第2王子の奮闘
フェリアスは、初めてロゼティアを見たとき、まるで人形のようだと思った。
茶会で兄のレオルドが一方的に話しているのを、幼いロゼティアは、なんの表情も浮かべずに聞いていた。
その綺麗な碧眼は何も映していないように見え、ただそこにいるだけの彼女はよくできた人形のようだった。
だが、そうではなかった。
レオルドの婚約者としてパーティに来ていた彼女が、彼女の侍女と話しているとき、少しだけ微笑んでいたのだ。ほんの一瞬だった。
気づいたのは、フェリアスが臆病だったからだろう。周りの表情を常にさぐり、本心を見抜く。幼くとも第2王子であったフェリアスには必要な事だった。レオルドは気づいていない。フェリアスはそつなく振る舞うために、常に周りの人の表情を観察していた。そのおかげかもしれない。
気の許せるものが相手ならば、あんなふうに笑うのだ。誰も気づかない彼女の魅力を、垣間見た。
それから、またあの笑みが見たくて、今度は自分が笑わせたくて、何度も話しかけた。
最初は全く表情を変えなかった彼女。だが、言葉を重ねるうちに、手で口元を隠しながらも、そよそよと風に揺れる花のように笑ってくれるようになった。
気づいた時、ロゼティアが好きだった。兄の婚約者だとはわかっていたが、それでも惹かれる気持ちを抑えられなかった。だが、兄のロゼティアへの振る舞いに、自分にもチャンスはあるのではないかと思い始めていた。
そんな時だ、変な噂が流れ出し、ロゼティアの笑みが曇るようになったのは。
ロゼティアが平民の少女を虐めている、と。そんなはずはない、そう思っていた。だが、何故か急にロゼティアがよそよそしくなった。傍から見れば変化はそうないだろうが、フェリアスにははっきりと分かった。全く笑わなくなったのだ。
それからしばらく経ち、セリアというロゼティアの侍女から連絡が来た。
普段ならば会うことはないが、ロゼティアの事で話があると言われれば会うしかなかった。
「……話とは?」
向かい側に座った少女はゆっくりと出された紅茶を飲み、フェリアスを焦らす。ロゼティアに一体何があったのか、問いただしたい気持ちを必死で抑える。
ロゼティアにそっけない態度を取られ続け、その原因が分からないフェリアスは、彼女からどうしても話を聞きたかった。
この場だけで言えば、彼女とフェリアスは対等では無い。主導権を持つのは彼女だ。
「単刀直入に言いますと、ロゼティア様の力になっていだきたいのです」
はっきりとした物言いに図太さすら感じる。
「力にとは、具体的には?」
「ロゼティア様はレオルド殿下との婚約を破棄するおつもりです。その手助けを、と思いまして」
何でも、兄がロゼティアをほったらかしに、性悪の男爵令嬢との逢い引きに勤しんでるとか。
よっぽど気に入らないのか、目の前の侍女は終始仏頂面だ。
事の詳細を聞いて驚いたが、どこか納得する思いもあった。
(婚約破棄…か。確かにあの兄とロゼティアでは釣り合わないな)
浮かんだ兄の顔にウンザリする。頭の鈍い、同仕様もない兄だ。
「婚約破棄の障害は、陛下の許可と婚約破棄の後です。どうにかしていだだけませんか?」
セリアは挑むような目つきでフェリアスを見る。
やはり図太いうえ不遜だな、と思いながら問い返す。
「私が協力する意味も利益もないと思うが?」
「あるでしょう。それとも、フェリアス殿下はうかうかとロゼティア様を取られてもいいのですか?」
フェリアスは思わず言葉につまった。それはずっと考えていたことでもあったからだ。この侍女にはお見通しらしい。
ロゼティアに愛想を尽かされた兄に呆れつつも、仄暗い喜びを覚えたことを否定できない。
故に決断する。
「良いだろう。協力しよう。……私に話を持ってきたのは陛下の許可が必要だからだな?」
「まぁ、だいたいは。あとは攻略対象でなかったからですが」
「こうりゃくたいしょう……?」
「こちらの話です。それより、できそうですか?」
「なんとかしてみせよう。婚約破棄後だが……?」
急いた問いだと自覚しつつも、聞かずには居られなかった。
(いや、この侍女に伺い立てる必要はないはずなのだが……)
言いようもない迫力があるのだ。
セリアはこちらの胸の内を全て見透かしたように、からかうような笑みを浮かべて答えた。
「ご自由に」
それからフェリアスは国王陛下のもとに向かった。久々の我儘を聞いてもらうために。
ここを読んでいるということは本文も読んでくれたのでしょうか……!いるんですね……読んでくださる方が……(感動)……いえ、後書きから読む、みたいな人かも……