壊れた亮二
亮二がサレ夫...
俺と史佳が結婚して三年になる。
大学時代に知り合い、付き合って5年、卒業して直ぐに結婚した。
史佳と俺は共働き。
26歳で家を購入し、28歳までに子供を作ろうと話し合っていた。
「...遅いな」
今日は史佳の誕生日。
仕事を早く切り上げ、史佳の大好物をレストランのデリバリーて用意して待っていた。
テーブルには史佳の好きなワイン。
早くしないと料理が冷めてしまう。
毎年の誕生日にはこうしてお祝いをすると決めていたのだが...
「ん?」
携帯が鳴る。
それは史佳から来た一通のラインだった。
[ごめんなさい。
急な仕事で、今日は帰れそうもありません]
「そっか...」
短い文章、誕生日に対する言葉も無い。
こんな事は初めてだ、今までなら泊まりになる時は直接電話があったのだが。
[分かった、仕事頑張ってね。]
短く返信、しかし既読は着かない。
「どうするかな」
テーブルの料理をどうしよう?
こんなに沢山食べきれない、明日食べても良いが。
「そうだ」
俺は再び携帯を手にする。
まだ時刻は夜の7時、今からなら。
「もしもし?」
『亮二さん、一体どういう事?』
友人達に一斉送信したメール。
何通かの返信があり、やがて掛かってきた一本の電話、それは大学時代の友人、灰田紗央莉からだった。
「まんまだよ、料理が勿体ないから良かったら食べてほしいんだ」
『...そんな史佳は何て?』
「仕事が忙しんだって」
『おかしいわ!』
電話口の向こうで紗央莉が叫ぶ。
彼女は史佳と大学からの親友で、俺達が所属していた歴史サークルの仲間。
結婚式では友人代表の挨拶をしてくれた。
『とにかく行くから!』
「頼むよ、政志達も来るから」
『島尻君も来るの?』
「当然だろ」
『そうよね』
当たり前だ、紗央莉と二人っきりになんか無理。
女性を1人自宅マンションに誘える筈が無い。
「うーす」
「お邪魔します」
30分後、政志と奥さんの優花さんがやって来た。
二人は俺が高校時代からの友人で、史佳や紗央莉とも顔馴染み。
仲の良い政志夫婦に胸が痛くなった。
「差し入れ」
「ありがとう」
政志から手渡される数本のワイン。
コイツら二人共酒が好きだ。
史佳も酒が好きだが、俺は余り飲みたくない。
三人は俺を他所に盛り上がる。
話のタネは主に史佳の不満、信じられないとか、俺をどう考えてるとか、殆どは紗央莉が言っていた。
数時間して全部の料理を平らげ、三人は帰って行った。
後片付けは紗央莉と政志達がしてくれたから良かったけど。
「...ただいま」
「おかえり」
史佳が帰って来たのは翌日の夕方だった。
気不味い表情の史佳、やはり良心があったのだろう。
俺は自然な笑顔で史佳を迎えた。
「あの...誕生日」
「大丈夫だよ、政志達と一緒に過ごせて楽しかったから」
「そう...あの紗央莉は」
「来てたよ、連絡あったの?」
「うん...まあ」
史佳は歯切れ悪そうに呟く。紗央莉がどんな連絡をしたのか知らないが、きっと激しい言葉だったんだろう。
「史佳が忙しくしてるのを知らないんだよ。
大丈夫、俺は分かってるから」
「あ...あの分かってるって?」
「史佳の仕事が忙しい事をさ」
「そ...そうよ」
青白い顔で史佳は後退る。
変な事を言ったかな?
「疲れたので寝ます」
「うん、おやすみ」
寝室に消えて行く史佳は幸せそうに見えない、何が悪かったのか。
それから暫く史佳は残業を控え、早く帰るようになった。
身体が心配だったから良かったと思っていた。
しかし2ヶ月もすると史佳の生活は元に戻ってしまった。
いや、前回より家を頻繁に空ける様になってしまった。
週の半分は外泊が、朝帰り。
俺の炊事や洗濯も全くしなくなり、自分の洗濯だけで済ませ始めたのだ。
「亮二」
「お、紗央莉か政志達もどうした?」
そんな日曜日、紗央莉と政志夫婦が家にやって来た。
その日も史佳は前日から不在だった。
「これを見ろ」
「...これは」
政志が持参して来たのは、興信所と印刷された大きな封筒に入っていたファイルだった。
中には十数枚の写真と細かい字が印字された書類。
その写真に写っていたのは史佳と....
「誰だコイツ?」
史佳の腕を取り微笑む男。
キスをする史佳、ラブホテルから出てくる史佳、遊園地らしき場所で頬を寄せる史佳。
その隣には同じ男が写っていた。
「史佳の浮気相手だ」
「浮気?」
まさか史佳が浮気を?
「男は史佳の同僚だって」
「へえ...」
書類を手にする。
人間ショックを受けすぎると冷静になるのを実感した。
「どうやってこれを?」
一通り読み終え、顔を上げる。
相手は史佳と付き合って一年で、独身。
悔しさより不思議な気持ちの方が大きい。
「紗央莉さんが依頼したのよ」
「紗央莉が?」
優花さんの言葉に紗央莉が頷く。
なんだって紗央莉がこんな依頼をしたんだろう?
「史佳の態度にまさかって...」
「そっか」
二人は仲良しだったからな、親友の浮気が許せなかったのか。
「亮二、どうするつもりだ?」
「どうするって...」
政志の目は怒りに震えている。
こんな怖い目は初めて見たな。
「そりゃ離婚しかないな」
「そうか」
「良かった」
「当たり前でしょ、しっかり史佳に制裁しないと」
「制裁?」
紗央莉の言葉に違和感を受ける。
誰を制裁をするんだろ?
「しっかりケリを着けろ、証言はいくらでもしてやる」
「そうよ、償いはさせなきゃ」
「まだ証拠が足りなら、いくらでも追加するからね」
何をヒートアップしてるのか。
「制裁はしないよ、ただ離婚するだけだ」
「え?」
「何を言ってるの?」
「どうしたの亮二?」
三人は大きく目を見開き固まっている。
そんな変な事を言ったかな?
「だから離婚はするよ、史佳には俺と別れて幸せになって欲しいし」
「だから亮二!」
「ちょっと!」
「亮二しっかりしてよ!」
「お...おいって」
紗央莉は俺の両肩掴み前後に揺らす。
頭がクラクラするだろうが。
「だって相手の男は独身だろ?
史佳との結婚には問題無いし」
書類に書かれていた男の情報。
歳は俺達より二歳下、二年前に新入社員で入って来た男の指導を史佳が頼まれたのが出会いとあった。
どっちが先に好意を持ったかは関係ない、大切なのは1年の付き合いで、俺との5年...いや1年は引くから4年か、それを塗り替えてしまうだけの魅力が男にあったって事だ。
「史佳のこんな笑顔、最近見てないし」
改めて写真を三人に見せる。
笑顔で抱き締め合う史佳と男。
うっとりとした表情の二人は本当に愛し合っている理想の恋人にしか見えなかった。
「...分かった」
「おい灰田」
「紗央莉さん」
紗央莉がファイルを片付けて立ち上がる。
政志と優花さんは驚いているが、分かってくれたのか。
「亮二の性格は知ってるからね」
「ありがとう」
さすがは紗央莉だ。
俺は争うのが嫌いだ、どうしてか分からない。
だから紗央莉と史佳が俺に告白して来た時も、紗央莉には善き友人として今後の関係をお願いしたのだ。
「史佳と別れたら...」
「え?」
「ひょっとして忘れてるの?」
「あ...」
そういえば紗央莉は史佳と俺に言ったかな?
もし別れる事があれば覚悟しなさいって。
「思い出した?」
「うん」
ここは頷いておこう、怖いし。
こうして三人は帰って行った。
なんだか心が軽くなった気がしたのだった。
後は史佳が離婚を切り出すのを待つだけ。
離婚理由は性格の不一致にしよう、男の存在は知らない事にし、財産分与も半々、幸い家計は別管理だったし。
スッキリ別れてあげよう、俺はその日が来るのを待った。
「おかしい...」
異変は一週間程してからだった。
史佳の帰宅する日が増えて来たのだ。
最初はぎこちなく、俺を窺う目だった。
何かに怯える様で、困惑した。
「...あの亮二」
「どうしたの?」
「なんでもない」
こんなやり取りが何回も続いた。
やがて外泊もしなくなり、炊事や洗濯まで再び始める史佳。
なんだか申し訳ない、史佳には大切な恋人が居るのに。
「自分の事は自分でやるから」
「あ、いや...」
「気を遣わないで」
俺は洗濯を会社の近くにあるコインランドリーで済ます事にした。
炊事も、せっかく作ってくれる史佳だけど食べる訳にはいかない。
自分の恋人が他の男に料理を作っていたら?
俺なら嫌だ。
史佳の作った俺への料理を丁寧にタッパーに詰め、差し出した。
「会社で食べなよ」
「....そんな」
どうしてか、史佳は泣きそうな顔をしている。
料理を恋人に食べさせて上げてってメッセージなのに。
一番困ったのは夜だった。
「ねえ亮二...」
「わ!!」
いきなり俺のベッドに入る史佳に飛び起きる。
何て事をするのだ!
「何を...するんだ?」
「いや...あの」
「駄目だよ」
「...どうして?」
下着姿で泣きじゃくる史佳に恐怖を覚える。
今までなら黙って自分のベッドに戻ってくれたのに、今夜は変だ。
大切な恋人が居るのに俺と寝るなんて正気の沙汰じゃない。
だから一年以上もレスだったんだろ?
慌てて荷物を持ち、家を飛び出した。
「すまん政志」
「いや構わんが」
「ええ」
深夜に車で向かった先は政志の自宅。
取るものも取らず家を出た俺の行く宛はここしか無かった。
深夜にインターホンを鳴らす俺を政志夫婦は迎えてくれた。
「一体どうした?」
「いや実は...」
政志夫婦に最近の史佳に起きた異変を話す。
毎日定時に帰って来る事、分担していた家事を再び始めた事、いきなり甘えた態度を取る事等を。
「そっか...」
優花さんは何やら考えている。
対する政志は静かな目で俺を見詰めていた。
「離婚の意思は変わらないんだな?」
「当たり前だろ、史佳には本当に好きな人と結婚して欲しいんだ」
何を当然の事を聞くんだ。
政志の真意が分からない。
「とにかく今日は泊まれ、嫁に連絡はしておけよ」
「分かった」
そうだな、連絡だけはしておかないと...
「あれ?」
「どうした?」
「携帯を置いて来た」
「お前な」
呆れ顔の政志だが、仕方ない。
寝込みを襲われたんだから。
「スマホに何にも疚しい事は無いから大丈夫だ」
「そうなのか?」
「政志さんはあるの?」
「いや...あの」
何やら剣呑な雰囲気だ。
俺は二人を宥め、その日は泊まらせて貰った。
「おはよう」
「おはよう亮二、史佳さんからラインが山の様に来てるぞ」
「史佳から?」
意味が分からない、俺の携帯は自宅だし。
「俺と優花のだ、亮二は来てないかとか、話をとか、お願い帰って来てとかな」
「うわ...」
政志は呆れながら携帯を見せる。
史佳は何を焦っているのか理解出来ない。
「とにかく一旦家に戻れ」
「分かった」
気持ちが悪い、正直吐きそうだ。
政志に車を運転して貰い自宅へと帰った。
マンションの前には紗央莉と史佳の両親、そして写真で見た男と年輩の男女が立っていた。