必要なもの
九賀と出会った翌日。俺達はさっそく都市伝説狩りの準備を進めることにした。2日連続の新宿だ。
雑踏を掻き分けながら、更に込み入った場所を目指す。目的地は古い雑居ビルにある。
「ねえ、ハジメ君。何処へ向かっているの?」
「ウチの父親の知り合いが新宿で店をやっているんだ。そこへ行く」
「あー、探偵の秘密の道具とかが手に入るの?それとも武器か何か?」
「はぁ」
「ちょっと! なんで溜息なのよ」
「漫画の読み過ぎだな。神憑きと戦うのに必要なのはそんなものではない」
「じゃー、どんなものが必要なの?」
九賀は少し不満そうだ。
「決まっているだろ。カッコいい覆面だ」
「漫画の読み過ぎはどっちよ!」
「素顔を晒して戦うわけにはいかないだろ?」
「まぁ、そうかも知れないけど……」
「だから、オリジナルの覆面が必要なんだ」
「……分かったわ」
九賀の諦めるような呟きを無視して歩き続けると、目的地が見えてきた。
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「おっ、ハジメ君じゃないか。久しぶり」
三木さんは今日も素晴らしくかっこいい覆面をつけている。
「カッコイイですね」
思わず口にしてしまう。
「お眼鏡に適ったようで嬉しいよ」
「……ハジメ君がタメ口じゃない……」
一方の九賀は俺の様子に驚いている。
「俺は三木さんのことを尊敬しているからな。タメ口なんてとんでもない」
「大袈裟だなぁ」
三木さんはポリポリと覆面を掻いた。
「大袈裟じゃないです。九賀、こちらが三木さんだ」
「九賀といいます。よろしくお願いします」
「三木です。ちょっと散らかってるけど、奥に席があるからどうぞ」
「「お邪魔します」」
「あっ、2人ともコーヒーで大丈夫?」
「「大丈夫です」」
「ははは。仲良しだなぁ」
店舗の奥には応接セットが置かれていて、そこで三木さんがいれてくれたコーヒーを飲むのが常だ。
少しすると店の中に香ばしい匂いが広がって、ローテーブルにコーヒーが置かれた。
「さて、わざわざ連れてきたってことは九賀さんの覆面の依頼かな?」
「その通りです」
「ということは、九賀さんも神憑き?」
九賀が俺の顔を見る。
「三木さんは信用できる。何を話しても大丈夫だ」
「……失礼しました」
九賀が軽く頭を下げると三木さんは慌てた。本当に腰の低い人だ。
「いやいや。こちらこそ初対面なのに不躾な質問をしてしまって申し訳ない。ちょっと私は感覚がずれていてね」
「大丈夫です。ご察しの通り、私は神憑きです。今も肩に蝶が止まってます」
「へー、九賀さんの神の残滓は蝶なんだね。うん、イメージが湧いてきたよ」
三木さんはじっと九賀を見つめている。きっと脳内でデザインを描いているのだ。
「そういえば九賀はフリーのデザイナーだったな」
「そうよ。WEBや平面の仕事が多いから、覆面みたいな立体は興味深いわ」
「おお、デザイナーなんだね。ちょっと作品を見られるのが恥ずかしくなってきたよ」
「三木さんは恥ずかしがりやですもんね」
そう。三木さんは恥ずかしがりやなのだ。かつて、"羞恥の神様"の加護を授かっていた程の。
「恥ずかしがりやだから、覆面を?」
「まぁ、そんなところだね。私は過去に色々あり過ぎて……」
「す、すいません! 変なこと聞いちゃって」
九賀が必死に頭を下げる。俺の怒気を感じたのだろう。
「あはは。平気だよ。過去は過去さ。で、未来の話をしよう。覆面の完成まで一週間ぐらい貰ってもいいかな?ハジメ君の知り合いだから、なるべく急ぐよ」
「「ありがとうございます」」
「じゃ、出来たら一報入れるから、ここに連絡先をよろしく」
差し出されたメモ帳に九賀が連絡先を記入し、その日はお開きとなった。