表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

超短編

古びた家で出会うもの




「道はこっちで合ってるかい?」

「はい合ってます。わざわざありがとうございます」

 お父さんと会話する従姉と僕を載せて車は山道を進む。

「いつ着くの?」

「ずっと車の中は飽きてきちゃった?もうすぐだから待っててね」

 助手席に座る従姉が振り向いて僕に話しかける。

 身を乗り出して答えようとすると制されて、チャイルドシートに座り直す。

「景色も似たようなもんだしヒマ」

 どこまで行っても森の緑と空の青、たまに川が見えるぐらい。

 お母さんにもらった飴玉も残りわずかになってきた。


「これならお母さんやお兄さんみたいに家にいればよかったかな」

「おばさんは仕事で従兄さんはバイトでしょ?行きたいって言ってたよ」

「家に行って片付けるだけじゃん」

 僕の言葉に従姉は困った顔をして笑う。

「まあ今日は様子見だからね。おじさん……父さんの兄さんが亡くなったわけだし」

 そう。実は従姉の父と母は何年か前に他界した。

 お兄さんがいるのだけど、病気で入院していてその人も先月亡くなった。

 だから従姉は天涯孤独、と聞いている。

「でもこれからも一緒に住めるんでしょ?」

「……ありがと。そうよね。そう、思うことにするね」

 従姉は今、僕の家に住んでいる。

 本当ならお兄さんが退院するまでの間、預かるという話だった。

「本当に大丈夫かい?」

「はい。兄さんとは歳が二回りも離れてて数回会っただけですから」

 従姉は元気に父さんと話している。

(うちに初めて来たときは暗かったのに、今は明るくなったよね)

 宙に浮いた足をぶらぶらさせて話を聞く。

「ほら。見えてきたよ」

 従姉の声で顔を上げて見ると、森の奥に古びた二階建ての家があった。


 *


 シートベルトを外して車から降り、背伸びをする。

 日差しと風が心地よく感じた。

「よく我慢できたね。えらいえらい」

 従姉も車から降りてきて少ししゃがみ、僕の頭の上にポンと手を置いてなでる。

 優しい視線と動く手に、顔が緩むのが自分でもわかる。

 父が車から降りると、従姉はなでる手を止め、持っていたポーチの中に入れた。

「えーとカギカギ……」

 少ししてカギを取り出すと、従姉を先頭に家に向かう。

「それじゃ開けますね」


 *


 家の中から埃っぽいにおいがする。

 カーテンが引いてあり家の中は薄暗く、お父さんは明かりを探す。

「ここが兄さんの住んでいた場所かあ」

「え?お姉ちゃんも初めてきたの?」

「そうよ。兄さんはここで絵を描いてるって聞いてね」

「僕の頭なでるみたいにすれば――」

「思ったより広いね。何があるか手分けして確認しようか」

 良いのにという前に、家の中が明るくなり、お父さんの声がする。

「それなら私たち二階に行きますね」

 言うが早いか、従姉は僕の手を引いて廊下の奥へと進んでいく。


 *


(実はお兄さんに遠慮していたっていうのなら僕は特別なのかな?)

 手を引かれながら、考える。

「ぼんやりしてたら置いてくぞ♪」

「楽しそうだね、お姉ちゃん」

「うん♪こういう探検って楽しいよね♪」

 今にも歌いだしそうな勢いで、僕の手をぎゅっと握って従姉が話す。

(家だと車の中みたいにおとなしいのに、意外に活動的なんだ……)

「おっ!階段発見!」

「行こうよお姉ちゃん!」

 元気な声で話す従姉につられ、僕も元気な声で返す

 なんだか楽しくなってきた中、従姉に先導され階段を登る。

「あれ?なんか落ちてる」

 拾ってみたらそれは十円玉だった。

「両方表だ」

 裏返しても拾った面を見ても数字が書いてある。

「数字が書いてあるのは裏面よ。どうする?お姉ちゃんが預かろうか?」

 従姉は繋いでいる手とは反対の手を差し出してきた。

「僕が持つよ」

「大事に持っててね。兄さんが集めてたのかも――」

 従姉の言葉が途中で消える。

 というのも電気が消えて周囲が真っ暗になったから。


「ブレーカー落ちたみたいだ。ちょっと待っててね」

 一回からお父さんの声がする。

「ちょっと待ってだって……ってあれ?お姉ちゃん?どこ?」

 気が付くとつないでいた手が離されて、宙ぶらりんな状態になっている。

 お姉ちゃんからの返事を待ってみたものの、返ってきたのは静寂だけだった。


 やがて電気がつくと、従姉は両耳をふさいでしゃがんでいる。

 声をかけようとしたけど、震えているようにも見え、少し戸惑う。

(あのお姉ちゃんが実は怖がり?)

 頭をよぎった考えをまさか、と思い振り払う。

 従姉の元気な姿を見たくて、僕は追い抜いて階段を上る。


「よしよし」

 階段の少し上、手すりにつかまり、背伸びして僕は従姉の頭の上に手を置いた。

 いつもやってもらっているようにポンと置く。

 そしてなでる。ゆっくり優しく。


「……ありがと」

「いつもやってくれてるお礼だよ。僕だってこうすれば頭なでれるんだからね♪」

「調子に乗りすぎだぞー」

 ふふん、と胸を張って答えたら、ギュッと抱きしめられた。

 思いのほか強い力で抱きしめられ、ぐえっと言いかける。

「苦しいよ、お姉ちゃん」

「あはは、ごめんごめん」

 腕の震えが落ち着くと、ようやく従姉は僕を開放する。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんだから」

 心配そうに話しかける僕に言い返すと、従姉は立ち上がり僕の頭の上に手を置く。

「ありがとね、いこっか」

 気丈にふるまっている気がして、僕は手をのけて階段を数段のぼり踊り場に立つ。

「行こう。お姉ちゃん」

 そう言って手を差し出すと、従姉は目を白黒させる。

「ありがとね」

 お礼を言い、僕の手を取る従姉。

「こういう時は手すりをつかんでたら、かっこ悪く見えちゃうぞ」

「落っこちるじゃん」

 からかうように話す従姉に言い返すと、従姉は僕を追い抜く。

「手すりは私が持つから、手をしっかり握っていてね」

 よかった、いつもの従姉と一安心する。

 残り半分の階段を上っていく僕と姉の姿を姿見が映し出していた。


 *


「ここは……書斎かな?」

「お姉ちゃんのお兄さんって勉強もできたの?」

「ここはもともと別荘でね。静かな場所で絵を描きたい兄さんに住んでて貰ってたの」

 従姉が話すには家も生きているそうで、そのために人が生活する必要があるだとか。

「マンガあるかなー」

 難しい話になりそうな気がしたので、聞き流し本の表紙を見て奥に入ろうとする。

「一人で行動するところんじゃうよ」

 従姉がつかんだ手を強く握り、一緒に奥に入る。


「難しそうな本ばっかり。お姉ちゃん読める?」

 床に山積みになっていた本を一冊手に取り、従姉に渡す。

「えーっとちょっと待ってね」

 本を受け取りパラパラとめくる従姉。やがて顔が険しくなる。

(実はお姉ちゃん頭あんまり――)

「失礼なこと考えてるでしょ?」

 心を読まれたのか従姉が僕をジト目で見ていた。

「顔に出てるからね。すぐわかるんだよ」

「で、読めた?何が書いてあった?」

「さっぱり。初めて見る文字だもん」

 ごまかすように聞いてみる僕に、従姉は大きく息を漏らして呟く。


『そうでしょう。なぜならこの本は魔法の本なのですから』

「え?誰?」

 周囲を見渡して、声のもとを探す従姉と僕。

『ここですよ。ここ』

「ひょっとして本?」

 声の出どころに耳を澄ますと、どうやらいとこが持っている本がしゃべっていた。

『はい。その通り。私はこの本に宿る精霊みたいなものです』

「本の精霊?」

『正解したご褒美に、あなたたちを魔法が使えるようにしてあげましょう』

 本の精霊はそういうと急にあたりが眩しくなる。


『これで私を手にしている限りあなたたちは魔法が使えますよ』

 本の精霊の姿が消える。多分本の中に戻ったのだろう。

「ホントかなあ」

 僕は冗談半分に手を振る。風よ起きろと思いながら。

「うわっ!ほんとに風だ!」

 風が起きて、カーテンがたなびく。

 カーテンから差し込む光が部屋をきらめかせる。


「ちょっ!埃、埃」

 従姉が慌てて魔法を使い、宙に舞う埃をひとつにまとめる。

 部屋にあった箒を使って塵取りに入れてごみ箱に捨てる。

「すごいよお姉ちゃん。これ本物だよ!明日学校で自慢できるよ!」

「そうね。魔法が使えるなんてすごいことよ!」

 興奮気味に従姉が答える。

 歳は離れてるはずなのに、僕と一緒にすごく喜んでいた。

(意外に子供っぽいところあるんだね)

「お父さんはどうしようかな?教えちゃう?」

「そうねえ……一度報告しにもどろっか」

「えー、内緒にしようよ」

「おじさん仲間外れになっちゃうよ」

 一理あるので従姉に従い、渋々ながらも階段に向かう。


 *


 本を手に持って階段の踊り場近くに差し掛かる。

「さっきも思ったけどなんでこんなとこに鏡があるんだろ?」

「誰かが上り下りしたときにわかるようにかな」

「そうなんだ」

「さあ。適当」

「なにそれー」

 ころころと笑いながら従姉が話す。

(お姉ちゃんが冗談言うなんて初めて知ったよ……楽しそうに笑うのも)

 ふいに従姉の笑顔を鏡と見比べる。

 同じなはずなのになんだが隣にいる従姉の笑顔がまぶしく見えた。


「そろそろ行こうか」

 僕に声をかけて手を引っ張り、先に進む従姉。

 なんだかふしぎな感じがして僕は鏡をじっと見つめた。

「あれ?」

 お姉ちゃんは先に進んでいる。

 でも鏡のお姉ちゃんはさっきまでと一緒に僕を見ていた。

「これってどういう――うわっ!」

 鏡の中にいる従姉が手を出してきて僕の腕を掴む。

「どうし――」

 従姉の声が遠ざかり、世界が暗転する。


 *


「ここは――?」

『どうやら鏡の中ですねえ』

 本の精霊が姿を見せ、僕の疑問に答えてくれた。

「え?お姉ちゃんは?」

「鏡の外にいますね。ほら」

 本の精霊が指をさす方向に視線を合わせると、鏡をたたく従姉の姿が見えた。

「お姉ちゃん!僕はここだよ!」

 大きな声をかけても駆け寄ろうとしても、従姉との距離は同じまま。

「いったいどうして……」

「鏡に宿る精霊のいたずらでしょう」

「そんな!なんで!」

「さあ?古いものには精霊が宿りますし精霊はいたずら好きですし」

 本の精霊が肩をすくめて言い放つ。

「まあ精霊の気が済むまでここにいれば良いと思いますよ」

「そんなあ……」

 家に帰りたい。従妹やお父さんに会いたい。お母さんにもお兄さんにも。

 ぐるぐると思いが頭の中を駆け巡り、本を手に取って、うつむく。


 *


 なにかが割れる音がした。

 何の音だろうと思い、顔を上げると従姉が手を指し伸ばす姿が見える。

「お姉ちゃん!」

 慌てて両手でその手をつかむ。

 なんだか周囲にも亀裂が入ってきている。

 まるで世界が壊れていくように、細かい日々があちこちに。

「しっかり握ってて!」

 そう言うとまた世界が暗くなる。


 *


「――!――!」

 僕の名を呼ぶ声がする。

 目を開けると、真っ先に飛び込んできたのは今にも泣きそうな従姉の顔。

「お姉ちゃん!」

 夢中で従姉に僕は抱き着く。

 従姉は僕を抱きしめると、落ち着くまで背中を軽くたたいてくれていた。


「落ち着いた?」

「ありがと、お姉ちゃん。でもどうやったの?」

「一度書斎に戻って箒を木に変えてね、鏡に突っ込んでみた」

 あっけらかんに話す従姉の隣には、倒れた姿見と穂を上にして箒が壁に立てかけてあった。

(お姉ちゃんって怒らせたら怖い……?)

 従姉の新たな一面を知る。


「おーい。大きな音がしたけど何かあったのかーい?」

 お父さんの声を聞き、従姉は抱きしめていた僕を離す。

「踊り場の鏡が割れたから多分その音ー」

 従妹が大きな声で返事をする。

「ケガはー?」

「大丈夫ー」

「平気だよー」

 大声で会話して、僕と従姉は立ち上がる。

「あ!本!」

 魔法の本を探しに周囲を見渡す。

「鏡の中だあ……」

「無事だったから良かったと思おう?」

「良いの?せっかく魔法使えるようになったんだよ?」

「お姉ちゃんは平気。大事なものを取り戻せたから」

「大事なもの?」

 聞き返す僕を従妹はじっと見る。

「独りぼっちは寂しいから」

 そういうと僕の手を両手で包み込む。

「さ、いこっか」

 頭の中ではてなが踊る中、従姉は立ち上がり、僕もそれに続く。


 *


 階段を降りるとすぐにお父さんがやって来た。

 従姉はあったことを簡潔にお父さんに伝える。

 魔法の本のことは内緒にして。

「この家も古いからねえ、二人を悪いことから守ってくれたんだろうね」

「精霊が宿るって話?」

「そう。大切に扱われてたものには宿るのさ。本にも鏡にも家にもね」

 お父さんの言葉になにか引っかかりを覚えた。

(なら鏡の精霊は守ってくれたの?何から?僕を?)

 お父さんからなぞなぞを出された気がして僕は頭を悩ませる。

「そうですね。私たちを守ってくれたんだと思いますよ」

 従姉はそう言って僕を背中から抱きしめる。

 実は甘えん坊だったりするのかな、との思いが頭をよぎる。


(というかいろいろあったよね。ここに来てから)

 一緒に暮らしてずいぶん経つのに初めて知ることが多かった。

(そばにいることに甘えてちゃダメってことか)

 従姉に改めてお礼をしようと思い、ポケットの中を探る。

(確か車の中でもらった飴玉があったはず……ってそうだ)

 ポケットで硬いものが指にあたり、僕はそれを手に取ってお父さんに見せた。

「10円玉拾ったんだ。お父さんに渡しとく」

「これは……珍しいね。両方とも裏面なんて」

 僕から10円玉を受け取り、まじまじと眺めるお父さん。

「ひょっとしたら二人はこの家に歓迎されたのかな」

「え?どうしてそう思うの?」

「言うだろ?おもてなしってね」

 お父さんのダジャレに、従姉はあきれたように手をおでこに当てた。

(面白いのに、なんでお姉ちゃんあきれてるのかな?)

 これもまた新たな一面と思いつつ、従妹を見ていると目線が合う。

「よろしくね。これからも」

「うん!よろしく、お姉ちゃん♪」

 従姉の言葉に返事をすると、お互いに笑みがこぼれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 案外、お父さんの言った『おもてなし』が合っているのかも。 ふたりとも気に入られたようですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ