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第千六話 親友と(二)

 天燎てんりょう高校一年二組の教室は、普段とは比べ物にならないほどの活気に満ち溢れていた。どうにも騒々しい。

 それはそうだろう、と、らんは思う。

 二学期の最終日であり、終業式が行われるということもあるのだが、なんといっても久々に幸多こうたが登校し、教室に存在しているのだ。

 たったそれだけのことで大騒ぎになるのは当然だったし、大盛り上がりになるのも無理からぬことだった。

 幸多は、双界そうかい全土に知らぬものはいないくらいの有名人だが、天燎高校の生徒たちにしてみれば、同じ学校に通う仲間なのだ。

 他の一般市民よりは、多少なりとも距離感の近い間柄だということもあって、彼の活躍に注目していた学生も少なくないだろう。

 龍宮戦役りゅうぐうせんえき境界防壁防衛戦きょうかいぼうへきぼうえいせんにおける幸多の、真星しんせい小隊の活躍は、歴史に燦然さんぜんと輝くものだろうし、後世に語り継がれていくに違いない。

 まさに英雄だ。

 そんな人物が、ごくごく普通の学生のように振る舞い、当然のように着席する様を見ているだけで感動もひとしおだった。

 圭悟けいごなどは、教室に向かって移動している間中ずっと、幸多の肩や背中をばしばしと叩いていた。そうすることで幸多の実在を確認しているかのようだったし、実際、その通りなのかもしれない。

 幸多の活躍以上に、彼が生きているという事実のほうが何倍も嬉しかった。

 蘭たちが幸多と直接会うのは、本当に久しぶりだった。

 丸々二ヶ月ぶりくらいだろうか。

 もちろん、直接会わなくとも連絡を取る手段はいくらでもあった。携帯端末で通話することもできたし、コミュニケーションアプリ・ヒトコトを通じてのやり取りも頻繁ひんぱんに行っていた。ネットワークを介せば、幻想空間上で集まることは難しくもないのだ。

 それでも、こうして直接触れ合えば、彼のことがより感じられる気がした。

 圭悟は、特にそれを実感している。

 皆代みなしろ幸多という童顔の少年が、いまや歴戦の猛者もさそのものの顔つきになっていることに気づかされ、多少、動揺どうようを覚えたほどである。

 幸多は、変わった。

(そりゃそうだ)

 自分の席に座り、いつものように机の上に足を投げ出すのではなく、身を乗り出すことで手前の席に座る幸多に話しかけやすくしながら、考える。

 幸多が戦団に入って、半年が経過した。

 対抗戦を優勝し、掴み取った入団の権利を当然のように行使した彼は、当たり前のことながら、だれにも期待されていなかった。

 圭悟たちだって、幸多になにができるのかと考え込まざるを得なかったものだ。

 幸多の実力は、知っている。知りすぎるほどに知っていても、幸多の導士としての将来には、想像を絶する困難が立ちはだかるだろうと確信していた。

 幸多は、ただの魔法不能者ではない。完全無能者だ。魔法の恩恵を受けることすらままならない彼が、戦闘部に入って、一体なにができるというのか。

 確かに幸多の身体能力は、尋常じんじょうのものではない。あの草薙真くさなぎまことすらも圧倒するほどの身体能力。そして、卓越たくえつした戦闘技術。

 だが、それだけでは幻魔げんまを相手に戦える証明にはならない。

 それでも幸多の夢を叶えてあげたいという気持ちにさせるのが、彼の彼たる所以ゆえんなのだろうが、圭吾たちにはただ応援することしかできない。

 彼を戦団へと送り届けるまでが精一杯だった。

 後は、幸多自身が掴み取るしかない。

 そして、幸多は、ただ夢を叶えただけではなく、戦果を上げ、実績を積み重ねてきた。

 いまや押しも押されぬ若手導士の一人であり、皆代統魔(とうま)伊佐那義一いざなぎいちに並ぶ知名度、人気度を誇るという。

 始業前の教室が、関係者や部外者で溢れかえるのも納得が行くというものだ。

「学校に出てくるっつーなら連絡くらい寄越よこせっての」

「そうよねえ。そうしたら、少しは騒ぎも抑えられたかもしれないのに」

「仕方がなかったんだよ。今日、休養日が取れるかどうか、ぎりぎりまで決まらなかったから」

「それってつまり、本当は休養日じゃなかったってこと?」

「うん。本当は任務だったんだ。せっかくの終業式だし、顔を出しておきたいなって。二学期、全然登校できなかったでしょ」

 幸多は、目の前の親友たちに説明しながらも、周囲で聞き耳を立てているのであろう同級生や上級生の様子を横目に見たりしていた。

 注目を浴びるのには、慣れている。

 しかし、そのことで圭悟たちまでも注目の的になるのは、申し訳ないという気持ちもあった。もっとも、そんなことを口にすれば、圭悟にどやされるのもわかりきっているから、なにもいわないのだ。

 そんなことを気にして、幸多の親友は務まらない――と、圭吾たちならばいうだろう。

 すると、圭吾が妙にうやうやしい態度を取ってきた。

「そりゃあ、導士様の本分は任務遂行にございますから、当然でございましょうが」

「どういう言い方?」

「導士様のおかげで安穏あんのんたる日常を謳歌おうかすることができているのでございますし、これくらいは当然かと」

「気味悪いなあ」

「ははっ」

 圭悟は、幸多がなんともいえない顔をしたので、大笑いした。幸多のそういう表情を見られただけで、安心する。

 幸多は、英雄の如く扱われる。いや、事実、英雄そのものの活躍をしているのだから、それでいいのだろう。

 しかし、いま圭悟たちの眼の前にいるのは、同じ十六歳の学生なのだ。

 もちろん、幸多は、圭悟たちとは違って、学生気分などほとんど抜けきっているだろうし、導士として決意と覚悟の日々を送っているのだろうが。

 だからこそ、こういう状況では、笑っていて欲しいと想うのは、身勝手な願望だろうか。

「そうよ、圭悟。気持ち悪いわよ」

「うるせ」

「まったく、皆代くんの気持ちも考えなさいよ。わざわざ終業式のために時間を作ってくれたのよ。この時間を大切にしなさい」

「おまえはなんなんだ?」

「圭悟くんの保護者さん?」

「だれがよ」

 真弥は、幸多に半眼を向けた。

阿弥陀あみださん」

「皆代くんも言うようになったわね」

「前からこうだろ。なあ?」

「まあ、そうかも」

「そうですわね」

「そう? そうだったかな」

「こいつ、案外口悪いぞ」

「それは言い過ぎじゃない?」

 幸多は、圭悟に指を指されて、笑いに笑った。

 そうする内に始業を報せる予鈴よれいが響き渡り、教室に集まっていた部外者たちが慌てて駆けだしていった。幸多に意識を取られる余り、時間を気にしていなかったのだろう。

 やがて、小沢星奈おざわせいなが教室に入ってくる。彼女は廊下を全力疾走で駆け抜けていった生徒たちを叱ることすらできずにいた。あまりにも数が多かったからというよりは、その理由も知っていたからだ。

 皆代幸多が登校してきたというしらせは、教職員一同を緊張させる一言であり、真言しんごんといっても過言ではなかったのだ。

 星奈も、緊張の面持ちで教室内を見回し、定位置に着席している幸多の姿を確認した。静かに深呼吸をする。

 彼は、星奈が担当する生徒だが、同時に戦団の導士であり、いまや押しも押されぬ英雄である。扱い方を間違えれば、それだけで問題に発展しかねないのではないか。

 今朝の職員室は、その話題で持ちきりだったし、星奈は校長から直々に声をかけられていた。

 幸多の扱いには、くれぐれも気をつけるように、と。

(どう……気をつけろというのかしら)

 星奈は、校長がなにひとつ具体的な指示がなかったことに内心不満を覚えたものの、とはいえ、気をつけなければならないのは事実だったし、だからこそ、緊張感をもって教室に臨んだのだ。

 そして今日は、終業式である。普段とは異なる空気感が、教室内に満ちていた。

「皆さん、おはようございます」

 星奈が教壇きょうだんから挨拶をすると、学級委員長の清玄友香里せいげんゆかりが声を上げた。

「起立!」

 生徒たちが一斉に立ち上がる様は、壮観である。

 将来、天燎財団関連の企業に就職することが約束された優秀な学生たち。一年生だが、この十二月までに徹底的に鍛え上げられた彼らは、既に社会に出ても恥ずかしくない人間へと成長を遂げていた。

 そんな中にあって、学校にほとんど顔を出していない幸多の立ち姿のほうが余程様になるのは、彼が数多の死線をくぐり抜けてきた戦士であり、既に自立した大人だからなのかもしれない。

 皆代幸多の顔つきは、入学式のときとは別人だった。

 その瞬間、星奈の頭の中が真っ白になったのは、彼と目が合ったからだが。


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