氷の令嬢の帰りがけ
婚約破棄がうまくいったことを嬉しく思いながら帰りの馬車に向かっていると、後ろから声がかかる。
「ロゼティア」
振り向くとフェリアスが立っていた。
(え…え?なんでフェリアス様が……?)
ここ最近すっかり素っ気ない態度でいたため、どう話していいか分からず内心でわたわたと狼狽える。そんなロゼティアを知ってか知らずか、フェリアスはゆっくりとこちらに向かってくる。
何を言われるの考えるまもなく、距離を詰められ、
「ロゼティア。私と婚約してほしい」
「はっ…はい」
フェリアスに近距離で囁かれ混乱したロゼティアはついそのまま答えてしまう。
「よかった。では、これからロゼティアは私の婚約者ということで。よろしく」
嬉しそうに話すフェリアスを見てはっと我に返る。
「いっ、いけません!私先程までレオルド様と婚約していた身です!今回の件は私のせいでもありますし、そこまでしていただくわけには」
(フェリアス様は優しい方だからきっと私に同情してくださっているのだわ。それに甘えるわけにはっ)
「ロゼティア、君は勘違いしていないか?それに、今回の件は君が悪いわけではない」
ふわりと包み込むような穏やかな声だ。落ち着いた、私の好きな声。
「そんなこと、私がララティナさんを虐めていたと、そう……みんな、いって……」
久々にフェリアスと話し、緊張が切れる。フェリアスが驚いた顔で口を開く。
「ロゼティア、なんで、泣いて…?」
フェリアスに問われ頬に流れていた涙に気づく。
気づくと涙はとどめなく流てくる。
「私が……私が……なにをしたの?なんで、皆……私を嫌って……怖い……どうして」
突然、フェリアスに抱きしめられた。驚いて涙が止まる。
心地よさに身を委ねかけるが、じんわりと感じられる体温に今どんな状況か思い出し、身を固くし離れる。
(なんだか前よりも距離が近い気がするような……。気のせいかしら……?)
「大丈夫?落ち着いた?」
フェリアスに問われ、ゆっくりとうなずく。気が抜けて少し笑ってしまう。
終わったのだ。全部。もう、自分はレオルドの婚約者ではない。
ゆったりとした空気が流れた。こんなふうな気持ちは久々だった。
「ロゼティア」
ふと、フェリアスがロゼティアを呼び、ロゼティアの頬に手を添える。思わずロゼティアが息を止めていると、フェリアスの深緑の瞳を吸い込まれるように見つめた。腰に手を回され、お互いの唇が触れる寸前、
「フェリアス殿下」
セリアの声が2人の空間に割り込んだ。
「そろそろ御身体に夜風が冷えてきたのでは?早くお帰りになったほうがよろしいですよね?」
「いや、少し熱いくらいだ」
ロゼティアが呆然としているうちに、セリアとフェリアスがにこやかに話している。
「ですが、ロゼティア様が寒そうですし、今日はお暇させていだだきます」
セリアは慇懃無礼な態度で、一礼するとそくさくとロゼティアを引き連れ帰っていった。
残されたフェリアスは困り顔で呟く。
「兄上の次はあの侍女か」
(でも、ロゼティアはもう私のものだ。例え誰が来ても渡さない)