第千二十四話 仲間と(八)
真が〈星〉を視たのは、西方境界防壁防衛戦の最中だ。
それまで何度となく星象現界の発現を目の当たりにしてきたのだが、そのとき初めて明確に〈星〉を視認したのだ。
それは突如、網膜に燦然と輝いた。
師・朱雀院火倶夜との苛烈な修行の日々にあっても、一度も視たことのない〈星〉をあのときなぜ、見出すことができたのか。
理由は、わからない。
『なぜ〈星〉を視ることができたのかわからない? そりゃそうでしょ』
火倶夜は、真の疑問に苦笑したものだ。
『〈星〉の原理すらわかっていないのに、なぜ今日突然視ることができたのかなんて、わかるはずがないわ』
道理だ。
〈星〉は、完全に解明されてはいない。
〈星〉と呼ばれるそれが最初に確認されたのは、いまより数十年の昔、伊佐那麒麟によってである。
それ以来、戦団内部で研究され続け、近年、ようやく〈星〉と星神力、星象現界の関係が明らかとなったのだ。
星象現界が技術として確立されたことにより、戦団の戦力が大幅に増強したことはいうまでもなければ、鬼級幻魔への対抗策として大いに期待されることとなった。
究極的に言えば、戦闘部の全導士が星象現界を使えるようになれば、人類復興も夢ではない――だれもがそう思うほどに、星象現界は強力無比だった。
だが、ひとつ、難点があった。
星象現界を体得するには、〈星〉を視る必要があるということだ。
〈星〉とは、なんなのか。
〈星〉は、〈星〉だ。〈星〉というほかない。まさに星の如く煌めくなにかであり、それはだれもが絶対に見出すことができるものではなかった。
そして、仮に〈星〉を視たとしても、即座に星象現界を体得できるわけではなかった。
星象現界の体得は、生半可な鍛錬や研鑽では物足りず、だれもが簡単には到達できない境地とされた。
「まだ……まだですっ!」
真が血反吐を吐きながら、それでも立ち上がってくる様子には、火倶夜は、目を細めたものだ。鬼気迫るとはまさにこのことだ。
真を弟子として引き取って、半年が経とうとしていた。
今年の六月、対抗戦の最優秀選手に選ばれた彼は、当然のことながら、その魔法技量を高く評価された。人格面には問題点の多い人物だったが、まだ若く、いくらでも矯正可能だろうと火倶夜は見ていたのだが、実際のところ、矯正するまでもないということがわかって拍子抜けしたものだ。
情報局から渡された資料を見る限りでは、とんでもない問題児だった。しかし、直接会って話してみれば、素直な性格の持ち主であり、呆気にとられたほどだ。
素直すぎるきらいがある。
あまりにも真っ直ぐに研ぎ澄まされていて、その結果、不当な評価を受けていたのではないかと思ったくらいだ。
事実は不明だが、ともかく、火倶夜はそのように受け取った。
それからこの半年間、とにかく彼を徹底的に鍛えてきた。
直弟子である。
常に自分の側に控えさせ、任務に同行させた。
星将の弟子になる利点は、それだ。
高難度とされる任務に同行することによる、強制的ともいえる戦闘経験の積み重ねと魔法技量の底上げ。
無論、それには弟子側の素養や精神性、努力が必要なのだが、真は、火倶夜の期待に応えるだけの人間だった。
導士として必要なもの全てを兼ね備えている。
さすがは麒麟が最優秀選手に選んだだけのことはある、と、何度思ったことか。
そして、真が〈星〉を視たとなれば、師として彼が星象現界を体得するために全力を尽くさなければならなかった。
それが師弟の契りというものであり、師の責務というものだ。
時間さえあれば、真とともに幻想空間に籠もり、徹底的に扱き上げた。
星象現界・紅蓮単衣鳳凰飾でもって、真の全力を叩き潰し続けた。
真が全身全霊の力を込めても、星象現界を発動した火倶夜に敵うわけがない。
相手は、星将だ。
星光級導士。
輝光級よりも二つ上の階級であるというだけでなく、歴戦の英雄であり、戦団最高火力と謳われるほどの魔法士なのだ。
それでも、食らいつかなければならなかった。
〈星〉を視たのだ。
ならば、星象現界を体得するために死力を尽くさなければならない。
でなければ、自分がここにいる意味がない。
草薙家の当主として生まれ育った自分が、その役割を逃れ、戦団に入ることを許された意味が――。
「そう。それでいいのよ」
火倶夜は、真の全身から迸る魔力が超高密度に収斂し、昇華していく様に目を細め、告げた。
星神力が、律像を深化させていく。
「天叢雲剣」
真の発した真言が、星神力によって混沌と化した律像を煌めかせ、星象現界を発動させた。
それはまさに爆炎だった。
真を中心として巻き起こった火気の大爆発が、殺到する熱光線の尽くを消し飛ばし、ガルム・マキナたちの意識を集中させる。
凶悪極まる魔素質量が、突如として出現したのだ。
幻魔にとっては、魔素質量が全てだ。それだけが幻魔の判断基準といってもいい。
ガルム・マキナたちは、脅威の出現を認識し、攻撃対象をその一体に絞った。
四郎たちは、自分たちが機械型の攻撃対象から外れたことを認めつつも、真の星象現界に意識を持って行かれてしまった。見惚れたのだ。尊敬する小隊長の新たなる力の発現を見逃すまいとなった。
「あれが……」
「隊長の……」
「星象……現界……」
三者三様に反応したのは、それを目の当たりにするのが初めてだったからだ。
真の星象現界・天叢雲剣。
それは、一振りの直剣だった。刀身は、真紅。切っ先から鍔元に至るまで、見事なまでに真っ赤だった。まるで燃え盛る炎を凝縮して鍛え上げたかのようだ。鍔には紅い宝玉があって、その中に炎が渦巻いているように見えた。
真は、柄を両手で握り締めるとともに振り下ろし、飛来した無数の熱光線を切り落として見せた。充溢する力が、万能感すら与えてくる。
それが星象現界の恐ろしいところだ、と、火倶夜から再三警告されていた。
星象現界を発動するということは、魔力を星神力へと昇華しているということだ。
星神力は、魔力の数倍、数十倍の魔素質量を持つ。純粋に戦闘能力がそれだけ膨れ上がるということであり、感覚もまた、肥大するのだ。
火具夜は、いった、
『それは、まるで自分が神になったかのような錯覚を抱くほどの力よ。制御できなければ、自滅するだけ』
そう、最初に星象現界を発動したとき、真は、その圧倒的な力に振り回された挙げ句、火倶夜にコテンパンに伸されたのである。
力に酔い痴れたつもりはないが、結果としては、そうなってしまった。
力に己を委ねてはならない。
力は、制御して然るべきものだ。
『制御されていない力は、ただの暴圧に過ぎないわ。そんなものに人類の未来を託せるわけもないわよね』
師の訓戒には、真も頷くしかない。
身に覚えのありすぎることだった。
己を制御することすらままならず、故に、周囲に当たり散らしていた時代。周囲の人々の期待や賞賛の声すら耳に入らなかったのは、結局、自分を律することができていなかったからだ。
暴圧の化身と成り果てていた。
真は、地を蹴り、ガルム・マキナとの距離を詰めた。一瞬にして、肉迫する。火の尾が、彼の超高速移動を虚空に刻みつけるかのうようだった。
(だが、いまは)
ガルム・マキナが、吼えた。無数の熱線と炎の触手が全周囲から迫り来る。真は、構わない。握り締めた剣の力を信じている。天叢雲剣。三種の神器の名をつけた、彼だけの星象現界。
振り抜く。
ただそれだけのことで、目の前の巨獣が真っ二つに切り裂かれ、融解した。堅牢強固な魔晶体も、魔法合金製の装甲も、溶けて消えたのだ。
熱光線も炎の触手も、天叢雲剣に触れることもできずに消え去っていく。
後は、真が剣を振り回すだけで良かった。
ガルム・マキナは、全滅した。