第百話 幻想世界の魔法少年(四)
双面のなり損ないとの戦闘は、突如として始まった。
戦いの火蓋を切って落としたのは、なり損ないからである。両手に光で生み出した武器を持つと、物凄い勢いで突っ込んできたのだ。
幸多は慌てて後ろに下がったが、どうやらその必要はなかったようだった。
見れば、光の剣と槍を交差させた状態で突進してきたそれを、蘭が大刀で受け止めていたのだ。
「蘭くん!?」
幸多が驚くと、圭悟が当然のようにいった。
「これが侍の役割だ。盾役なんだよ、侍」
「盾役?」
「近接職の中でも防御面に秀でてるんだよ、侍って。だから選んだんじゃなくて、単純に格好いいからなんだけど」
蘭が、そんなことをいいながら刀を旋回させ、なり損ないの攻撃を弾き飛ばす。
なり損ないとの距離がわずかに開くと、圭悟と怜治が間合いを詰めた。空中に高く飛び上がった怜治が大上段に振りかぶった大剣を振り下ろすのと、地を滑るように駆け抜けた圭悟が、上半身を大きく捻りながら大斧を叩きつけたのは、ほとんど同時だっただろう。
強烈なまでの同時攻撃。
怜治は、なり損ないの右肩から腹に掛けてを切り裂き、圭悟は両足を薙いでいる。
だが、なり損ないは、倒れない。
「真弥ちゃん、攻撃!」
「え、あ、うん、こう?」
紗江子にいわれるままに真弥が背負っていた巨大手裏剣を投げつければ、手裏剣は旋風を巻き起こしながらなり損ないに殺到し、その巨躯を切り刻む。
「皆代!」
「う、うん!」
幸多は、圭悟に命じられるなり、脳裏に浮かんだ方法で魔術を発動させた。翳した杖に左手を添え、意識を集中させる。さながら魔法士がそうするように、だ。それはまさに現実の魔法士の仕草であり、幸多が散々憧れてきた行動そのものだった。
ただし、現実のそれとは大きく異なる点もあった。
ないわけがなかった。
魔法士の魔法は想像力に基づくものであり、ほとんど際限がないといっていい。魔法士の技量と想像力、そして魔力が許す限りならば、どのような規模の魔法だって、どれほどの威力の魔法だって、いくらでも使うことができるのだ。
しかし、これはゲームだ。ゲームである以上、威力にも規模にも制限があり、使える魔術にも限度がある。現在使用可能な魔法の中から選択し、使うのだ。
幸多は、脳裏に浮かんだ魔術の中から、中間くらいの威力のものを選んだ。
「猛火轟鎚!」
魔術の名前を叫び、力を解き放つ。
瞬間、幸多は、全身からなにか力が噴き出すような感覚に囚われた。そして、ずたずたに切り刻まれたなり損ないの頭上に巨大な炎の塊が出現したかと思うと、その頭部に叩きつけられ、そのまま、なり損ないの巨躯を地面に押し潰した。炎の塊は大きく炸裂し、火柱を上げる。
幸多は、みずからが発動した魔術がなり損ないの巨躯を蹂躙していく光景をその目に焼き付けていた。全身から力が抜けているのがわかる。それがいわゆる魔力という奴だろうが、現実の魔法士たちと同じ感覚なのかは、わからない。
ただ、同様の感覚に囚われるのだろうということは、理解した。
なり損ないは、もはや動かなくなっていた。
「オーバーキルすぎるぜ、幸多」
圭悟が苦笑ぎみにいってきたものだから、幸多は困惑した。
「そんなこといわれても」
「そうよ、わたしたち、初心者よ? 少しくらい我慢してよね」
真弥が手元に戻ってきた巨大手裏剣を背負い直しながら、抗議の声を上げる。
圭悟がそんな真弥を見て、一言。
「してるが?」
「しててその言い様って、ちょっと酷くない?」
「まあまあ、いいじゃない。最初の敵に勝てたんだしさ」
「そりゃあいいが、けどよ、最初の敵にしちゃ強すぎねえか? おれら、三十だぞ、レベル」
「そりゃ、テストプレイだからな。敵のレベルも高めに設定されてる」
「なーる」
「そっか」
勝手に説明して勝手に納得する圭悟たちに対し、またしても幸多と真弥は顔を見合わせ、肩を竦め合った。初心者二人にはちんぷんかんぷんなことばかりだった。
しかし、幸多は、魔術を一度使っただけでもかなりの満足感があった。これが魔術、魔法を使うということなのか、という感覚。達成感すらある。
現実世界では絶対に為し得ないことが、この幻想世界では簡単にできてしまう。
過去、幻想世界に入り浸り、現実世界に回帰しないまま命を落とした人々が結構な数存在したという歴史的事実の理屈の一端を垣間見た気がした。
こんな夢の世界ならば、確かに辛い現実世界に帰りたくなくなるのもわからなくはない。
幸多がもし心の弱い人間ならば、魔法を使える幻想空間に囚われ続けたかもしれない。
だからこそ、幸多の両親は、幸多に幻想空間で魔法を使わせなかったのかもしれない、とも思った。
「さて。一先ず、なり損ないを全滅させるとするか?」
怜治が一行を見回して、尋ねる。彼にとって最初の戦いは、手慣れたものなのだろう。
「おう、おれはいつでもいいぜ」
「ぼくもいつでもいけるよ」
「わ、わたしもなんとか」
「だいじょうぶよ、真弥ちゃん。なにも焦らなくていいから」
「う、うん」
真弥には紗江子がついているため、なんの心配もいらなかった。
幸多も、魔術の使い方に慣れさえすれば問題ないだろうという勝手な確信があった。
怜治が、真っ先に飛び出していく。追いかけるのは、蘭だ。怜治が見定めたなり損ないに向かって、まず大刀で切り込んだのも、蘭だった。蘭が連続攻撃をした後、怜治と圭悟が続け様に斬撃を叩き込む。
そこへ、真弥が飛びかかって二本の小刀で斬りつければ、紗江子の法術の光が全員を包み込んだ。直後、なり損ないが三本の腕を振り回し、竜巻を起こしたのだ。至近距離の四人が吹き飛ばされるも、紗江子の機転によって軽傷で済んでいる。
紗江子の法術、再生光は、範囲内の仲間の回復力を高めるというものであり、四人の傷ついた体が瞬く間に治っていったのだ。
もちろん、幸多は、その様子を眺めていただけではない。魔術を発動する機を見極めるべく、待っていたのだ。そして、なり損ないが攻撃した直後にこそ隙を見出し、魔術を唱えた。
「雷撃猛絶破!」
魔力の発散とともに巻き起こったのは、雷の嵐だ。吹き荒ぶ雷光の渦がなり損ないの巨躯を弄び、破壊の限りを尽くす。連続的な雷光の爆発が、もはや動かなくなった巨躯を粉々に打ち砕いた。
それは極めて威力の高い魔術であり、消耗も激しかった。
「ふう……」
幸多は、魔術のもたらした破壊の跡に充実感と昂揚感を覚えながら、同時に想像以上の疲労感に襲われていた。
これが魔法を使うということなのか、と、またしても思い知る。
脱力感が酷く、立っていることですらしんどかった。杖に体重を預ける必要が出てくるくらいにだ。
圭悟が、なにやら嬉しそうに話しかけてくる。
「どうだよ、魔術士殿」
「中々に疲れるね」
「だろ?」
さもありなん、とでもいいたげな圭悟の表情は、幸多の消耗ぶりを理解してのことだ。蘭が苦笑交じりにいってくる。
「まあ、さっきの魔術みたいな魔法を一般市民が使うことなんてないんだけどね」
「そうはいってもさ、閃球なんかはずっと魔法使ってるようなものだったんでしょ?」
「そうだな」
「そりゃ疲れるよ」
幸多は、今更ながら、閃球の四試合を戦い抜いた仲間たちの凄さを知った気分だった。試合の合間合間に法子と雷智がマッサージを求めてきたのも、よくわかる。
法子と雷智は、特に消耗が激しかったはずだ。
法子は常に動き回っていたし、雷智は星門を割られまいと必死だった。
そんな彼女たちの疲れを少しでも癒やすことができていたのだとすれば、指圧も無駄ではなかった、と、幸多は思うのだ。
「てめえは強力な魔術を考えもなしに使いすぎなだけだがな」
「やっぱり?」
なんとなしには想像できていたことではあったが、圭悟に指摘されて、確信に至る。強めの魔術を使えば確実に止めを刺せる、という考えの元、後先考えずに使ってしまっていた。
「魔力も法力も自然に回復しますから、しばらくすれば、疲れも取れるはずですよ」
「ま、それをいえば、おれらの技力もそうなんだがな」
「技力」
「戦技を使うのに必要なんだよ。魔力みたいなもんだ」
「戦技」
「だああもう、一々説明すんのめんどくせえええ」
「冗談だって、見てればなんとなくわかるよ」
幸多は、圭悟の荒れ狂う様を笑いながら、いった。戦技とは、おそらく圭悟たち近接職とやらの強力な攻撃のことだろう。そう、幸多は納得したが、間違っている可能性も捨てきれなかった。
それから、なり損ないの討伐は続いた。
天から降りてきたなり損ないは五体。
それらを全て討伐するまで、然程時間はかからなかった
幸多も、戦ううちに魔術士としての戦い方が少しずつわかってきた気がした。なり損ないのような、それほど強くない相手には、強力な魔術を叩き込む必要がないという、初歩的な戦い方がわかったのだ。
「基礎中の基礎だぜ」
圭悟が一々いってきたが、幸多は無視したのだった。毎度毎度相手にしていたら疲れるだけだ。
破邪の大地からなり損ないを一掃すると、天の声が聞こえてきた。
『皆、準備運動は済んだかい。初心者の二人も、少しは慣れたかな?』
「はい、まあ、なんとか」
「慣れた、かな」
幸多と真弥は顔を見合わせ、うなずき合った。少しずつ、戦いに貢献できるようになってきた気がする。
『それは良かった。では、本格的な戦――』
天の声が突然、途切れたようにして聞こえなくなったかと思った矢先だった。
天を覆い隠していた鉛色の雲が忽然と消え失せたかと思えば、虹色の空がその異様な光景を見せつけてきたのだ。
「ん?」
「なになに?」
「どうなってんだ?」
「これもテストプレイ……だよね?」
「いや、こんなのは聞いてないな」
怜治が困惑する中、虹色の空に変化が生じた。虹色に輝く空の真ん中から光の柱が降りてきたのだ。先程のなり損ないのそれよりも余程巨大で莫大な光が、柱となって聳え立ち、周囲の大気を掻き混ぜ、嵐を起こす。
嵐は冷気の渦となり、空気は氷、気温が急激に冷え込んでいく。
なにもかもが冷却され、凍り付いていく光景は、まさに幻想的であり、神秘的というほかなかった。
そして、光の柱が収束し、それが現れた。
白と青を基調とする甲冑を身に纏い、雪の結晶を思わせる光背を負ったそれは、女神のような美しさと冷厳さを併せ持っていた。長い髪は純白で、光り輝く目は金色だ。白く透けるような肌は、雪を想起させた。
だがしかし、その容貌には、幸多ははっきりと見覚えがあった。
「師匠?」
ふと、幸多の口をついて出たのは、彼女がそう呼ぶように指定した言葉であった。
氷と雪の女神とでもいうべきそれは、確かに伊佐那美由理にそっくりだった。




