氷の令嬢の婚約破棄 2
――ロゼティアの笑みに会場が静まりかえる。
淑女に相応しい優美な笑みだ。
今まで機械めいた無表情を保っていたロゼティアの美しい笑みに、会場の人々は思わず呆ける。
「かしこまりました。婚約破棄、お受け致します」
「あ、ああ…」
レオルドはロゼティアの笑みと、なんの未練もなさそうなあっさりとした返答に放心状態で答える。
(そんなに酷い笑みだったかしら……。もう少し口角が低めのほうがよかったのかも……)
ロゼティアの方は、周囲の静まりかえった様子を自分の笑みがあまりに見苦しかったためだと思いこんでいた。
(きっと、久々に笑ったから、表情筋が引きつっていたのね……恥ずかしい)
「では、失礼いたします」
こういう時は早々と立ち去ったほうがいい。恥の上塗りをしないよう気をつけ、先程よりも控えめな笑みを心がけ、セリアを伴い退出する。
ロゼティアが先程とは違った、小さな花の蕾が綻ぶような可愛らしい笑みを浮かべ退出してしばらくした時。ロゼティアの笑みに魅了された令息たちが、途端に色めき立ち彼女の後を追おうとする。たった今起こった婚約破棄という出来事もそれを後押しする。
だが、その中で一番早く動いたのは第2王子のフェリアスだった。
フェリアスは素早く会場にいる人々の間を抜けると、ロゼティアを追いかけていった。
残されたレオルドは呆然としていた。心にぽっかりと穴が空いたようだった。
(これでいい。すべて俺の思い通りだ)
レオルドは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
ロゼティアは生意気で気に入らなかった。ララティナは可愛らしくいつも俺に従順で気に入っていた。
だが、期待していたのだ。
――婚約破棄に怒りだすのではないか
――婚約破棄にショックを受け泣き出すのではないか
――婚約破棄しないよう懇願するのではないか
――実は自分に好意を寄せておりララティナに嫉妬しているのではないか
と。
そうではなかった。彼女は怒るどころか平然と受け流し、泣くどころか晴れ晴れとした笑みさえ浮かべ、懇願どころかあっさりと受け入れた。
(もしやロゼティアは俺と婚約破棄するために…?まさか、そんな……)
レオルドの頭に浮かぶのは自分のもとを去るロゼティアの姿。
「ねぇ、ねぇ!レオルド様大丈夫ですか?」
ララティナが甘えるように聞いてくる。
「レオルド様のおかげでうまくいきましたね!さすがです!私、とーても嬉しいです!」
いつもは好ましく思うララティナの甘い声が今は何故かイライラする。
そう、ロゼティアの澄んだ声とは異なる、媚びるような響きで――
「そうだ、すべてうまくいったな」
レオルドは心中の鉛のように重い気持ちを押し殺す。
「うまく……いったんだ」