第千十九話 仲間と(三)
星央魔導院。
戦団が人材を育成するために設立した教育機関は、特に戦闘部の導士の卵ともいうべき魔法士たちを養成することを目的とする学び舎である。そのことは、周知の事実であり、戦団の公式見解でもあった。
戦団は、常に人手不足、人材不足を重大な問題として抱えていた。
体質的な欠陥とでもいうべきか。
そもそも、人類そのものが存亡の危機に立たされ、双界全体の人口が百万人にも到達していなかったころ――いや、今もなお厳然として直面している問題か。
戦団がその設立理念から徴兵制度を用いず、市民に戦場に立つことを強制しないがために抱えている問題は、簡単には解決することのできない難題であり、命題というべきものだ。
命題。
戦団は、常にその問題と戦わなければならなかったし、戦い続けてきていた。
戦団の前身、地上奪還部隊は、ネノクニ統治機構が派遣した少数精鋭の部隊だが、それもまた、人類が直面していた人口の少なさ故の人手、人材不足の結果といえるだろう。
選りすぐられた精鋭中の精鋭とはいえ、たった数百人で、地上を人類の手に取り戻すなどという作戦は、前提からして無理があった。
だが、地上奪還部隊は、〈殻〉バビロンを制圧、央都の基盤を確保することに成功した。それはまさに奇跡というべき結果であって、作戦の当事者たちは、二度とあのような作戦は行うべきではないし、仮に同じことをやったとしても、失敗するに違いないと口を揃えて断言していた。
戦団が慎重に慎重を期するようになったのも、そうした経験があったからだろう。
それから数十年が経過し、地上に人類生存圏を築き上げた戦団は、当初の数百倍もの人口を獲得することに成功した。もちろん、その根幹となったのは地下からの移住者であり、移住者たちが子を成し、家族を持ち、央都に根付いていったからだ。
人口は、増大した。
爆発的に。
五十年で人口が百万を超えたのだから、相当、上手くいっているというべきだ。
話を、戻す。
星央魔導院は、慢性的な人手不足、人材不足を解消するために戦団によって設立された教育機関であり、導士育成機関だ。
星央魔導院に入学したものは、大半が導士となった。
導士にならなかったとしても、戦団と深い関わりを持つ研究機関や企業に入り、戦団に協力し続けるものばかりだということは、有名な話だった。
導士として、戦団の一員として職務を全うすることほど、央都市民として、人間として尊く、素晴らしいことはない――市民のだれもがそう言い募り、市民のだれもがそう想っている。
戦団は、この央都社会の根幹であり、人類最後の砦というべき存在だ。
戦団あってこその人類生存圏。
戦団あってこその、人類復興。
戦団が、導士たちが、日夜、命を懸けて戦ってくれているからこそ、市民は安穏たる日々を送ることができるという事実は、だれもが実感として理解しているはずだ。
そして、それがどれほど大変なことなのか、知らないわけがなかった。
反体制派、反戦団主義者たちも、戦団の活動や功績を否定することはなかったし、戦団に取って代わろうとするものもいなかった。戦団の力がなければ、央都の秩序を護ることなど不可能だからだ。
それでも央都の支配者として振る舞う戦団のやり口が気に入らないからという感情論が、反戦団主義を生むのだろうが。
ともかく、導士となり、戦団の一員として幻魔と戦うことは、どんな仕事、職業よりも尊く、素晴らしいことであると認識されていたし、導士になりたいといえば、反対する声も少なかった。
命懸けの危険な職務だからこそ、自ら率先して導士になろうとするものには、応援の声が届く。
高御座剣が導士を目指したのは、ほかになりたいものがなかったからという理由もあったが、一番大きな理由は、彼に誇れるものがあるとすれば、魔法の才能だったからだ。
高御座剣は、高御座刀、繭子の長男としてこの世に生を受けた。魔暦二百六年九月十一日のことだ。
物心ついたときには、魔法の勉強を始めていたようである。そしてそれは、央都にありふれた一般家庭の、ありふれた成長過程だろう。
人類全体が魔法士となって、百年以上。
いまや、だれもが魔法士としての遺伝子を生まれ持っている。
そして、この世は魔法社会だ。
魔法こそが全てという社会に順応し、生きていくためには、幼少期から魔法に関する教育を行うべきだと考える親が溢れかえるのも当然の話だった。
そうして育てられた剣は、子供のころから、優れた魔法士の素養の持ち主だと褒められ、周囲から賞賛された。彼を天才だという声も少なくなかったし、剣ならばさらに魔法の才能を伸ばしていけるだろうというお墨付きも貰えた。
剣が子供心に魔法に自信を持つのは、当然の環境だったのだ。
そして、魔法士としての才能に満ち溢れた自分が為すべきはなにか、と、考えるようになった。
小学生時代、高学年になれば、ますます周囲と差が開いていく己の魔法技量の高さを自覚すると、目指すべき道が定まった。
導士になろう。
導士になって、戦団の一員として、央都の人々を護り、人類復興の先駆けとなろう。
幻魔殲滅の先触れとして、この魔界を駆け巡ろう。
そのように夢想すると、心が昂り、眠れなくなる日が増えた。
両親は、そんな剣を応援してくれた。弟の弓彦もだ。剣には、自分にはない才能があるのだから、絶対に導士になれる、と、弟の無垢な応援が素直に嬉しかった。
そうなれば、目指すのは星央魔導院だ。
星央魔導院は、戦団に入る道としてもっとも最短にして単純、そして難関といわれていた。
なんといっても、毎年、高倍率の試験を突破しなければならないのだ。その試験も、座学、実技、面接の三部構成であり、その全てで高得点を叩き出さなければ合格できないというのだ。
実技には自信があった。なんといっても、周囲の同世代で彼に敵う魔法の使い手がいなかったのだ。同世代ならば突出しているという自負があった。
事実、星央魔導院三十期入学試験で、剣は、上から数えた方が早い順位だった。
首席で合格とは行かなかったが、そんなものはわかりきったことだ。
世間は、広い。
剣の生まれ育った出雲市天神町には、彼に並び立つ才能の持ち主はいなかったものの、他の市町には、同程度の実力者がいてもおかしくはなかった。そして、同程度の実力者が相手ならば、座学で負ける可能性は大いにあった。
しかし、実技ならば――という自信は、実技試験の当日に砕け散ってしまっていて、だから、剣は、上位合格という名誉もあまり嬉しくなかったのだが。
実技試験当日、試験会場は、例年以上の人出で賑わうだろうという話が事前にあったのだが、会場に辿り着いてみると、確かに物凄まじいとしか言いようのない人集りができていた。
戦団を含む星央魔導院関係者、受験生だけでなく、各種報道陣が大量に待ち受けており、三十期入学試験の注目度の高さが窺い知れた。そして、その注目が自分ではなく、全く別の受験生に集まっていることに気づかされたのは、カメラが向けられた先に目を向けたときだった。
実技試験は、星央魔導院の屋外訓練場で行われることになっており、そこには試験官と何百名もの受験生が集まっていた。
三月だった。
雲の少ない晴れやかな空の下、吹き抜ける風は暖かかったが、剣は内心穏やかではなかった。なぜこんなにも胸騒ぎがするのか、自分でもよくわからなかったのを覚えている。
自分が注目を集めないことは、どうでもよかった。
そもそも、自分はただの一般市民であり、有名人でもなんでもないのだ。
星央魔導院の入学試験は、ある種のお祭りだ。央都四市でも名の知れた魔法士たちが我こそはと集まり、魔法技量や知識を競い合うのだから、魔法社会たる央都が盛り上がらないわけがない。
仮に受験に落ちたとしても、それなり以上の魔法技量を見せつけることさえできれば、引く手数多であり、進学先どころか就職先にも困らないといわれている。
それが、魔法社会だ。
魔法至上主義社会というべきか。
魔法技量さえあればそれで良し、という考えが根底にあるのだ。
屋外訓練場に集まった数百人の受験生たちは、緊張感に満ちた面持ちで、実技試験の説明を聞いていたのだが、ただ一人、全く以て緊張していない様子の少年がいた。
黒髪に紅い瞳の少年は、既に名の知れた魔法士だった。
彼こそ、皆代統魔である。