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氷の令嬢の婚約破棄

 初投稿です。よろしくお願いします。(……どきどき

 綺麗な月の夜、私は侍女のセリアと学園の卒業パーティへ向かっていた。


 「ついにこの日が来ましたね。ロゼティア様」


 セリアが少し硬い声を出す。その言葉に安心させるよう答えた。


 「そうね。心配しないでセリア」


 だが、セリアの視線は気遣わしげだ。作戦の大半はセリアが立案したのに。

 

 今日のパーティ、私は、()()()()されに行くのだ。






 ことのはじめは1年ほど前、婚約者のレオルド・アルバスト殿下と学園に特待生として入った、平民のララティナが恋人同士であると知った時だ。


 私のシルバーグレーの髪と碧眼とは対照的なララティナのピンクブロンズの髪と黄金色の瞳を思い浮かべる。やはり殿方はああいった可愛らしい容姿が好みなのだろう。


 ララティナは私と何もかもが違った。

 小動物のような愛らしさと庇護欲をくすぐる顔立ち。砂糖菓子のような甘やかな香りをまとい、王子を筆頭に貴族の子息たちを虜にしていく。

 声を上げて笑い、誰に対しても気兼ねなく明るく声を掛ける。少々はしたなく思える彼女の行動は、慇懃かつ優美な貴族社会に浸りきった王子達には新鮮な驚きと刺激を与え、好意的に捉えられた。


 自分の婚約者と笑い合う彼女。

 自分がはいる場所など無いのだと理解する。




 レオルドとは、もともと、公爵家の娘という理由での政略結婚でしかなかった。そのうえ仲は良好とは言い難い関係だった。パーティでは自慢話、茶会となれば傲慢な物言い、学園での見下した態度に、わざとらしい呆れ顔とせせら笑い。


 積み重なるモヤモヤとした思いに、ロゼティアは遂に限界となった。


 最近のパーティでは、婚約者のロゼティアではなく、ララティナをエスコートする始末。それならばと、レオルドとの婚約を破棄しようと思ったのだ。


 (それに、私には別にお慕いする方が……)


 脳裏に浮かび上がる輪郭を掻き消す。





 「着きましたよ。ロゼティア様」


 セリアの声に、私はゆっくりと会場に向かう。浮かべるのは無表情だ。難しいことはない。ただ、心を動かさず平静でいさえすれば、自然と表情は消える。


 会場にはすでに多くの招待客が集まっていた。不意に近くにいた令嬢らの声が耳に入る。


 「あの方が、氷の令嬢。噂に違わない無表情ですわね」

 「愛想の一つも見せられないなんて……何がそれほど気に入らないのかしらね?」

 「きっと、婚約者を取られそうで焦っているのよ」

 「ララティナさんにでしょう?ひどく虐めているそうよ。もう勝負は決まっているのではなくて?」


 氷の令嬢というのは1年ほど前についた私の変わらない表情と、態度を揶揄したあだ名だ。

 

 そのまま気にせずに歩き、静かに壁際に立っていると、セリアが忌々しげに先程の令嬢らをにらみながら、隣に控える。


 「大変不本意ですが、上手くいっているようですね」

 「ええ、良かったわ」


 セリアの言葉に、感情を消しきった声で答える。






 口数を減らし、声の抑揚と表情を平坦にすることを心がけたのはあの日からだ。

 そう、婚約を破棄することを決意してから数日……


 婚約破棄することにしたのはいいが、いい案が浮かばず、セリアに相談してみたのだ。

 セリアは私付きの侍女で、私の子供の頃からずっと側にいてくれている。時々変な言動もあるが、基本的には完璧な侍女だ。

 

 「賛成です。あんな浮気男はロゼティア様に相応しくないですから」

 

 どうやら、セリアはレオルドを嫌っているようで苦々しい表情で答えた。

 それから2人でいい案がないか考え、セリアの出した案を採用したのだ。それは当時流れ出していた「氷の令嬢」と「ロゼティアがララティナを虐めている」という噂を使うことだ。


 「この噂がこのまま広まれば、あの頭がからっぽの王子ならば婚約破棄してくるでしょう。ロゼティア様はこの噂の通りに行動し、悪役令嬢になられればよろしいかと」

 「あく……?」


 そういうわけで私は、ただでさえ動かず氷とまで言われた表情を動かさないようにし、少ない口数をさらに少なくした。


 そして、私がララティナを虐めているという噂だが、そんなことは一度もしたことはない。ララティナと話したことすらほとんど無いのだ。だが、噂は勝手に広まったため悩む必要はなかった。






 レオルドとララティナが甘い雰囲気を漂わせながら会場に入り、パーティは着々と進んでいた。

 

 最近では、レオルドとララティナの考えが全く分からない。婚約者の出席するパーティに他のパートナーましてや平民の少女を連れてくるのはかなりの暴挙だと思うのだが……。


 (でも、ララティナさんは私よりレオルド様とお似合いね)


 正直レオルドには苦手意識があったので、助かったという思いが強い。





 不意に第2王子であるフェリアスが目に入る。フェリアスはレオルドの弟だが紳士的な性格で、レオルドのように身分を笠に着ることもない。そして、ロゼティアの想い人でもある。


 (フェリアス様は私のことをどう思っていらっしゃるのかしら?きっと嫌われているわね……)


 胸に一抹の寂しさと苦しさを覚える。

 小さい頃は、弟のように思っていたが、数年前から密かに恋心を募らせていた。だが、最近は氷の令嬢の演技の関係で、話しかけないようにしていた。もともとこちらが勝手に想っていただけだ、と自分の初恋を切なく思っていると、


 「きゃあっ!……」


 いつの間にか後にララティナが立っていた。何故か持っているグラスの中の液体を自分のドレスにかけ涙目になっている。ララティナのドレスに大きなシミが広がっていく。


 「酷い……です、ロゼティア様。そんなに私のことがお嫌い……ですか……?」


 震えながらきいてくるララティナに私は呆気にとられていると、周りが気遣わしげにララティナを見る。対して私には、敵意や呆れの視線が。

 

 どうやら、私がララティナにワザとぶつかり、グラスの飲み物をかけたと思われているようだ。


 (何故かこうなるのよね……?都合がいいし、まあいいわ)

 

 そこに、颯爽とレオルドが現れララティナを後にかばった。何処か見慣れた芝居を見ているような気分になる。予定調和のようなものを感じてしまう。


 (まるで物語の王子のよう……実際に王子だったわね……)


 「相変わらずの澄まし顔だな、ロゼティア。またララティナを虐めていたのか!」


 レオルドがいまいましげにロゼティアを睨む。その視線は厳しいものだが、もう何も感じることは無かった。素直に首肯する。


 「はい」

 「言い逃れはっ!…………証拠を出す手間が省けたな。お前には本当にうんざりだ。不当にララティナをなじり、虐めるなど言語道断。いくらお前がララティナに嫉妬しているとはいえ、許されることではない!」

 「レオルド様!私が悪いんです。確かにロゼティア様には酷いことをされました。ですがロゼティア様は私がお嫌いなだけなんです。私は……私は、ロゼティア様が優しい方だと信じています!」


 ララティナがレオルドにそっと寄り添い、レオルドがララティナの肩を抱き寄せる。会場にいる者が、示し合わせたかのように3人の周りを取り囲むように空間をあけ、聞き耳を立て始める。


 「優しいララティナが許したとしても、俺はロゼティアを許すことは出来ない。昔から思っていたが、お前のような性根の悪い女は俺の婚約者に相応しくない。よって、ロゼティア、お前との婚約を破棄する!」

 

 ふわりと心が沸き立った。ついにこの時が来たのだ。彼と婚約を破棄できる。そう思うだけでロゼティアは喜びに頬が緩む。だがここで、喜びを押し殺し慎重にきく。レオルドはこういう時、脇が甘い傾向がある。


 (お願い、頑張って……!)


 もはや、自分に、ここでできることは、強く願うことのみだ。


 「それは、国王陛下がご了承されたのでしょうか?」


 一番大事なことはレオルドの意思などではない。権利を持つ人物の承認だ。これがなければ、ただの口約束にすぎない。しっかりと婚約を破棄してもらわねば。


 「ああ、勿論だ。残念だったな。やはり俺に相応しいのは、ララティナのような愛想もよく、気遣いのできる、優しい令嬢なのだろうな」


 レオルドがあざ笑うように答え、会場の中に様々な思惑が飛び交う。


 一方、ロゼティアは、レオルドの雑な婚約破棄に手抜かりがなさそうで、心底安心していた。喜びは勿論だがそれを上回る安堵に気が緩む。


 (国王陛下の承認があるのなら、婚約破棄は確定ね。さて、これからどうしようかしら。家からは勘当されるかもしれないわね。そういえばセリアと夢の平民ライフを送るという話もあったわ。久々に少しわくわくするわ)

 

 ロゼティアは主に正面から流れてくるBGM(レオルドの声)を聞き流し、これからの事に思いをはせる。


 開放感と達成感から自然に上がる口角を反射的におさえつけ、はっと気付く。もう、笑っても良いのではないか、と。王太子妃でなく、婚約も破棄する。

 それに憧れていたのだ、少しだけ。誰にでも可愛らしい笑みを向けるララティナに。

 (このまま、少しだけ…)


 ロゼティアはそのままゆっくりと口角を上げ告げる。できるだけきれいな笑みを心がけて。


 その瞬間、会場が静まりかえった。

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