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第千二十三話 仲間と(七)

 草薙真くさなぎまこと率いる草薙小隊が結成されたのは、絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんの後である。

 小隊編成権限は、輝光級三位以上の導士にのみ付与されるものなのだから、当然と言えば当然だろう。

 現在、戦団戦務局戦闘部には、全十二軍団、総勢一万二千名以上の導士が所属しているが、その中で輝光級以上の導士となると、三千名ほどだといわれている。しかし、その全員が小隊長を務めているわけではない。

 小隊長ともなれば、責任も重ければ職務も多く、一小隊員でいるほうが余程気楽であると考える導士も少なくないからだ。

 当人の気質きしつもあるだろう。

 自分は、小隊長に向いていないと考えていたり、隊員として隊長を支える方がやり甲斐を感じるというものもいて、実際にそのほうが能力を発揮している事例が数多あまたとあった。

 つまり、輝光級に昇格したからといって、必ずしも小隊を持つ必要はないということだ。

 では、真は、なぜ小隊長になったのか。

『上を目指すというのなら、小隊長になるべきよ』

 直属の上司にして軍団長であり、師匠である朱雀院火倶夜すざくいんかぐやの言葉は、端的にして明確だった。

 大式典の直後である。

 真が輝光級三位に昇格したのは、彼自身のそれまでの活躍によるところも大きいのだが、それに加えて戦団上層部の政治的、戦略的判断が関係しているのは、いうまでもないことだ。

 真自身、自分が輝光級に相応しいほどの戦果を上げたとは全くもって考えていなかったし、輝光級に昇格すると伝えられたときは、まさに青天の霹靂へきれきだったのだ。

 同期の幸多こうたが輝光級に昇格するという話にも驚きはしたが、納得もいった。幸多ほどの注目度ならば、上層部が利用しない手はないからだ。

 一方、真はどうだ。

 拳を握り締め、考える。

 自分は、輝光級に相応しいほどの実績を積み上げていたのか。存在感を発揮したのか。

 視界を染め上げるのは、白だ。降りしきる雪が、空白地帯の赤黒い大地を白く塗り潰していく様は、この世の終わりのように美しく、儚い。

 頭上を覆う分厚い雲が、膨大な量の雪を間断かんだんなく降り注がせていて、それが人類生存圏内を白一色にしてしまうまで然程さほどの時間もかからなかった。

 異常気象に支配された空白地帯だ。央都四市よりも圧倒的に多い降雪量が、一面の銀世界を作り出しており、吐く息が白く染まった。どうにも寒さを感じる。

 防寒対策抜群の導衣を着込んでいても、なお。

「天気予報様々だな」

「なにが?」

「着込んでおいて正解だったって話」

「いつでも着替えられるだろ」

「そりゃあそうなんだが……もう少し心に余裕を持ったほうがいいんじゃないか?」

「おれのどこに余裕がないっていうんだ?」

「こらこら、ふたりとも。隊長の邪魔をしないのよ」

 羽張四郎はばりしろう布津吉行ふつよしゆきがさながら口論でもするかのよううにじゃれ合うのは、いつものことである。

 実にありふれた、草薙小隊の日常風景。

 そんな二人の様子に村雨紗耶むらさめさやが口出しするのもまた、日常の一風景に過ぎないのだが。

 そして、真はこういうのだ。

「別に邪魔ではありませんが」

「隊長、そこははっきりといってやってください。遠慮する必要なんて、一切ないんですからね」

「してませんよ」

 眼前、山のように積み上がった白雪を見遣みやり、息を吐く。

 体温は、正常だ。

 気温は氷点下を示していて、吹き抜ける風は、雪を撒き散らし、吹雪ふぶき様相ようそうていしているのだが、身にまおう導衣が、体温の低下を防いでくれている。

 導衣が熱を帯びているからだ。そして、それによって、真たちの周囲の雪が蒸発していた。

 それは、前方に見える光景にも同じことがいえた。

 雪山が突如として蒸発し、掻き消えたのだ。

「遠慮なんてするほど、おれは、人間ができていない」

「まさか」

 紗耶は、真の発言を冗談と受け取ったが、彼が雪面せつめんを蹴るようにして飛び出した様を見て、開いた口が塞がらなかった。

「ええ……」

「遠慮するなといったよな?」

「うむ」

「そ、そういうつもりじゃ……」

 吉行と四郎の二人に見つめられ、紗耶は、憮然ぶぜんとした。

「飛び出すなら、せめて、指示を出してからにしてくださいよ……大風壁だいふうへき!」

 通信機越しに苦情を述べながらも律像りつぞうを編み、魔法を放つ。真の前方に魔法壁を構築すれば、無数の火球が殺到し、連続的な爆発が起きた。

 雪原と化した空白地帯が震撼しんかんするほどの爆発の連鎖が巻き起こり、白い爆煙が撒き散らされる中、草薙小隊は、戦闘状態へと移行していく。急速に、一瞬の逡巡しゅんじゅんもなく。

『気をつけてください! 機械型きかいがたが混じっています!』

「機械型ぁ!?」

「随分と久しいな」

 情報官じょうほうかんからの警告に驚きながらも、吉行と四郎は、戦闘区域へと辿り着いている。

 熱気が、渦を巻いていた。

 降り積もっていた雪も、降り注ぐ雪も、なにもかもが蒸発し、真っ白に燃え上がっていく。

 複数の小さな太陽が、周囲一帯から冷気を吹き飛ばし、猛烈な熱気を生み出しているからだ。

 それらは、機械型幻魔ガルム・マキナが生み出す大火球であり、大火球は、攻撃対象を認識すると、自動的に熱光線ねつこうせんを連射した。

 無数の熱光線が真っ直ぐに飛来してきたものだから、四郎と吉行は左右に飛び離れつつ、真言しんごんを発した。

火昂印かこういん!」

大地裂だいちれつ!」

 四郎が発動した補型魔法は、対象である草薙小隊の四人全員に紅蓮の印を付与するというものだ。その印が付与されている間は、魔力の練成効率が飛躍的に向上するため、戦闘開始と同時に使うことが多かった。

 一方、吉行が放ったのは、広範囲の地面に作用する、いわゆる環境利用型の攻型魔法だ。地面が割れ、複数のガルムを地中に落下させたのである。ただのガルムならば、それだけで完封することも不可能ではない。

(ただのガルムならな)

 吉行は、内心、唾棄だきするような気分になった。機械型を睨み据える。

 魔炎狼まえんろうとも呼ばれる獣級幻魔ガルムは、魔晶体から紅蓮の炎を発することによって体毛とし、まるで炎の塊のような姿をしているのだが、ガルム・マキナは違った。

 全身、至る所が魔法合金製と思しき装甲で覆われており、覆われていない部分から真紅の体毛を燃え上がらせている。そして、魔素質量そのものが通常型とは比較にならないほどに膨大なのが、最大の特徴といえるだろう。戦闘能力も、上位獣級幻魔どころではなく、下位妖級幻魔に届くほどと見ていい。

 見れば、さすがの真も防戦一方といった様子だ。殺到する熱光線を避けつつ、律像を構築しているのである。

 ガルム・マキナが、四体。

 その四体が、大火球を同時に発生させ、さらに炎の触手を振り回しているのだから、回避に専念しなければ、立ち所に取り殺されてしまう。

 紗耶が絶え間なく防型魔法を駆使してくれているから、どうにかなっている。

 真は、その事実を認識しつつも、意識はガルム・マキナに集中させていた。異形の機械の怪物たちは、ひたすらに熱を発し、雪原をき尽くさんとしているのだ。

 圧倒的な熱量が、大気中の火気を増大させ、戦場を炎の領域へと変えていく。怒濤のような攻撃は留まるところを知らず、こちらが攻撃をする隙を与えてくれない。

 防戦一方。だが。

(好都合だ)

 真は、大気中に満ちた火気かきを全身で感じ取っていた。

 火気とは、火属性にかたよった魔素のことをいう。

 水属性に偏れば水気すいきといい、風属性に偏れば風気ふうきといい、地属性ならば地気ちき、雷属性ならば雷気らいきという。いわゆる魔法学用語だが、いまでは一般的に使われているありふれた言葉である。

 真は、戦場に満ちた火気全てを掌握しょうあくせんとした。全身の魔素という魔素を練成し、燃え上がらせ、昇華する。たぎるのは意思の奔流ほんりゅう。渦巻くのは、命の炎。

 網膜に〈ほし〉がきらめき、律像が小宇宙しょううちゅうを形成した。

 殺到する熱光線の数々を回避して、両手を天にかざす。

天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 星象現界せいしょうげんかいが、発動した。


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