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第8話 変態と変体

「いやいや待て待て! 貧北高校を半壊した張本人だと!? 一体アンタは何を言っているんだ!?」

 

 今さっき女から告げられた衝撃の告白に、俺は手振り身振りしながら女と一緒に校内外通路を歩いていた。


「だぁかぁらぁ! 私の言った通り、この高校を一年前破壊したのはこの私なのだよ」

「えぇ!? なんで怒るの!? 例えアンタが貧北高校を破壊したのだとしても、逆ギレは明らかにおかしいだろ!!」


 俺は当たり前の反応をしただけなのに、むしろ女にキレられてしまう。

 そんな女の態度に異を唱えると女はこう返してきた。


「ふん! 過去は過去、今は今なのだ! 私はこうネチネチと過去のことについて言ってくる人間がだいっっっ嫌いなのさ!」


 なんと腕を腰に当てながらタコ顔で、まるで俺が悪いかのように堂々と言ってきたのである。

 清々しいほど堂々としている女に俺が小声で「なんて女だ」と呟いた途端「今何か言ったかい!!」と辺り一帯に響き渡るほどの声量で怒鳴り散らしてくる。

 あまりにも太々しい女を前にして萎縮してしまった俺はつい「ごめんなさい」と謝ってしまった。


 *

 

 俺の謝罪で女の機嫌が完全に戻ったその頃、俺達は新校舎の入り口を前にしてようやく足を止める。

 

 無機質な灰色の扉。

 今は立ち入り禁止の為内側から強固な鍵がかかっており、かつ頑丈な扉なので外側から侵入するのは極めて困難だ。

 ところが女はまんざらでもなさそうな表情でこの扉を指差した。


「在校生の君なら知っていると思うが、ここがこの場所の入り口だ。この先に君が知りたがっている世界が広がっているよ」

 

 俺は女に言われるがまま扉を眺める。

 しかし在校生である俺だからこそ、この扉から侵入するのは極めて困難であることを知っていた。


「なるほど。だけど在校生である俺から言わせてもらうと、この扉から入るのは無理だと思うけどな。何故ならこの扉は教職員用の扉で一般の生徒が入るための扉じゃない。そのせいかやけに頑丈に作られている上、今は施錠されていて無理矢理こじ開けるのは不可能だ。だったら今シャッターで閉めらている新校舎の正門から入って、無理矢理シャッターを開けた方が手っ取り早いと思うけどな」

 

 手を首に当て腕を組みながら長々と説明する俺の姿を見るやいなや急に「アハハハハ」と女は笑い始める。

 笑われた俺は自分の語っていたナルシストみたいな態度に笑われたのかと思った途端、溢れんばかりの羞恥心が襲いかかってきた。


「な、なんだよ! 何が面白いんだよ!」

「いやいや、別に君の語っている姿に笑ったんじゃない。ただ君が他の子達とめっきり同じことを言うもんだから面白くって」

 

 俺の必死な姿の原因理由を女に見抜かれ、更に恥ずかしくなってしまい癖で顔を下げてしまったが、どうやら女の笑った理由はそれじゃないらしい。

   

 今女は「俺が他の子達と同じことを言った」と喋った。

 

 他の子達とはどういう意味だ。  

 この場所に他の人間と女が来たということなのか? 

 深まる謎に我慢しきれなくなった俺が女に質問しようとするが、先に喋り出したのは女の方であった。


「確かに君の言うとおりこの扉は頑丈で開けられない。かといって正門の方まで回りシャッターを手で上げるという行為も面倒だ。それに第一この場所は立ち入り禁止なのだよ? シャッターを上げる音で他人にバレてしまったらどうする?」

「でもそれ以外ここに入る方法がなくないか? 本来なら第一校舎と空中通路を伝って新校舎に入るけど、今はどっちも壊れているからその方法は不可能だ。後は窓を割って入る……ってこれは侵入がバレてしまうからダメだよなぁ」

 女のペースに質問するのを後回しにし、俺はこの校舎に入る方法を考えるもなにも思いつかなかった。

 幾ら考えても思いつかない俺にダメ出しをするが如く女は舌打ちしながら指を振る。


「いいか少年。そんな現実的な方法は考えちゃダメだ。今から君が体験するのは超常現象だとさっき言ったはずだよ」 

「でも俺一般人だし。現実的な方法しか考えられねえよ」


 現実的な方法を考えるなと言われても俺はただの一般人に過ぎない。

 ましてやその超常現象を目に見えて体感したわけでもないので、いきなりそんなことを言われても無理があるというもんだ。


「なら今から現実的な考えを止め、超常的な思考に変更しよう。さあ少年、超常現象の蔓延る世界で君ならどうやってここに入る?!」


 俺は一回黙り込んで黙々と考え始めた。

 仮に超常現象の蔓延る世界を魔法の世界だと置き換えてみよう。もし俺が魔法を使えたら…………、

「自分が透明人間になって……ってこれは無理か。自分が透明になってもドアから中に入れるわけじゃない。となるとドアを見た目だけ残して空気に変える魔法を打って通る……ってそんものあるわけないか——」

「ピンポンピンポン!! だぁいせいかーい!!」

「あはは、ありがとうありがとう————ってええ!! うそぉ!? そんなことあるの!!??」

 

 女の掛け声に一瞬適当な返事をしたのだが、まさかの大正解に我に帰った俺は慣れもしない大声で叫んでしまう。


「まあ大正解というのは流石に盛ったのだが、殆ど正解で良いだろう。やるじゃないか少年。やはり私の目に狂いはなかった」

「おま……マジかよ。——にわかに信じられねえぜ……」

 あまりの衝撃に女を『お前』呼びしてしまうところだったが、ギリギリのところで止まり、一旦の呼吸を挟んで冷静さを取り戻す。

 

 だがこんな夢に満ち溢れたことがあるのだろうか?

 いや、現にこうして全子供達の夢と希望が詰まっているではないか。


 ここに来るまではどれほどの絶望が待ち受けているのかと恐怖に打ちひしがれていたが、案外素晴らしい、心躍るようなものも待ているじゃないか。


「正解の答えを当てられてなんだか嬉しそうだね、少年」

「ああ! まさか現実にそんなものがあるなんてな! なんだか俺ワクワクすっぞ!!」

 

 確実にテンションが上がっているというのがよく分かる。

 早く扉の向こうに行きたい。


「よし! それじゃあ私を見ていてくれ。行くよ————開門」

 

 女が右手のひらを扉に当てた瞬間、扉に光る二重の円が現れる。

 夜に輝く蛍のように、俺の目にはただの扉がどこにでも旅立てそうな奇跡の扉に映ったのだ。


「わぉ……」

 

 信じられない光景に自然と感嘆の言葉が出る。まさにファンタジー。

 自分はゲームの世界に居るのではないかと錯覚するほどであった。

 

 女が手を当てている間、線と線の間にある縮小されたバーコード線のようなものが十二時の場所から時計回りに移動し始め、最終的に元の位置に戻り終えると二重線の模様が扉から消滅する。


「これで終わりだ。私が先に行くからついて来てくれ」

「え? でもどうやって中に入るん……っておいおい! マジかよ!?」


 「先に行く」と言った女が一体どのようにして中に入るのかとまじまじ見ていたら、なんと女の体が扉にのめり込みだしたのだ。

 頭から足先までの半身が扉に吸収され、半身が外に露出している状態。

 驚きすぎて頭が前のめりになる俺を他所に、ついに女の全身は扉の向こうへと消え去って行った。


「おーい、少年も早くこっちに来なよー 早くしないと術の効果が切れてしまうよー」


 目の前から消えた女を見て俺は女がどこか異世界にでも飛ばされたのかと勝手な想像をしていたのだが、扉の向こうから聞こえる声に女の存在を気付かされる。


「これ本当に…………行けるのか?」


 確かにこの目で女が扉の向こうへと入っていく瞬間を見たのだが、俺はまだ半信半疑であった。

 なにせ未体験な上に扉には未知数の現象が起こっているせいで頭の処理が追いついていないのだ。

 だが考えても無駄である。行くしかない! いや、——行ってみたい!! 


 ——ゴクリ。

 緊張と恐怖で唾を飲み込み手のひらからジワジワと汗が湧いて出る中、ビビりな俺は右腕を恐る恐る扉に突っ込んだ。


「す、すげぇ……!」

 

 気持ちいのか、痛いのか、暖かいのか寒いのか、俺は扉に体を入れた際どんな体験が待っているのかと意気込んでいたのだが、扉に触れた右腕はまるで空気に包まれているようであった。

 そう、すなわち普段と全く変わりがないのだ。


 眼前に扉が存在していないかのように、普段右腕を振って歩いているときとなんら変わりないのである。

 溶けるようにして扉に突き刺さる右腕を三秒ほど眺めた俺は、そのまま前に歩き出してとうとう顔を扉に近づけた。


「————ッ」


 流石に至近距離の中目を開きながら扉に突入するというのは幾らなんでも怖いので、入る瞬間だけ目を瞑る。

 本当に何かに触れている感触がないので、目を瞑っている自分がちゃんと扉の中へと入れているか不安で、前に伸ばした手を動かしながら歩いていると、唐突に何か柔らかい感触が俺の両手の中に収まった。


「ん……? なんだこれ?」

 

 柔らかくて大きい。かといって程よい弾力もある謎の物体。

 それも片手に一つずつ、計二つも存在している。手の感触からしてこれは球体に近いものであるというのがわかる。


 握った瞬間は球体が凹むのだが、手を離すと弾力があるせいか球体が擦りついているのが手に取るようにわかった。


「むむむ………? おーい、何かが俺の手に触れてるんだが何かわかるかー?」


 握ったり擦ったりしても結局球体の正体がわからないので近くにいるはずであろう女に声をかける。

 すると正面、それもかなり近い距離から女の声が聞こえてきた。


「そうか……。それは奇遇だな。丁度今私も自分の胸を誰かに触られているみたいなんだ。それもいやらしい手つきで握ったり擦られたりしている」

「へーそうなのか。それは確かに奇遇だなっ…………てあれぇ…………。それってもしかして…………」


 ——刹那、嫌な予感と寒気が俺の背中をなぞるように走って、俺は大きく身震いした。

 怖かった。

 嫌だった。

 目を開けるなと本能が訴えかけてくる。


 ——でも俺は開けるしかなかった。

 目の前からとてつもない圧を感じるのだ。今すぐに目を開けないと殺すと圧が命令しているのだ。


 俺は全身で感じる圧に押しつぶされながらも、恐る恐る、慎重に瞼を開く。


「——————ぁ」


 両目を開いた瞬間、俺は声にならない声を漏らす。

 見てしまった。俺は見てしまったのだ。 

 見てしまったが故に、もう後戻りができないと勘づいてしまう。


 ——カタ、カタカタ、カタカタカタ、かタカタカタカタ。


 顎が震えて上歯と下歯の奏でるメロディーが止まらない。

 体内の水分を幾ら放出するのかと思えるほどの大量の汗がこれでもかと噴き出す。

 手が震え、足が恐怖の悲鳴をあげている。ガタガタの腰のせいで立っているのもやっとであった。

 

 それは予想外であった。なんと俺の両手が女の胸をがっしりと掴んでしまっていたのだ。

 女の顔はニコニコしていたが、感情のない笑顔の内で何を思っているのかは知る由もない。

 俺は震える手をなんとか手前に戻して女の胸から体ごと遠ざかる。


「ふむ。実は先程から思っていたのだが少年は変態さんなのだな。興味深いのでよく覚えておこう」


 俺は絶望した。

 実質遠回りに『殺す』と言っているものではないか。

 もう終わりだ。俺は確実に死んだ。


 知らなかったんだ。

 これは本当に予想外なのである。そう、予想外だった。


 ————まさか女の背後に、頭に錆びた鉄のような二本の角を生やし、血走った瞳孔を剥き出しのまま口から気持ち悪い量の涎を垂らし、血管の浮き出た丸太程の腕に校舎の壁をも切り裂きそうな巨大な爪をギラつかせ、今にもその自慢の牙で女の頭を噛み砕く勢いを持った、漆黒の毛皮に覆われた四メートルもある正真正銘の化け物が立っているなんて、


 ———予想外にも程があるだろ。


 ついに俺の頭はバグってしまった。

「あ」としか発言できない体に変化してしまったのだ。とてもじゃないが怖すぎて、漏らすどころかちょびっと穴のところからブツが出ているじゃないか。

 もうダメだ、俺はもう——限界だ。


「……あぅ」


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