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第千十三話 兄弟と(五)

 一二三ひふみを家族に迎えることに関して、伊佐那いざな家のだれひとりとして異論も反論もなければ、むしろ大歓迎といった様子だった。

 当たり前だろう。

 いつだって、そうだった。

 麒麟きりんは、これまでもなんの前触れもなく家族を増やしてきたのだ。

 義正ぎしょうに妹ができたのもそうだったし、末妹まつまいだった美由理みゆりに弟ができたときも、そうだった。

 義一ぎいち美零みれいに弟ができ、兄、姉という立場になることが唐突だったとして、そのことに不満や文句を覚えることなどない。

 伊佐那家当主たる麒麟が決定権を持つ以上受け入れるしかない、という後ろ向きな感情ではなかった。

 伊佐那の家は、麒麟の大いなる愛に包まれているからだ。

 だれもがその愛に応えようとしていたし、その恩返しとして、新たな家族に愛情を注ごうとするのも必然だった。

 もちろん、衝撃や驚愕はあった。だが、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ、新たな家族が誕生したことを喜ぶ声が多かった。

『一二三くんについては、義流ぎりゅうと美由理、義一は知っているわね?』

『ええ、まあ』

『もちろんです』

「はい――」

「はいはいはーい、わたしも知ってたよー!」

 義一は、己ののどから溢れ出した美零の声に対し、渋い顔になった。いくらその存在を明かされたからといって、義一の体を乗っ取って暴走するのは、気持ちの良いことではない。

 一方で、美零の想いもわからないではないのだ。

 彼女はこれまで、美由理と麒麟の前でしか姿を見せることができなかった。己を主張することも、感情を表現することも、二人の前でだけだった。あるいは、義一ひとりきりのときか。

 龍宮戦役りゅうぐうせんえきを経て、真星小隊しんせいしょうたいにだけはその正体を明かすことが許されれば、度々《たびたび》、幸多こうたたちの前では彼女の自由にさせた。

 美零は、義一が想像していた以上にお喋りで、あることないこと話しまくったが、それもこれも話し相手がほとんどいなかったことに起因するのだろうと思えば、優しい気持ちにもなるものだ。

 いまだって、そうだ。

 義一は、美零の存在が兄や姉を混乱させないか心配しつつも、彼女の暴走を止めようとはしなかった。

 義一の命は、美零の死を始まりとする。

 まさに魂の片割れというべき存在であり、半身そのものなのだ。

『ぼくも、知っていたかな』

 そういって、一二三が幻板越しに義一へと目線を送ってくる。

「どういう……?」

『美零のことをだよ、義一』

『一二三。あなたは末子まっしなのですから、義一は兄、美零は姉に当たるということを忘れないように。礼に始まり、礼に終わる――現代魔法社会においても、それが全て。礼節を見失えば、道もまた見失いかねませんよ』

 麒麟が穏やかに注意すると、彼は少しばかり嬉しそうな顔をした。

『はい、麒麟様』

『わたくしのことは、お母さんでも、母上でも、ママでも、好きなように呼んでいいのですよ。家族なのに様づけというのは、どうにも他人行儀たにんぎょうぎで、とても寂しいものなのですから』

 麒麟の柔らかな優しさが、家族全員を包み込んでいく。

 伊佐那家の家族会議とは、いつだってそういうものだった。

 事の大小に関わりなく開かれ、そして、母の愛の偉大さに気づかされるのだ。

 義一は、一二三が少し照れくさそうにお母さんと呼ぶのを聞いていたし、そこに無量むりょうの感動があることに気づいていた。瞳が揺れている。肉体を得た彼の、歓喜の涙。そんな反応を見れば、彼が伊佐那家の一員になったことを全力で喜ぶしかない。

 彼には、これまでなにもなかったのだ。

 培養槽ばいようそうに囚われた孤独な魂。

 それが一二三だった。

 いつかの自分と同じだ。

 伊佐那麒麟複製体として生まれ落ちた義一は、伊佐那家に引き取られるまでの数年間、孤独の中にいた。やっとの想いで誕生した複製体である義一は、研究員たちからもこの上なく慎重しんちょうに扱われていたから、どうしても孤独を感じずにはいられなかったのだ。

 伊佐那家の一員となり、母や兄、姉たちがたくさんの愛情を注いでくれたいまだからこそ、一二三も受け入れられるのだろう。

 家族として、弟として――。


「――一二三くんが伊佐那家に……かあ」

「麒麟様の御家族……なんだかあっという間に遠いところにいっちゃった感じがするなあ」

「ぼくは、変わらないよ。相も変わらず虚弱きょじゃく体質で特異とくい体質な、導士どうし見習いに過ぎないから、朝子ともこ友美ともみは大先輩のままなんだ。これからも色々と教えてくれると助かるよ」

 金田かねだ姉妹と一二三の会話が、義一の意識を現在へと舞い戻らせる。

 一二三が弟になったのは、つい昨日のことだ。

 まだまだぎこちなさは残るが、そればかりは致し方がない。

 義一も最初に伊佐那家の一員になったときは、そうだった。

 もっとも、兄や姉たちにとってはありふれたことだったのか、すぐに義一を家族として迎え入れてくれたものだったし、今回も、一二三を末弟として可愛がっていた。

 美零も、弟ができたことを喜んでいる。

「教える教える! 教えられることがあるなら、だけどね!」

「身体機能制御訓練もあっという間に終わりそうだし、わたしたちが教えられることなんて、すぐになくなりそうだものね」

「そんなことはないと思うけど」

「わたしたちなんて、若手も若手よ。導士としての本格的な訓練を受けるっていうのなら、もっと良い相手がいると思うもの」

「そうそう。まだまだ教わる側なのよねー、わたしたちって」

「なるほど。そういうことか」

「そこで大袈裟おおげさに納得されるのも、なんというか」

「哀しいというか」

「ええ……」

 一二三が助けを求めるような目線を送ってきたから、義一は、軽く肩をすくめて見せた。

 一二三は、幸多によって見出され、幻想体を得たことで、初めて他者と触れ合う機会を得た。それまで彼の世界には、彼以外のなにものも存在していないのと同義であり、故に、彼の精神性や情緒じょうちょ幼子おさなごに等しいのではないか。

 人間性とは、他人と触れ合ったりぶつかり合ったりすることで研磨けんまされ、変化し、形作られていくものである。

 ただ情報を吸収することしかできなかった一二三は、無垢むくすぎるほどに無垢であり、純粋すぎるほどに純粋なのだ。

 言葉が強く、多弁で、他人の気持ちを思い遣ることはできず、野放図で、傍若無人ぼうじゃくぶじんな、小さな子供――義一は、一二三のことをそう見ている。

「既にわかってると思うけど、一二三の扱いは適当でいいよ」

「適当!?」

「義一様!?」

「どういうことなの!?」

 金田姉妹と一二三が三者三様に驚く様を見て、義一は、小さく笑った。

 朝子と友美が一二三の面倒を見てくれるという話を聞いたときには、一二三がやらかさないか多少危惧したものの、どうやら上手くやれているようだった。安堵あんどする。ふたりとの触れ合いが、一二三の人間性を少しでも成長させてくれるだろうし、それが彼にとっての導士人生の始まりならば、悪くはない。

 金田姉妹は、良いひとたちだ。

 少なくとも、並の導士ではない。

 夏合宿を経て、若手導士の中では頭ひとつ飛び抜けたといっても過言ではなかったし、近いうちに輝光級に昇格するのではないかとまことしやかにささやかれている。

 主に衛星任務での活躍が素晴らしいという話だったし、戦績を見る限り、さすがは夏合宿仲間だと義一も唸るほどだった。

 幸多も九十九かねだ兄弟も、金田姉妹や菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじの戦績を見て、発奮することが多かった。

 夏合宿に参加した七人は、完全な同期入団ではないにせよ、同期生のような連帯感を持っていたし、強い絆で結ばれている感覚があった。

 義一にとっては、初めての仲間といっていい。

 そんな仲間にだからこそ、安心して一二三を任せることができるのだ。

 


「随分と、強くなった」

 火村九重ひむらここのえの口調は、いつになく柔らかく、優しかった。

 舞い踊る火の粉が、視界をまばゆいろどり、むせ返るような熱気が意識を席巻せっけんしている。

 戦場をがすのは紅蓮の炎であり、渦巻くのは膨大な魔素だ。強大な魔力が、苛烈なまでの熱を帯び、炎となって世界を飲み込んでいる。

「ったり前だろ……!」

 真白ましろは、全身を駆け巡る痛みを歯噛みして堪えると、焼け爛れた地面を蹴って飛び跳ねた。前面に魔法壁を張り巡らせ、反応して飛来した火球を受け止める。爆発が、視界を塗り潰す。

 真白の想定通りだ。黒乃くろのが、真言しんごんを紡ぐ。

破断氷刃ブレイクブレイド!」

 火村九重の頭上に出現した巨大な氷の刃が、暴力的な冷気を吹き出しながら旋回した。


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