エピローグ 治せばいいよ
紗央莉...
今日は亮二の誕生日。
仕事を定時で切り上げ、スーパーで食材を買い込み自宅へと戻った。
時間は夕方6時、亮二が帰るまで後2時間。
これから時間との戦いだ。
「うっし!」
着替えを済ませキッチンに立つ。
何しろ初めて二人っきりで祝う亮二の誕生日なのだから。
二人で初めての誕生日...
「いかん、いかん!」
思い出したら涙が出てくる。
亮二の両親は彼が幼い頃既にお互い配偶者の居る不倫相手が居て、寂しい幼少期を過ごした。
それでも離婚しなかったのは世間体を気にしていただけ。
入学式や卒業式はずっと一人ぼっち、当然誕生日もだった。
そんな馬鹿親は亮二が高校の時、互いの不倫が相手の配偶者にバレ、莫大な慰謝料を請求されて、修羅場の末自殺。
亮二は遠方の親戚に預けられ、後処理で凄まじい苦労をしたそうだ。
これらは島尻さん夫婦から聞いた。
だからだろう、亮二は誕生日や記念日に強い拘りがあり、大学時代も仲間の誕生日にはパーティーを亮二が企画して毎回派手にやってくれた。
もちろん亮二の誕生日には私達が彼の為にパーティーをしてあげていた。
でも亮二が史佳と付き合う事になり、
『僕達の誕生日は二人だけで祝うからごめん』
と二人に言われた。
『そりゃ当たり前よね』
そう答えたが、本当は寂しかった。
泣いた。
めちゃくちゃ泣いた。
『なんで史佳と二人なの?私だって亮二を...』
でも史佳の気持ちを思うと、我慢するしか無かった。
『紗央莉、このまま友人として...』
『お願い紗央莉...』
そんな提案ふざけるなと思った。
でも受け入れたのは私の未練。
いつかは亮二と...だから別れたら覚悟しろと亮二に言った。
私は誰とも付き合う事は無かった。
二人が結婚を決めた時も泣いた。
お祝いのスピーチを頼まれた時も、式の参加自体断りたかった。
『紗央莉お願い!』
『分かった任せて!』
史佳の言葉に胸を叩いて快諾したが、原稿の下書きから練習までずっと泣いた。
ずっと付き合ってくれた優花さんには感謝しかない。
『紗央莉さん...もう...ね?』
『...分かってる。でも、お願い...』
何度も優花さんに言われたが、諦められなかった。
愛する人が親友と幸せに暮らしている。
残酷な時間、いつか姿を消さなくては、そればかり考えていた。
史佳の豹変は信じられなかった。
亮二を放ったからかして、外泊を?
あれだけ亮二に一途だった史佳が?
亮二の過去を知って、お互い泣いたのに!!
何度も彼女に連絡をしていた。
『大丈夫よ、亮二とは上手くやってるから』
そう捲し立てる史佳の声は上ずっていた。
不安を拭い去る為、興信所に依頼を出した。
間違いであって欲しい、そう願ったが、結果は非情だった。
愛した人によく平気で嘘が吐けるね。
人間堕ちる時は、人を辞めて悪魔になると知った。
だから遠慮はしなかった。
もう史佳は友人では無い、人として扱わない。
浮気を知った亮二の目から完全に光が失われるのを見て、そう誓った。
後は驚く程簡単だった。
追加の調査で更に証拠も掴んだ、間男の正体も。
[結婚するまで、後腐れない女と遊びたい]
[期間限定の恋愛ごっこ、終われば旦那の元に]
浮気理由のくだらなさに、目眩がした。
『史佳の目を覚まさせてから、地獄へ叩き落としてやる』
私が最初にしたのは1本の電話。
『御社の車がラブホテルに停まってましたよ』
史佳の会社に入れた匿名の電話に大騒ぎとなり、社内調べが行われたが事実は確認出来なかった。
当たり前だ、虚偽の通報なのだから。
しかし、社内の騒ぎに史佳はようやく自分のしていた事の重大さに気づいた様だった。
もう手遅れなのに。
間男と距離を取り、必死で亮二に縋る史佳。
余りにも滑稽で、彼女からの相談を受ける私は込み上げる笑いを堪えるのが大変だった。
『亮二...冷たいの』
『史佳、随分長い間忙しくしてたからかね、もっと頑張りなよ』
『...うん』
口だけのアドバイスに焦りを募らす史佳。
ざまあみろとしか感じない私も壊れてしまったのだろう、あれほど大切な親友だったのに。
そして運命の日が訪れた。
『...亮二が!亮二が出ていったの!!
部屋から何もかも無くなってて!!』
電話口の向こうで泣き叫ぶ史佳。
事前に優花さんから亮二が家に来ていると聞かされていた私は時が来たと感じた。
『...ひょっとして史佳...私や亮二に何か隠し事してない?』
『な...なんの事?』
『何も無いなら良いけど...先に自分から言った方が良いわよ...取り返しが着かなくなる前に』
『...分かった...後で連絡する』
呻く史佳の言葉に『手遅れだよ!』と叫びたくなった。
まさか翌日に自分の両親や間男家族を集めて、大暴露をするとは思わなかった。
そして史佳の茶番劇。
馬鹿らしい謝罪に呆れてしまったが、それ以上に亮二が史佳へ向ける視線に戦慄を覚えた。
史佳を優しく愛おしんでいた亮二はもう居なかった。
無機質に『史佳、幸せになれ』を繰り返す亮二。
あんな言葉をあの目で言われたら、私でも発狂する。
正気をほぼ失っていた史佳には止めとなった。
亮二と史佳の離婚は直ぐ成立した。
当然だが、離婚原因は妻の不貞と明記された。
慰謝料も支払われる事となり、受け取りを固辞した亮二だったが、史佳の幸せを願うならケジメとして必要と政志さんから説得され、了承した。
財産分与ナシ、金額は300万と決まり、全て史佳の貯めていた貯金から支払われた。
最後まで離婚だけは拒否していた史佳だったが、金を支払う事が亮二への償いになると両親から説得され、ケリが着いた。
慰謝料を払った事で亮二と復縁出来ると今も信じているそうだ。
亮二に危害を加える不安を感じた史佳の両親によって、遠い場所へ一家は引っ越して行った。
史佳の精神状態がどうなったか知らない。
ただ24時間史佳を見守っているから大丈夫だと優花さんから聞いた。
一方間男側も同額の慰謝料と決まり、こちらも直ぐ支払われた。
しかし間男の不貞は婚約者側の知るところとなり、婚約は破棄された。
間男一族は婚約者側から金額以上の制裁を受け消息を絶った。
どうしてばれたのかな?
私達は約束通り、一切口外しなかった。
ひょっとしたら史佳が暴露したのか、それとも間男の指導をしていた史佳が突然会社を退職したので、社内調査から何か分かったのかもしれない、知らないけど。
「ただいま」
扉が開き、亮二は帰って来た。
私達は亮二の離婚を期に、同棲を始めた。
今はまだ私の住んでいるマンションに同居だけど、来年には新しい新居に移る予定、そして入籍もその時にする。
「おかえりなさい」
私は笑顔で彼を迎えた。
「いい匂いだ」
「もう出来上がるから、着替えて来てね」
「楽しみだな....去年は一人ぼっちだったから」
「...亮二」
亮二の瞳から光が失われる。
青白い顔で着替えの為にクローゼットの部屋に消えて行く亮二。
ふとした瞬間に呼び出される悪夢。
昨年の誕生日、亮二は一人で誕生日を過ごした。
史佳は間男と浮気、待ちぼうけの亮二は深夜遅くまで史佳の帰宅をずっと待っていたと後になってから聞いた。
不倫は人の心を壊す、不倫している方も人の心を失っているのだろう。
普通の頭では考えられない行動。
今更だが史佳の脳裏にはやってしまった事実が甦っているのかもしれない、どうでも良いが。
「おめでとう!」
「ありがとう紗央莉」
数十分後、ようやく明るさを取り戻した亮二と誕生日を祝う、しっかり食べてね。
「おいしい?」
「旨い!本当に旨いよ!!」
「良かった」
美味しそうに料理を食べる亮二。
本当に良かった、ずっと料理学校に通っていた甲斐があった。
『いつか...』ってね、史佳は料理が苦手だったし。
「なあ紗央莉」
「何?」
料理を食べ終え、静かにワインを傾けていると真剣な表情で亮二が私をみた。
やっぱりカッコいい...私の旦那様。
「本当に式は要らないのか?」
「お金が勿体ないわ」
結婚式は挙げないと亮二に言った。
少し憧れはあったけど、私達の知り合いは史佳と共通の人間もたくさん居る。
私は良いが、亮二を好奇の目に晒したく無かった。
「そうか?せめて身内だけの式くらい挙げた方が」
「今は良いよ」
私の両親の為にと言うが、そんなの要らない。
婚約指輪だってそう。
前回のトラウマで、口にする亮二の顔は痛々しく、結婚指輪も亮二は買うと言ってるが、私は要らない。
亮二が居ればそれで良いの。
私の両親も結婚する事を報告すると、物凄く喜んでくれた。
『まさか紗央莉が』って、絶対結婚しないって宣言してたし。
式はいつか出来たらって、思うだけで十分だ。
「ゆっくり幸せになろう」
「ありがとう紗央莉...」
私を見る亮二の瞳。
まだ彼の傷は完全に癒えて無い。
でも大丈夫、壊れてたなら私が治してみせる。
「愛してるわ亮二」
そっと彼に口づけた。
亮二にハッピーだと...
おしまい。