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第千二十話 仲間と(四)

 皆代統魔みなしろとうまは、そのころにはとっくに有名人だった。

 十歳にして戦団から熱烈なまでの勧誘かんゆうを受けたという逸話いつわが、双界そうかい全土を駆け巡っていたし、戦団が彼の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに注目しているという話が知れ渡ってもいた。

 となれば、だれもが注目せざるを得なくなるものだ。

 魔法社会だ。

 魔法士としての才能に満ち溢れた人間が注目の的になるのは、ありふれた現象だった。

 古今、そのようにして注目を集めた魔法士が大成した例は枚挙まいきょいとまがない。

 皆代統魔の場合、彼が戦団の目に留まった原因が、幻魔災害げんまさいがいに伴う父親の死ということもあり、市民から多大な同情を集めてもいたようだが。

 もうひとつ、彼が注目を集めた理由を挙げるとすれば、彼の兄弟である皆代幸多(こうた)が魔法不能者だということだ。しかも、ただの魔法不能者ではなく、完全無能者という魔法時代の開幕以来、初めて確認された存在だというのだ。

 皆代統魔が話題になれば、当然、その親類縁者についても根掘ねほ葉掘はほりと調べられるものであり、その過程で皆代幸多が注目を集めたのは、皮肉と言うべきなのかどうか。

 もっとも、皆代幸多の話題が世間を騒がせたのは一時的なものに過ぎず、あっという間に忘れ去られていったが。

 さて、そんな皆代統魔は、だれもが緊張感の頂点に達しようという実技試験の会場で、ただひとり涼しい顔をしていた。

 なぜ、受験生のだれもが緊迫感に満ちているのかといえば、報道陣の多さからではない。

 試験官を務めるのが、戦団でも指折ゆびおりの導士たちだったからだ。

 伊佐那美由理いざなみゆり朱雀院火倶夜すざくいんかぐや天空地明日良てんくうじあすら麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう獅子王万里彩ししおうまりあ、竜ヶ丘照彦りゅうがおかてるひこ――いずれ劣らぬ最高峰の魔法士であり、軍団長たち。

 錚々《そうそう》たる顔触かおぶれとはまさにこのことであり、受験生たちが興奮や感動よりも、緊張の余り顔を強張こわばらせるのも無理のない話だった。

 つるぎだって、そうだ。

 緊張を解きほぐすための深呼吸が喉に詰まってしまったほどだ。

 だが、皆代統魔の涼しげな顔を見ると、どういうわけか緊張が解けた。緊張しているのが馬鹿馬鹿しくなったのか、それとも、全く別の理由からか。

 ともかく、剣は、統魔のその表情がまぶしくて仕方がなかったのだ。

 その眼差しは真っ直ぐで、表情は、勝利を確信しているかのようだった。

 思わず見惚みとれた。

 だから、試験に集中することができたのだ。

 そして、試験の結果も良かった。

 だが、しかし、皆代統魔の試験内容を目の当たりにした瞬間、剣は、愕然がくぜんとするほかなかったし、試験官たちが手放しに賞賛する様に嫉妬しっとすら抱けなかった。

 ああ、これが才能なのか、と想ったものだ。

 皆代統魔は、三十期入学試験を首席で合格した。

 至極当然のように。

 これくらいできて当たり前とでもいうように。

 実際、そう考えていたらしい。

「だって、そうだろ」

 剣が聞けば、彼は、軽い口調でいった。

「おれは、父さんのかたきを討つために導士になるんだからな」

 そう断言する統魔の姿が光を放っているように見えて、剣は、なにもいえなかった。

 自分よりも圧倒的な才能を見れば、人は、嫉妬すら抱かず、憧れるのだと理解した。

 それからは、剣は、統魔に付きまとい、彼を教材とした。彼にこそ、学ぶところがあると真剣に考えていたし、彼の在り方を真似しようとしたのだ。

 そんな剣を統魔は気味悪がったが、剣は気にしなかった。

 剣が統魔と星央魔導院せいおうまどういんで過ごした期間は、二年間に過ぎない。

 統魔が飛び級で卒業し、特例で戦団に入団してしまったからだ。

 ただし、彼が卒業するまでの二年間、特に最初の一年は、つきっきりといってもいいくらい一緒にいた。仲が良すぎじゃないかと香織かおりにからかわれるくらいだったが、実際、仲良くなっていたのは間違いない。

 剣は、統魔の本質を知りたかった。

 統魔がなぜ、統魔らしく在り続けることができるのか、その核心に触れたかった。

 父親を殺害した幻魔への復讐心が原動力なのだろうが、それだけではあるまい。

 それだけでも十二分に理由たり得るのだとしても、ほかにもなにかあるのではないか。

 

「どったの? たかみー」

 頬がひんやりとしたのは、香織が飲み物の容器を押しつけてきたからだ。

 十二月二十三日。

 央都四市が冬陽祭とうようさい当日を目前に控え、冬の寒さなど吹き飛ばすほどの熱気に包まれているであろうちょうどそのころ、長城基地内は、冬の寒さなど無縁といっても過言ではかった。

 外気温そのものが春のように暖かく、日差しもまた強かった。

 四季があるのは、央都四市とネノクニだけだ。それ以外の空白地帯や〈殻〉は、魔界特有の異常気象に包まれており、日々変化しているといっても過言ではない。

 故に、急激な気温変化に見舞われる事も少なくなく、体調の管理には常に気をつけなければならなかった。

「別に……なんてことはないよ」

 剣は、香織から受け取った特殊合成樹脂製の容器に目を向けた。果汁たっぷりの炭酸飲料のパッケージは、夏を想起させる爽やかさに満ちていて、季節感を狂わせるようだ。

 人類生存圏の外周を囲う境界防壁こと護法ごほうの長城は、様々な箇所に基地が設けられている。全方位、あらゆる方角から幻魔の軍勢が攻め寄せてくる可能性を考慮こうりょすれば、そのような構造にならざるを得まい。

 長城基地とも呼ばれるそれら拠点は、いわば新たな衛星拠点といっていい。

 衛星拠点は、いずれその役割を失っていくだろうと考えられているのである。

 長城によって囲われ、人類生存圏とされた地域には、未だ空白地帯が横たわっている。そして、そこにはいまもなお大量の幻魔が棲息せいそくしている可能性があり、故に衛星拠点に戦力を留める必要があるのだが、それもいつまでも続くものではないはずだ。

 空白地帯から幻魔を一掃し、環境そのものを作り変えることにより、人類にとって住みよい土地となれば、長城の内側の人類生存圏が完全にひとつになるのだ。

 戦団は、そのための準備を進めている。

「そのわりには、深刻そうな顔をしていたけど?」

 香織は、手摺てすりに上体を預けながら、階下に視線を向けた。先程まで剣が見ていた景色だ。

 基地内の格納庫である。

 そこには、皆代小隊が中破させたイワキリが、技術局員たちによる検査を受けていた。技術者たちが小難しい顔をして話し込んでいる様子を見れば、多少申し訳なくなる気持ちも沸かなくはないのだが、といって香織たちにするべきことはなにもない。

 だから、香織は、剣のことばかりを考えるのだ。

「なにか、悩んでる? たいちょのこととか」

「悩んでは……いないかな」

 剣は、そういってから炭酸飲料に口をつけた。口の中に広がる、甘くも爽やかな味わいに目を細めたる

「ただ、考えることがあるんだ」

「うん?」

「ぼくは、どうして統魔を追いかけてしまったんだろうって」

 技術者たちから二階に視線を戻せば、剣が手摺りから離れていた。壁際の長椅子に腰を下ろす。香織も彼にならった。隣に座り、横顔を見る。

 剣の表情は、どこか息苦しい。

「統魔は、眩しい。見ていると、かれるんだ。目が、網膜もうまくが、脳裏のうりが、なにもかもが、灼かれて、燃えて、尽きていく――そんな感覚があるんだ」

「うーん……」

 剣の告白を聞いて、香織は、考え込まざるを得なくなった。彼は、なにか苦しんでいる。その苦しみを理解すれば、彼を救えるのだろうか。彼を救いたいと想うのだ。そしてそれが傲慢な考えかもしれない、とも、想ってしまう。

「あたしには、わからないな。ううん、違うな。わかるけど、わからない、かな。隊長は、統魔くんは、本当に眩しいよ。光だもの。強すぎる光は、あたしたちの影すら消すようよ。暗い気持ちも、よこしまな想いも、嫌な気分も、なにもかも灼き尽くしてくれるの。だから、あたしは隊長が好き。統魔くんがあたしの行く道を照らしてくれているから、あたしは飛べる気がする」

「……強いね、香織は。やっぱり、強いや」

「そうかな? あたしはただ、考えるのが苦手なだけ。難しいことを考えると、頭の中がぐるぐるーってなって、心の中がもやもやーってなって、それでなにもかも嫌になっちゃうから、任せちゃうの」

「それが、統魔ってこと?」

「うん。統魔くんに、たいちょに預けちゃった。全部、なにもかもね。でも、それだと少し悪い気がするからさ、できる限りのことはするつもり」

「ぼくは……どうだろう」

「難しいこと、考えちゃう?」

「うーん……よくわからないな」

 それは本当の気持ちだから、それ以上はなにもいわなかった。

 ただ、眩しい。

 統魔は、光だ。

 この世に生じた、全き光。

 そんな感じがするから、真っ直ぐに見ていられないのだ。

 真っ直ぐに見ていたいのに。

 全てを見て、見届けて、かてとしたいのに。

 彼とともに走り続けたいのに。

「難しいこと、考えすぎないほうがいいよ。一年だけだけど、人生の先輩からの教訓」

「その教訓……有り難く、受け取っておくよ」

「素直でよろしい。そういうところ、好きだよ、剣」

 香織は、普段とは違った様子で微笑むと、剣に空の容器を押しつけて、走り去っていった。

 取り残された剣は、しばらく呆然とした後、自分の飲み物を飲み干し、容器をゴミ箱に捨てた。

 そのころには、少しだけ気分が上向いていた。


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