古びた家で出会うもの
「道はこっちで合ってるかい?」
「はい合ってます。わざわざありがとうございます」
お父さんと会話する従姉と僕を載せて車は山道を進む。
「いつ着くの?」
「ずっと車の中は飽きてきちゃった?もうすぐだから待っててね」
助手席に座る従姉が振り向いて僕に話しかける。
身を乗り出して答えようとすると制されて、チャイルドシートに座り直す。
「景色も似たようなもんだしヒマ」
どこまで行っても森の緑と空の青、たまに川が見えるぐらい。
お母さんにもらった飴玉も残りわずかになってきた。
「これならお母さんやお兄さんみたいに家にいればよかったかな」
「おばさんは仕事で従兄さんはバイトでしょ?行きたいって言ってたよ」
「家に行って片付けるだけじゃん」
僕の言葉に従姉は困った顔をして笑う。
「まあ今日は様子見だからね。おじさん……父さんの兄さんが亡くなったわけだし」
そう。実は従姉の父と母は何年か前に他界した。
お兄さんがいるのだけど、病気で入院していてその人も先月亡くなった。
だから従姉は天涯孤独、と聞いている。
「でもこれからも一緒に住めるんでしょ?」
「……ありがと。そうよね。そう、思うことにするね」
従姉は今、僕の家に住んでいる。
本当ならお兄さんが退院するまでの間、預かるという話だった。
「本当に大丈夫かい?」
「はい。兄さんとは歳が二回りも離れてて数回会っただけですから」
従姉は元気に父さんと話している。
(うちに初めて来たときは暗かったのに、今は明るくなったよね)
宙に浮いた足をぶらぶらさせて話を聞く。
「ほら。見えてきたよ」
従姉の声で顔を上げて見ると、森の奥に古びた二階建ての家があった。
*
シートベルトを外して車から降り、背伸びをする。
日差しと風が心地よく感じた。
「よく我慢できたね。えらいえらい」
従姉も車から降りてきて少ししゃがみ、僕の頭の上にポンと手を置いてなでる。
優しい視線と動く手に、顔が緩むのが自分でもわかる。
父が車から降りると、従姉はなでる手を止め、持っていたポーチの中に入れた。
「えーとカギカギ……」
少ししてカギを取り出すと、従姉を先頭に家に向かう。
「それじゃ開けますね」
*
家の中から埃っぽいにおいがする。
カーテンが引いてあり家の中は薄暗く、お父さんは明かりを探す。
「ここが兄さんの住んでいた場所かあ」
「え?お姉ちゃんも初めてきたの?」
「そうよ。兄さんはここで絵を描いてるって聞いてね」
「僕の頭なでるみたいにすれば――」
「思ったより広いね。何があるか手分けして確認しようか」
良いのにという前に、家の中が明るくなり、お父さんの声がする。
「それなら私たち二階に行きますね」
言うが早いか、従姉は僕の手を引いて廊下の奥へと進んでいく。
*
(実はお兄さんに遠慮していたっていうのなら僕は特別なのかな?)
手を引かれながら、考える。
「ぼんやりしてたら置いてくぞ♪」
「楽しそうだね、お姉ちゃん」
「うん♪こういう探検って楽しいよね♪」
今にも歌いだしそうな勢いで、僕の手をぎゅっと握って従姉が話す。
(家だと車の中みたいにおとなしいのに、意外に活動的なんだ……)
「おっ!階段発見!」
「行こうよお姉ちゃん!」
元気な声で話す従姉につられ、僕も元気な声で返す
なんだか楽しくなってきた中、従姉に先導され階段を登る。
「あれ?なんか落ちてる」
拾ってみたらそれは十円玉だった。
「両方表だ」
裏返しても拾った面を見ても数字が書いてある。
「数字が書いてあるのは裏面よ。どうする?お姉ちゃんが預かろうか?」
従姉は繋いでいる手とは反対の手を差し出してきた。
「僕が持つよ」
「大事に持っててね。兄さんが集めてたのかも――」
従姉の言葉が途中で消える。
というのも電気が消えて周囲が真っ暗になったから。
「ブレーカー落ちたみたいだ。ちょっと待っててね」
一回からお父さんの声がする。
「ちょっと待ってだって……ってあれ?お姉ちゃん?どこ?」
気が付くとつないでいた手が離されて、宙ぶらりんな状態になっている。
お姉ちゃんからの返事を待ってみたものの、返ってきたのは静寂だけだった。
やがて電気がつくと、従姉は両耳をふさいでしゃがんでいる。
声をかけようとしたけど、震えているようにも見え、少し戸惑う。
(あのお姉ちゃんが実は怖がり?)
頭をよぎった考えをまさか、と思い振り払う。
従姉の元気な姿を見たくて、僕は追い抜いて階段を上る。
「よしよし」
階段の少し上、手すりにつかまり、背伸びして僕は従姉の頭の上に手を置いた。
いつもやってもらっているようにポンと置く。
そしてなでる。ゆっくり優しく。
「……ありがと」
「いつもやってくれてるお礼だよ。僕だってこうすれば頭なでれるんだからね♪」
「調子に乗りすぎだぞー」
ふふん、と胸を張って答えたら、ギュッと抱きしめられた。
思いのほか強い力で抱きしめられ、ぐえっと言いかける。
「苦しいよ、お姉ちゃん」
「あはは、ごめんごめん」
腕の震えが落ち着くと、ようやく従姉は僕を開放する。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんだから」
心配そうに話しかける僕に言い返すと、従姉は立ち上がり僕の頭の上に手を置く。
「ありがとね、いこっか」
気丈にふるまっている気がして、僕は手をのけて階段を数段のぼり踊り場に立つ。
「行こう。お姉ちゃん」
そう言って手を差し出すと、従姉は目を白黒させる。
「ありがとね」
お礼を言い、僕の手を取る従姉。
「こういう時は手すりをつかんでたら、かっこ悪く見えちゃうぞ」
「落っこちるじゃん」
からかうように話す従姉に言い返すと、従姉は僕を追い抜く。
「手すりは私が持つから、手をしっかり握っていてね」
よかった、いつもの従姉と一安心する。
残り半分の階段を上っていく僕と姉の姿を姿見が映し出していた。
*
「ここは……書斎かな?」
「お姉ちゃんのお兄さんって勉強もできたの?」
「ここはもともと別荘でね。静かな場所で絵を描きたい兄さんに住んでて貰ってたの」
従姉が話すには家も生きているそうで、そのために人が生活する必要があるだとか。
「マンガあるかなー」
難しい話になりそうな気がしたので、聞き流し本の表紙を見て奥に入ろうとする。
「一人で行動するところんじゃうよ」
従姉がつかんだ手を強く握り、一緒に奥に入る。
「難しそうな本ばっかり。お姉ちゃん読める?」
床に山積みになっていた本を一冊手に取り、従姉に渡す。
「えーっとちょっと待ってね」
本を受け取りパラパラとめくる従姉。やがて顔が険しくなる。
(実はお姉ちゃん頭あんまり――)
「失礼なこと考えてるでしょ?」
心を読まれたのか従姉が僕をジト目で見ていた。
「顔に出てるからね。すぐわかるんだよ」
「で、読めた?何が書いてあった?」
「さっぱり。初めて見る文字だもん」
ごまかすように聞いてみる僕に、従姉は大きく息を漏らして呟く。
『そうでしょう。なぜならこの本は魔法の本なのですから』
「え?誰?」
周囲を見渡して、声のもとを探す従姉と僕。
『ここですよ。ここ』
「ひょっとして本?」
声の出どころに耳を澄ますと、どうやらいとこが持っている本がしゃべっていた。
『はい。その通り。私はこの本に宿る精霊みたいなものです』
「本の精霊?」
『正解したご褒美に、あなたたちを魔法が使えるようにしてあげましょう』
本の精霊はそういうと急にあたりが眩しくなる。
『これで私を手にしている限りあなたたちは魔法が使えますよ』
本の精霊の姿が消える。多分本の中に戻ったのだろう。
「ホントかなあ」
僕は冗談半分に手を振る。風よ起きろと思いながら。
「うわっ!ほんとに風だ!」
風が起きて、カーテンがたなびく。
カーテンから差し込む光が部屋をきらめかせる。
「ちょっ!埃、埃」
従姉が慌てて魔法を使い、宙に舞う埃をひとつにまとめる。
部屋にあった箒を使って塵取りに入れてごみ箱に捨てる。
「すごいよお姉ちゃん。これ本物だよ!明日学校で自慢できるよ!」
「そうね。魔法が使えるなんてすごいことよ!」
興奮気味に従姉が答える。
歳は離れてるはずなのに、僕と一緒にすごく喜んでいた。
(意外に子供っぽいところあるんだね)
「お父さんはどうしようかな?教えちゃう?」
「そうねえ……一度報告しにもどろっか」
「えー、内緒にしようよ」
「おじさん仲間外れになっちゃうよ」
一理あるので従姉に従い、渋々ながらも階段に向かう。
*
本を手に持って階段の踊り場近くに差し掛かる。
「さっきも思ったけどなんでこんなとこに鏡があるんだろ?」
「誰かが上り下りしたときにわかるようにかな」
「そうなんだ」
「さあ。適当」
「なにそれー」
ころころと笑いながら従姉が話す。
(お姉ちゃんが冗談言うなんて初めて知ったよ……楽しそうに笑うのも)
ふいに従姉の笑顔を鏡と見比べる。
同じなはずなのになんだが隣にいる従姉の笑顔がまぶしく見えた。
「そろそろ行こうか」
僕に声をかけて手を引っ張り、先に進む従姉。
なんだかふしぎな感じがして僕は鏡をじっと見つめた。
「あれ?」
お姉ちゃんは先に進んでいる。
でも鏡のお姉ちゃんはさっきまでと一緒に僕を見ていた。
「これってどういう――うわっ!」
鏡の中にいる従姉が手を出してきて僕の腕を掴む。
「どうし――」
従姉の声が遠ざかり、世界が暗転する。
*
「ここは――?」
『どうやら鏡の中ですねえ』
本の精霊が姿を見せ、僕の疑問に答えてくれた。
「え?お姉ちゃんは?」
「鏡の外にいますね。ほら」
本の精霊が指をさす方向に視線を合わせると、鏡をたたく従姉の姿が見えた。
「お姉ちゃん!僕はここだよ!」
大きな声をかけても駆け寄ろうとしても、従姉との距離は同じまま。
「いったいどうして……」
「鏡に宿る精霊のいたずらでしょう」
「そんな!なんで!」
「さあ?古いものには精霊が宿りますし精霊はいたずら好きですし」
本の精霊が肩をすくめて言い放つ。
「まあ精霊の気が済むまでここにいれば良いと思いますよ」
「そんなあ……」
家に帰りたい。従妹やお父さんに会いたい。お母さんにもお兄さんにも。
ぐるぐると思いが頭の中を駆け巡り、本を手に取って、うつむく。
*
なにかが割れる音がした。
何の音だろうと思い、顔を上げると従姉が手を指し伸ばす姿が見える。
「お姉ちゃん!」
慌てて両手でその手をつかむ。
なんだか周囲にも亀裂が入ってきている。
まるで世界が壊れていくように、細かい日々があちこちに。
「しっかり握ってて!」
そう言うとまた世界が暗くなる。
*
「――!――!」
僕の名を呼ぶ声がする。
目を開けると、真っ先に飛び込んできたのは今にも泣きそうな従姉の顔。
「お姉ちゃん!」
夢中で従姉に僕は抱き着く。
従姉は僕を抱きしめると、落ち着くまで背中を軽くたたいてくれていた。
「落ち着いた?」
「ありがと、お姉ちゃん。でもどうやったの?」
「一度書斎に戻って箒を木に変えてね、鏡に突っ込んでみた」
あっけらかんに話す従姉の隣には、倒れた姿見と穂を上にして箒が壁に立てかけてあった。
(お姉ちゃんって怒らせたら怖い……?)
従姉の新たな一面を知る。
「おーい。大きな音がしたけど何かあったのかーい?」
お父さんの声を聞き、従姉は抱きしめていた僕を離す。
「踊り場の鏡が割れたから多分その音ー」
従妹が大きな声で返事をする。
「ケガはー?」
「大丈夫ー」
「平気だよー」
大声で会話して、僕と従姉は立ち上がる。
「あ!本!」
魔法の本を探しに周囲を見渡す。
「鏡の中だあ……」
「無事だったから良かったと思おう?」
「良いの?せっかく魔法使えるようになったんだよ?」
「お姉ちゃんは平気。大事なものを取り戻せたから」
「大事なもの?」
聞き返す僕を従妹はじっと見る。
「独りぼっちは寂しいから」
そういうと僕の手を両手で包み込む。
「さ、いこっか」
頭の中ではてなが踊る中、従姉は立ち上がり、僕もそれに続く。
*
階段を降りるとすぐにお父さんがやって来た。
従姉はあったことを簡潔にお父さんに伝える。
魔法の本のことは内緒にして。
「この家も古いからねえ、二人を悪いことから守ってくれたんだろうね」
「精霊が宿るって話?」
「そう。大切に扱われてたものには宿るのさ。本にも鏡にも家にもね」
お父さんの言葉になにか引っかかりを覚えた。
(なら鏡の精霊は守ってくれたの?何から?僕を?)
お父さんからなぞなぞを出された気がして僕は頭を悩ませる。
「そうですね。私たちを守ってくれたんだと思いますよ」
従姉はそう言って僕を背中から抱きしめる。
実は甘えん坊だったりするのかな、との思いが頭をよぎる。
(というかいろいろあったよね。ここに来てから)
一緒に暮らしてずいぶん経つのに初めて知ることが多かった。
(そばにいることに甘えてちゃダメってことか)
従姉に改めてお礼をしようと思い、ポケットの中を探る。
(確か車の中でもらった飴玉があったはず……ってそうだ)
ポケットで硬いものが指にあたり、僕はそれを手に取ってお父さんに見せた。
「10円玉拾ったんだ。お父さんに渡しとく」
「これは……珍しいね。両方とも裏面なんて」
僕から10円玉を受け取り、まじまじと眺めるお父さん。
「ひょっとしたら二人はこの家に歓迎されたのかな」
「え?どうしてそう思うの?」
「言うだろ?おもてなしってね」
お父さんのダジャレに、従姉はあきれたように手をおでこに当てた。
(面白いのに、なんでお姉ちゃんあきれてるのかな?)
これもまた新たな一面と思いつつ、従妹を見ていると目線が合う。
「よろしくね。これからも」
「うん!よろしく、お姉ちゃん♪」
従姉の言葉に返事をすると、お互いに笑みがこぼれた。