話 仲間と(九)

 ガルム・マキナの死骸しがいから立ち上る膨大ぼうだいな熱気が、降り注ぐ雪を溶かしていく光景のただ中で、まことは、真紅の直剣を握りしめていた。

 刀身から放たれるのは、強力無比きょうりょくむひ星神力せいしんりょくの波動であり、熱であり、火気かいであり、真冬さながらの超適温を消し飛ばしている。

天叢雲剣あめのむらくものつるぎ……ですか」

草薙剣くさなぎのつるぎじゃないんだ?」

「それだと安直あんちょくだからじゃないか?」

「まあ、そういうことです。なにより、草薙剣だと自己主張が激しすぎる気がして」

 部下たちの話し声を聞いて、真は、小さく苦笑した。星象現界せいしょうげんかいの名前は、ほかの魔法と同じく、術者自身が考案するものだ。

 魔法名とは、まさに言霊ことだまである。

 真言として口にするのだ。

 言いやすく、短ければいいというわけではなく、その言葉によって想像力をより強く喚起かんきすることができるのであれば、そのほうが断然良かった。

 大半の導士どうしは、星央魔導院せいおうまどういんや戦団で学び、馴染なじんだ戦団式魔導戦術せんだんしきまどうせんじゅつの魔法名を用いる。そのほうが想像通りの魔法を発動しやすく、威力や精度を高められるからだ。

 魔法とは想像力であり、想像力こそ魔法の全てといっても過言かごんではない。

 ゆえに、魔法を発動するための真言には、こだわりを持つべきだ――とは、師の教えである。

「師匠(いわ)く、自己主張は強いくらいでちょうどいいとのことですが、それは師匠ほどの魔法士だからこそだと思うわけです」

「でも、目立ってなんぼですぜ、隊長」

「星象現界を使えるってだけで目立つと思う」

「おお、それもそうだな」

「隊長が戦団に入ったのなんて、たった半年前よ。いくら火倶夜かぐや様の弟子になったからって、この短期間で星象現界を体得できるなんてとんでもない才能だわ」

 紗耶さやは、真の星象現界をその目に焼き付けるようにしながら、手放しで賞賛しょうさんする。そして、吉行よしゆき四郎しろうも、彼女の意見に異論はない。

 真は、才能の塊だ。天才といっていい。

 同世代に超天才というべき皆代統魔みなしろとうまがいるから、あまり目立っていないだけのことなのだ。もし皆代統魔と世代が違えば、真は大いに取り上げられ、持てはやされただろう。

 戦団の超新星として。

 そんな部下たちの目線を感じつつ、真は、周囲に視線を巡らせた。一帯の安全性を確認すると、星象現界を解除する。

 両手の内から炎の剣が消え去ると、途端に全身から大量の汗が噴き出した。途方もない疲労感に襲われ、危うくその場に倒れそうになるものの、ガルム・マキナの巨躯を踏みつけることでなんとか耐える。

「大丈夫ですか?」

「はい。ただやはり、星象現界の発動は、たった一瞬であっても多大な負担がかかりますね」

「それはそうでしょうとも」

 吉行は、真に歩み寄りながら、頷いた。

 星象現界とは、星神力によってのみ発現する究極魔法だ。そして星神力とは、魔力を超高密度に凝縮し、昇華することによって生み出される代物。星神力を用いて発動した魔法が、魔力のそれよりも遥かに高威力なのもそのためだ。

 密度、質量が違う。

 故に、術者にかかる負荷、負担も比較にならない。

 長時間に渡って星象現界を維持し、戦い続けることのできる星将せいしょう杖長じょうちょうは怪物といっていい。

 吉行たちが真の元に辿り着くと、四体の巨獣が倒れ伏している様子を目の当たりにする。星象現界・天叢雲剣の一太刀によって両断された幻魔の巨体は、その切断面がいちじるしく融解し、原型を留めていない部分が大半だ。

 ガルム・マキナたちは、断末魔だんまつまの声をあげることすらできなかった。

 真は、圧倒したのだ。

『草薙小隊、聞こえていますか? 技術局からの要望です。ガルム・マキナの死骸の一部を回収し、帰投してください』

「はい?」

「なんでまた?」

 情報官からの予期せぬ指示に、四郎と紗耶は顔を見合わせた。

『その四体のガルム・マキナからは、以前確認したガルム・マキナとは大きく異なる魔素質量が計測されており、調査解析の必要ありと判断されたようです』

「なるほど」

「隊長が瞬殺しちまったからな。おれたちにゃあ、これまでのガルム・マキナとの違いはわからなかっただけか。もちろん、隊長の判断が間違ってるなんて思ってもいないが」

「どうだろう」

「隊長、本当に間違ってませんぜ。強化された新型っていうんなら、こちらに被害が及ぶ前に殲滅あせんめつしちまうほうがいい」

「そうだな。おまえもたまには良いことを言う」

「うるせえ」

「一部というのは、どの程度、でしょうか?」

『技術局からの指示をそちらの端末に送信しましたので、ご確認を』

「了解です」

 紗耶は、導衣どういの内側から携帯端末を取り出すと、幻板げんばんを出力し、情報官から送信された文書を表示した。そこには、ヤタガラスによって撮影されたのであろうガルム・マキナの死骸が映し出されており、持ち帰らなければならない部位が色分けされていた。

「機械型の新型か。〈七悪〉どもが、またなにか企んでるってことか」

「奴らは人類殲滅を明言してるんだぞ。いつだってなにかしら企んでるに決まってる」

「そりゃそうだ」

「……もっとも重要なのは、これか」

 真は、幻板の指示書と照らし合わせながら、ガルム・マキナの死骸を覗き込んでいた。天叢雲剣の切断面は、どろどろに溶けた状態で固まっているが、大した問題はない。

 魔法を用い、幻魔の体内から金属製の構造物を取り出す。

 それは、人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサの動力機関・DEMディーイーエムリアクターを想起させる物体である。どす黒く、禍々しい金属製の構造物。

 機械型幻魔が、イクサに用いられた技術を流用して作り上げられたものだという話は、真も知っている。

 そして、〈七悪しちあく〉の一体、〈強欲ごうよく〉のマモンによって生み出されているという話もだ。

 〈七悪〉の目的は、七体の悪魔を揃え、人類を滅ぼすことだという。

 実際問題、七体もの悪魔――鬼級幻魔が、一斉に央都を攻撃してきた場合、人類は滅亡するだろう。

 いや、現状の六体ですら、そうなりかねない。

 ただでさえ鬼級幻魔は、圧倒的な力を誇る存在なのに、悪魔型には通常の攻撃手段では対抗できない可能性があった。

 魔法も星象現界も通用しないわけではないのだが、決定打にはなり得ない。

 そんな話が、真の耳に飛び込んできたのは、朱雀院すざくいん火倶夜の弟子という立場にあるからこそだが。

幸多こうたくん……)

 真の脳裏こうた皆代みなしろ幸多の姿が浮かんだのは、〈七悪〉に関連する事柄となると、いつだってその渦中にいるのが彼だからだ。

 特異点とくいてん、と、悪魔たちがいう。

 彼は、いったいなにものなのか、と、真は考えてしまう。

 真にとっての光であり、希望そのものの彼が、この世界にとっても希望の光なのかもしれない、とも。

 それはきっと、自分にとって都合の良すぎる考えなのだろうが。



 式守夏樹しきもりなつきは、眼下に広がる町並みを見渡していた。

 葦原市東街区篠原町あしはらしとうがいくしのはらちょう

 天気予報通りとはいえ、突然降り出した雪は、あっという間に町全体を飲み込み、どこもかしこも白く塗り潰してしまっていた。

 もっとも、道が雪に埋もれるようなことはなかった。道路そのものが熱を帯びており、雪を溶かしてしまうからだ。

 故に、雪が積もるのは、積雪対策が施されていない場所くらいのものなのだが。

「真っ白」

 式守冬芽(ふゆめ)の端的な一言に、夏樹は、姉と目線を交わした。姉は、春花はるかという。式守小隊の隊長を務める、輝光級三位の導士だ。導衣を纏う姿も様になっているが、ここのところ戦績がぱっとしないことを気にしているのが表情に表れている。

「まるで冬芽の頭の中みたいだね」

「ぶつ」

「冗談だってば」

 冬芽をからかったのは、彼女の双子の兄である秋葉あきはだ。

 式守小隊は、春花、夏樹、秋葉と冬芽の四人姉弟で構成されている。小隊全員が家族というのは、さすがに珍しいということもあってか、それなりに知名度があった。

 もちろん、活躍しているからだ。

「ふう……」

 春花が小さく息を吐いたのは、きっと、不安で仕方がないからだろう。

 彼女は、不安症で心配性なのだ。

 夏樹は、そんな姉を支えつつ、弟妹の面倒も見なければならなかった。

 が、それそのものは、悪いことではない。

 こんな時代だ。

 いつどこで幻魔災害に遭遇し、命を落としてもおかしくないのであれば、姉弟四人常に一緒に行動することのできる現状は、理にかなってさえいるのではないか。

 この世には、死が満ちている。


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